3皆無の過去
修学旅行が 俺には三つ上の兄がいた。兄は俺の反面教師だった。
「ちゃんと部屋を掃除しなさいって言ったでしょ。何で、嘘を吐いたの?」
「だって、だって、アニメの続きが気になって見たかったんだもん」
兄は泣いていた。母の怒気に気圧されているのだ。
「ママは掃除をしていなかったことを怒ってるんじゃないの。どうして、嘘を吐いたのって聞いてるの」
「だって、だって、掃除しなさいって言ったじゃん。やだっ!って言ったらアニメを見ることを許してくれないでしょ?」
「じゃあ、アニメを見終わったら、ちゃんとおもちゃを籠に入れて掃除してたの?」
「うん」
「だったら、最初から言いなさい。ママは約束を守ってくれるならいつだっていいんだからね」
「うん」
六歳の兄が怒られているのを見て俺は、当時三歳にして、嘘はダメなことなのだと知った。そして、嘘を吐くのは止めようと思った。
「ねえ、入れて」
幼稚園で駆けっこをするのを飽きたため、女子たちがやっていたおままごとに入れてと当時三歳の俺は言った。
「やだ」
「あっち行って」
「邪魔しないで」
素っ気なく対応された俺はおままごとをしたいという気持ちを抑えて駆けっこをしているグループに行った。この時は、気付いていなかった。俺は俺自身に嘘を吐いていることを。だが、この傷はすぐに修復した。
三年後。六歳だ。年長組だ。この頃から、俺の交友関係は狭まっていた。
「なあ、昨日のゲーム、もうちょっと、こうグッとやってドンッと行ってやっとけばよかったなあ」
「そうだなあ。あのボスを倒す前に宝を集めたかったよなあ」
「あのボスを倒すための宝の場所教えてやろうか」
「「マジ⁉」」
この三人の男子の会話に何人かの男子がくっついて行った。俺は、当時、何を言っているか分からなかったため、別のグループに入って遊んだ。
小学一年生になった俺は友達と外で遊ぶ約束をした。
「遅いなあ。まだかなあ」
結局、その日、友達は来なかった。俺は一回目に外れを引いてしまったのだ。この時に俺は相手が俺と同じ熱量でいることはないと学んだ。
小学二年生になった。兄が塾に通い出したため、ついでに塾に通うようになった。俺は元々成績は良かったが国語の点数が低かったためだろう。塾に行った甲斐があってか、俺の成績は安定して、学年の中でも優秀な方だったと思う。この時、俺は自分は天才に部類されていると勘違いした。
俺は小学四年生になった。兄が中学一年生になり、テストに順位が出るようになったため勉強をしてよく、知識自慢をするようになった。俺はウザいなあと思いながら聞き流していた。その頃に、俺は明確に人と比べられるのが嫌になった。
兄ちゃんはできたんだから、皆無もできるでしょ?
今にして思えば、この言葉は俺の中で呪いになっていた。俺は、自然と兄に対抗意識を持つようになっていた。兄が煽って来たことも大きく影響したが。
小学四年生の時、俺は知ってしまった。大人になっても碌でもない奴はいることに。
「心の中で楽しんでいなくても楽しんでるふりをしろっ!」
お楽しみ会は先生により企画された。その中で箱の中に手を突っ込んでお菓子をとるイベントがあった。俺は当時、お菓子は余り食べず、嫌いだったため、皆が手のひらいっぱいに掴む中、一つまみだけ取った。他の生徒も俺と同じことをしていた奴がいた。だから、当時の先生はキレたのだ。
理不尽だ。
俺は望んでいない。多くの生徒は望んだのかもしれないが、俺は望んでいなかった。授業中だから、参加はするがそこまで楽しんでいなかった。
この時から俺はクラスメイト=友達という概念は鼻で笑っていた。俺が普段話していたグループは一グループだけになっていたし、そのグループも完全に趣味は違っていたからだ。
つまり、俺はこの時から孤立していた。俺は放課後、クラスメイトと遊ぶことはなく、テレビをよく見ていた。基本、バラエティーやドラマを見ていたが、偶に、ニュースも見ていた。その時にはザックリと不思議に思っていた。
どうして、テレビの人達はこんな高いものを買えるんだろう?
