21話 「ああ、まったく問題ない」
アルフから様々なことを学びはじめてから数日が過ぎたある日、サイラスは悩んでいた。
シェリルから伝言があるとアルフに告げられたのが、二日前。内容は月に一度の茶会をどうするのか、というものだった。
それに「シェリルの望む通りに」と返して、いつも通りでという返事をもらったのが昨日。
そして今日、サイラスはテラスに続く扉を前を視線をさまよわせていた。
彼の手には花束が握られている。
先日、好きだと自覚し、思いを告げたばかり。そこで手ぶらで赴けば、シェリルはどう思うだろうか。口先だけか、と思われやしないだろうか。
好意を示すには贈り物が一番だと聞いたことがあるが、高価なものは断られる可能性が高い。
婚約の破棄を撤回したが、シェリルはそれに了承していない。そんな宙ぶらりんな状態で装飾品を贈っても受け取ってもらえないのではないだろうか。
そんな考えから行き着いたのは、シェリルが義理としてなら受け取ることができると言った、花束だった。
どんな花を贈ればいいのか悩みに悩み、なんとか当日までには間に合い花束を片手にテラスに赴いたのだが、ここで壁にぶつかった。
下手を打たないように、花を渡すときに気負わせすぎないように、それから今日話す近況を――まで考えて、気づいたからだ。
「……何を話すか、考えていなかった」
ここ最近は、鍛練以外にも精を出している。だから話題にできるものは多いはずだが、すべて語ろうとすれば、茶会の時間はサイラスが話すだけで終わってしまう。
ならばどうすべきか。悩み、視線を何巡かさまよわせたあと、意を決したように扉に手をかける。
いつまでも考えているわけにはいかない。こうして立ち止まっている間も、シェリルを待たせることになる。
考えるのは後回しにして、扉を開いた。
テラスには白い机と、同色の椅子が二脚用意されている。そのひとつにはすでにシェリルが座っていて、サイラスは空いている椅子に座る前に、シェリルのもとに行き、花束を差し出した。
「これを……先日はすまなかった」
「いえ、お気になさらないでください」
そう言ってシェリルが花束を受け取ると椅子に座り、使用人がお茶を注いでテラスを出るのを待ってから、サイラスはぐっと顔に力をこめて、真剣な顔を作った。
「最近、アルフから色々学んでいる。これまで疎かにしていたから大変ではあるが、少しずつ身についている、とは思う」
「……そうなのですね。新しいことを学ぶのはよいことかと思います」
ぎこちないやり取りに、サイラスはこれまでどんな風に茶会を過ごしていたかを必死に思い出す。
だが思い出せるのは互いに近況報告をして相槌を打っていたことだけ。話が弾むということもなく、決められていた時間が過ぎればそこでお開きとなっていた。
領地で茶会を開いていた時はその後でそれぞれの親に挨拶をしていたが、それもほとんどが形式的なものばかりだった。
シェリルとアシュフィールド公爵とではまた違ったかもしれないが、少なくともサイラスの側はアンダーソン侯爵と親身に話したことはない。
もしもアンダーソン侯爵と親密な関係を築けていたら、シェリルの置かれた状況に気づけたのでは。
そんな考えが生まれ、サイラスは落ちこみそうになるのを必死にこらえた。
「……そちらは、どうだった?」
「先日、隣国について学びました。あちらの国は芸術が盛んで、隣同士だというのに文化に違いがあるのは風土や歴史の違いなどが関係しているのだと……そう教わりました」
隣の国では絵画だけでなく、工芸や陶芸、染めにも力を入れている。アシュフィールド家でも隣国の品を仕入れることが多く、サイラスも何度も目にしたことがあった。
「……あちらでは、染めに使われる鉱石や植物がよく採れるからな」
これまでであれば相槌を打つだけで終わっていた。サイラスが知っていることは当然シェリルも知っていると考えて、口を閉ざしていただろう。