俺は両親から、いっぱい勉強をして一流の大学に行き、一流の企業に入れたら欲しいものは手に入るんだよ、と。
しかし、テレビに出ている人はその教えから反していた。なんなら、若いギャルとかいう奴らが高級品を買ったとか話しているのを見ておかしいとも思っていた。
小学六年生になった。俺は小さい時から柔道をしていたのだが、前々から薄々感じていたモンスターペアレンツの厄介さが身に占めて分かった。俺が通っていた柔道の練習メニューが変わったり、モンスターペアレンツは勝手に参加する練習を決めたり、とやりたい放題していた。子供も受け身を取れないような投げ方をするようになっていた。この時、俺は危険人物とはこういう人のことも含まれるのだと分かった。今まで犯罪者だけが、生活を脅かす脅威だと感じていたのだ。新しい価値観を手に入れた瞬間だった。
中学一年生になった。部活というものがあって、上下関係というものが厳しくなった。いきなりだ。俺はうんざりした。今まで、溜口で話していた相手に敬語を使えということに。更にうんざりすることもあった。柔道部に入ったが、先輩?と呼ばなければいけなかった奴がだらしなかった。無断欠勤、さぼり、だらだらと時間を食うもの、などなどと敬う要素がないものだらけだった。だが、後に一人の一学年上の少年は凄いと思った。彼はずっとサボりを繰り返していたためだ。親のプレッシャーに負けす、サボタージュを続けていた。強い芯があった。その強い芯は尊敬できるものだった。やってることの是非はともかく。
学業の方は最初、順調だった。睡眠時間を犠牲にしていたため。だが、違和感を覚えるようにもなった。
ここまでして得たものは、果たして本当に将来に役に立つのか?
俺はその疑問を必死に隠しながら頑張った。
交友関係は知人程度はいたが友達と呼べる人はゼロになった。中学一年生になって読書にハマったことは孤立をより加速させた。俺は知らず知らず、ストレスから身を守るためにフィクションの世界にハマっていた。
だが、ストレスというものは確実に溜まっていた。県内トップの高校に進学した兄は塾の時間以外もたくさん勉強をするようになり楽しんでいた。俺の中で勉強とは全く楽しくないものだったため、意味が分からなかった。それに、その兄の様子を見て、両親が俺に勉強をしろ、とより言うようになった。俺は、そのストレスを少しでも和らげるために娯楽の趣味に時間をより、多く使うようになった。
中学二年生になった。部活では後輩というものができた。やる気がない子たちだった。既に同じ熱量で応えてくれる人などいないと分かっていた俺はストレスを感じながらも我慢した。後に、その後輩は部活を止めて行った。
学業の方に曇りが生まれた。理由は明確だった。教育の差だった。学校の授業のみで良い点数を取ることはほとんどの人はできない。俺もそうだった。だから、塾に通う。だが、その塾には確実にランクというものがある。俺が通っていた塾は安いところで勉強ができる人からできない人までを対象としているところだった。だが、成績を上げて来た人たちは高い塾で質の高い教育を受けていた。それも、半強制的にだ。だから、曇りが生まれたのだ。俺はこの頃に明確に教育とは金なのだと理解した。つもりだった。後にもっと深く知ることとなる。
冬。俺は人気推理小説かの小説を読み尽くして次は誰の本を読もうか考えあぐねていた。そんな時、俺が出会ったのはライトノベルがコミカライズした作品だった。マンガ無料アプリで読んで原作を読みたいと思ったからだ。これが、俺のライトノベルとの出会いだった。俺はどんどんとライトノベルにハマった。それは、現実の競争社会に疲れて逃げたいと思っていたからかもしれない。異世界ものが数多くあり、のめり込みやすかったのも原因かもしれない。そうやって、俺がライトノベルの沼に嵌って行った時、世界で感染症のパンデミックが起きた。
俺はこの約三ヵ月間で嫌と言うほど実感する。教育は金なのだと。俺の勉強スタイルは授業で習ったことを塾で確認するという感じだった。だから、三ヵ月間、学校に行かなかったことにより、差が開いた。高い塾に通っていた者たちはすぐに、オンラインという方法に適応した。しかし、安い、個人経営の塾となると、そう簡単に、上手くは行かない。俺はこの三ヵ月で教育は金だと嫌と言うほど実感した。だが、この実感はまだ、軽く、後に、もっともっと痛いほど分かることになる。