だが今は、どうにかして話を膨らませようと必死だった。これまでの茶会での自分の態度を反省した結果でもある。
そんななんてことのないやり取りを繰り返しているうちに時間が過ぎ、決められた時間が終わるのも後少しとなった頃だった。
「最近アリシアが鍛錬場にお邪魔しているようで……ご迷惑をおかけしていないとよろしいのですが……」
申し訳なさそうに目を伏せるシェリルに、サイラスはいや、と首を横に振った。
「鍛錬に来るように言ったのは俺だから、気にするな。……それに、誰も迷惑だとは思っていない。元々、武術科生は歯に衣を被せないやつらが多いからな。お前の妹の言動に注意したりで、楽しそうにしているやつも多い」
「それは本当に大丈夫なのでしょうか……?」
学術科の生徒相手であれば多少なりとも配慮する生徒も多いが、放課後にまで鍛錬を行っている生徒の多くは次男や三男――次期当主になることはなく、騎士になる可能性の高い者ばかりだ。
中には、アリシアと同様の立場。場合によっては正妻がいる状態での愛妾の子だったりと、アリシアよりも家での立場が悪い者もいたりする。
そんな中に、何かとずるいずるいと言うアリシアが放り込まれたのだから、当然駄目出しの嵐が起きた。
たいてい言い負かされるのはアリシアのほうで、学術科の生徒相手に口喧嘩で勝ったと、言い負かしたほうは喜んでいる。
「ああ、まったく問題ない」
地団駄を踏み悔しがるアリシアと、そんな彼女を煽る武術科生の姿を思い出しながら、首を傾げているシェリルに向けて力強く頷いた。
「あと……その……お花、ありがとうございます」
サイラスの言葉に納得したのか、シェリルはアリシアの話を引き上げると、気まずそうに視線をそらしながら、小さな声で言った。
表情からは喜んでいるのかどうかわからない。だが少なくとも、気に食わないものではなかったのだと、サイラスはほっと胸を撫で下ろした。
「気に入ってもらえたのならよかった」
「ええ。……こうして、直接いただくのは久しぶりなので……」
少しだけ気恥ずかしげに言うシェリルに、サイラスはこれまでの自分の行いを振り返る。
節目で何かしら贈り物をしてはいたが、それは家に来る業者に注文し、アンダーソン家に送り届けてもらっていた。だから直接渡すことはほとんどなかった。
直接渡すだけで喜んでもらえるのならもっと早くそうすればよかったと思いながら、サイラスは曖昧な表情を浮かべる。
「なら……いや……先ほども言ったが、最近アルフから様々なことを学んでいて、その中には刺繍も、ある」
「刺繍、ですか?」
「ああ。だから……もし、迷惑でなければ、完成したら出来とかの感想を聞かせてもらえないだろうか」
また何かしら贈りたいと言っても、シェリルは固辞するだろう。
だから必死に言葉を選び、どうすればまた喜んでもらえるかを考える。
「え、ええ……それは構いませんが……アルフから学んでいるのでしたら彼に聞けばよろしいのでは?」
「刺繍は女性のほうが詳しいだろう。アルフは独学だと言っていたからな。……だから、つまりしっかりと学んでいる相手の意見も聞きたいんだ」
感想を聞いた流れで贈ればそこまで不自然ではないだろう、とサイラスは考えている。
十分不自然ではあるのだが、今の彼はどうすれば喜んでもらえるのかで頭がいっぱいだった。
「勉学は、成果がわかりにくいものだが……刺繍ならば、ある程度わかるものもあるだろう。だから、それを見たうえで、色々と判断してもらえれば、とも思う」
撤回を了承するか、しないかを。
真剣な顔を維持し、シェリルを見据えながら言うサイラスだが、シェリルがわずかに視線を落としたのを見て首を傾げる。
「あの……婚約の破棄について、なのですが……本気で、撤回されるおつもり、ですか?」
歯切れ悪く出てきた言葉に、サイラスはもちろんだと頷いた。