俺は三ヵ月間を娯楽に明け暮れた。当たり前だ。小さい時に自分で勉強する習慣を身に着けていなかったのだから。俺が、学校に行った時、高い塾に通っていた奴らの学力が上がっていることを定期試験の順位を見て実感する。俺は、考えた。こんなふうに、金が競争を有利に運ぶ社会は間違っている。これが、明確に社会に不満を覚えた瞬間かもしれない。
俺は、娯楽にハマりながら、塾に通う日々を過ごし、受験が近づいて来た。高い塾に通っている知り合いと話していると、俺はここで、更に教育は金だと思った。小さい頃から高い塾に通っている奴らはほぼ県の共通のテストでミスなどしていないと言う情報を聞いたのだ。もちろん、本人の努力もあるだろう。だが、勉強する環境は間違いなく高いお金で手に入れている。俺はテレビで教育の機会を均等にと謳っている政治家はクソだと強く思った。
受験の日。俺は県内トップの兄と同じ高校を受験していた。受験会場の高校に着くと同じ学校の奴らが他校の奴らとずっと挨拶をしているのだ。俺は増々、社会への憎悪が増すこととなった。俺は独り顔を下に向けてライトノベルを呼んだ。ぎくしょんの世界に没頭しないとおかしくなりそうだったからだ。試験が終わり帰っていた時、周りの学生は所々でブランド物を身に着けていることに気付いた。俺は、携帯ショップでスマホを買った時に貰った手提げバッグを持っているのに。
俺は落ちたと思っていたが、受かっていた。だが、今にして思うと、俺はこの県内トップの高校を受けるべきじゃなかったと思う。ここが、俺をボロボロにしたところだったから。俺は、高い塾に通っていた奴が落ちていたことを鼻で笑った。だが、同時に親のプレッシャーに負けず、好きなことをしていたのだろうと共感?みたいなことを思っていた。
俺は県内トップの高校に入学して失敗したと思った。ここは、金持ちが集まる場所なのだ、と思った。信じられないことをする奴らばかりだった。生活水準が高い奴らばかりだった。まずは、授業中の態度だ。スマホでゲームをしたり、動画を見たりしている奴が多かった。他にも個人で授業とは違う科目を勉強している奴らも多くいた。そして、そういう奴らほど高い塾に通っていてテストの点数は高いのだ。身に着けているものは高い品なのだ。俺はそういう奴らに質問した。どこら辺から学校に来ていて、どの塾にいつから通っていて、どの中学に出ていていつも点数はどれぐらいだったのか?だいたいの奴らは地価の高い中心部に住んでいて小学校の頃から高い塾に通い、中学では私立に通い、ミスはだいたい五個までで、中学の内に高校の内容を齧っていて、中には高校の内容は既に理解している、と言う者までいた。もちろん、そういう金持ちだけが集まっているわけではなく、俺の所みたいに金持ちじゃないところからも来ている人はいた。ただ、そういう人たちは勉強を習慣化していて、基本的に勉強が好きだった。俺は、勉強は嫌いだ。
教育は金だ。
そして、俺は孤立している。
俺はそういう奴らの心の内に触れないように距離を置くことにした。必要最低限にしか関わらないことにした。そうしないと、俺の心は壊れると感じたからだ。この頃辺りからだろうか。以前まで偶に起こしていた体調不良を頻繁に起こすようになっていたのは。
高校二年生の頃、俺は塾に通っていたが、勉強はとっくに諦めていたし、元から、下から数えた方が早い順位だった。そんな、ある日、修学旅行があった。俺は、普通に旅行を楽しもうと思っていた。だが、俺の意思とは無関係に俺は余計なことに気付き壊れてしまうこととなる。俺は普通に楽しんでいた。それは、周りの奴らも同様にだった。同部屋のクラスメイトの様子を見て俺は思ってしまったんだ。こいつらは、普段は普通の生活をしているんだ。それが、俺の中で非常に悲しくなった。
こいつらは、高い塾で勉強をしているんだ。
これを悟ってしまった瞬間、実際に分かってしまった瞬間、俺は俺が壊れて行くのが分かった。俺は修学旅行の残り二日間、熱を出した。娯楽の世界に没頭することで微熱程度に回復して、何とか、観光することができた。
だが、これで、終わりじゃなかった。壊れた俺の破片がさらに粉々に崩壊することとなった。俺は壊れた俺の破片をボンドでくっつけることすらできなくなった。俺が今まで身に着けていた社会的常識というものを信じられなくなってしまった。
明けて普通の学校生活に戻った。俺は身体が勉強を拒絶するようになった。吐き気がする。ただ、それだけだ。それだけのことだが、勉強をしようとすると必ず吐き気を催すようになった。吐き気は勉強をしろと言われたり、恵まれた環境で努力して成功した人の話を聞いたりするだけでも催すようになった。俺は、増々、勉強から遠ざかるようになった。それからは、娯楽のファンタジーの世界に没頭することで必死に俺の欠片を守って来た。
高校二年生の冬休み爺ちゃんが死んだ。元々、国指定の難病に掛かっていて一年ぐらい入院していた。起きている時間の方が短いぐらいだった。思い出はある。だが、泣くことは無かった。そして、俺は、前々から感じていた宗教という詐欺をより、おかしいと感じるようになった。俺の爺ちゃんの家系では死んでから宗教に頼っていた。お経を唱えて貰って成仏したいと爺ちゃんが考えていたからみたいだ。俺はその考え事態にケチは着けない。俺が実際にされているわけではないから。ただ、死後に良い名前を付けるためには何百万もの大金を払わなければいけないというのは、余りにも詐欺が過ぎると思った。爺ちゃんが死後、お経を唱えて貰った宗教は真面で元を辿れば仏教だ。だが、生まれてから宗教に触れて来なかった俺からしたら、おかしいことばかりだった。真面な宗教でこれほどおかしいと思う俺は、他の宗教はもっとおかしいと感じている。
俺は高校生活で社会の理不尽さを知った。社会に、国に、ずっと嘘を吐かれていると思った。勉強すれば金持ちになれる。よく、政治家は、コメンテーターは、親は子供にそう言い聞かせる。それは、正しい。だが、平等に与えられるものではない。金持ちにどうしても有利に働くようにできている。スタート地点が違うのだ。おまけに、金持ちはウサギだ。途中で休憩をしても余裕で亀を追い抜けるウサギだ。貧乏人は亀で、休憩することを許されない。この仕組みを身を持って体感してしまった。テレビでよく成功談を放送して若者に希望を持たせようとする綺麗事の番組がある。休まずに歩き続けることができる亀など極一部なのだ。それを、頑張ったら皆もこの人のように成功できると宣う。反吐が出る。勉強して成功するというジャンルで話すなら、まだ辛うじてかなり渋って許せる。だが、スポーツ選手をメダリストを異常に称える傾向があるのはどうしても、許せない。彼らは、恵まれた環境でほとんどが育っている。ウサギの成功談などクソの役にも立たないし、極極一部の人達にしか参考にできないことだ。それを、皆も頑張ればなどと伝えるのは余りにも無責任だ。このようなメディアの印象操作をするための嘘は俺が社会から感じている嘘や悪意の根幹になっていることが多い。国の嘘、悪意もメディアがやっていることとそう大差がない。ただ、もっと複雑に絡み合っているだけだ。メディアや国がそうなっている原因はやはり、碌でもない奴らが牛耳っているからだ。俺はそういう奴らが作った不公平で金持ちが循環する社会で無理やり競争に参加させられるのは嫌だ。
これが、高校在学時に感じたことだった。
俺は、地方の公立大学に辛うじて受かった。この選択も間違いだった。俺は、高校生の時に死ぬべきだった。元々、高校までで学んだことなど、ほとんど意味のないことだと分かっていた。両親はほとんど知らないからだ。必要なのは、社会の仕組みの理解であったり、人との繋がり、問題認識能力などで、高校までに身に着けた専門知識など、ほとんど一切使われることはない。俺はそう思っていた。そして、実際の大学の授業で似たようなことを言われ、大学に行く意味などないと、教えられた。俺は、強い憤りを感じた。俺の考えに正当性があることを裏付けられたからだ。俺は更に体調が悪くなり、休学することにした。俺のボロボロの心に火が付いた。俺はこの理不尽で悪意に満ちている人生を終わらせようと思った。だから、死ぬ方法を考えた。残された者に迷惑を掛けないような死に方をしようと考えた。確実に死ねる方法で死のうと考えた。そこで、思い出した。若者がオーバードーズで病院によく運ばれているニュースを。ストレスから解放されるためにやっていると聞いたことがあった。これにしようと思った。だから、俺は全財産を使って色んな店に行って大量の市販薬を買った。そして、今日、死のうとしていたのだが、状況が変わった。




