第二十一話 吐露
文字通りの「朝帰り」を果たした俺とレオノラだったが、ローカリス公からは不問に付された。不滅作戦の見聞のためという名目で、密かに外出したこととされていたためだ。
「あの人が司令官で良かったと思いますよ」
「まったくだ」
俺とレオノラのローカリス公に関する見解は一致していた。体調不良を訴えることも多い、現場からは頼りにならないと見られているヴォルトゥラグ方面軍の総司令官だが、実情を知っていればこれほどに頼れる存在もなかった。
ここはレオノラの天幕である。今は小遠征の疲れを癒やすために休むべしとモートルード伯アントニアが提案したため、早々に大天幕から帰ってこれたのだ。
だが、俺もレオノラも全く寝る気はなかった。
「チェルシー……彼女を止めないことには、俺たちの勝ちはない」
「その通りです。ああも現実で見せられては」
「まさか魔法までも屈服させちまうなんてな」
「対処を考えるとするならば、超長距離からの暗殺でしょうか」
「暗殺か」
俺は心が弾まなかった。そんな手を使わなければならないのかという疑念もあったが、何よりは狙撃や爆殺などが通じる相手に思えなかったのだ。
チェルシー本人の言を信頼するなら、ほとんど自動的に能力が発動するようである。彼女は無敵の盾を持っているに等しい。確かに、上手く使わなければ、味方の戦力さえも無力化してしまうジョーカーだ。それを使わざるを得ないほどに、十三王国軍が追い込まれている証拠でもあるが……。
「突破口があるとすれば」
「あるとすれば?」
レオノラが唐突に指を鳴らした。エリーとカイラが入ってきた。今回は土中からではなく、普通に入口からである。
「リンダ・コニガーを連れてきて」
「かしこまりました」
「行ってきまっ」
二人が出て行ってから、俺はレオノラに向き直る。
「どういうことだ?」
「すぐにわかります」
「また軍師特有の隠し癖か」
「もう……それは言いっこなしですよ」
どこかスネた様子がかわいいじゃねぇか。なぁおい。
「わかったよ」
こうも上手いことかわいげを使われちゃ、退くしかなくなる。どうせもうすぐわかることなら、焦る必要はない。不滅の時のような悪魔じみた影を背負っている様子もないんだ。信頼して待とうじゃないか。
しばらくして……。
エリーとカイラが看護師のリンダを連れてきた。彼女は俺が入っていたような独房暮らしではなく、憲兵が管理している広い房に入れられていただけのはずだが、それでもどこか憔悴したように見えた。
「お疲れ様です。外に出ていてください」
エリーとカイラが外に出るのを見計らって、レオノラが口を開いた。
「どうぞ、座ってください」
勧めてもすぐには座らないリンダだったが、俺もレオノラも譲歩する気がないのを見て取ったのか、あきらめて腰を下ろした。さてさて、三者会談の様相を呈してきたわけだが、これからいったいどうなるのか。
「リンダ・コニガー」
「はい」
「貴方は十三王国の姫、チェルシーと親友ですね?」
リンダがハッとした顔で、レオノラを見た。
おいおい、そんな表情をしたいのは俺だって同じだぞ。いったい何がどうなったらそんな推論が出てくるんだ?
「デュランから聞いた話を整理していて思いました。チェルシーは私たちの動向についてなかなか詳しいらしい。そして、彼女の力に屈した親友がいるという。姫君の性格からして、親友のそういう姿を見るのはつらいでしょうから、遠くに離しておきたいと思うかもしれない」
「リンダが敵のスパイだってのか?」
「そうです」
「飛躍しすぎだと思うが」
「よく考えてみてください」
レオノラは俺を見て、それからリンダを見た。
「彼女は何かと機密に近づこうとしませんでしたか? 私や他の高官に触れる機会を増やそうとしたり」
「あっ……」
俺は思わずテンプレな声をあげていた。全くもって心当たりがありまくる事案だったからだ。
リンダはどこにでもついてこようとした。そこまでデュランと親しくなかったはずなのに、俺が様々な場面で抜擢されると、しつこく付きまとうようになっていたではないか。
「推定の積み重ねではあります」
レオノラは扇を開き、口元を隠した。いつも持ち歩いてるのか、それ。
「ただ、綺麗に揃ったものですね。そうそう、チェルシー姫の親友は魔力の素養があったそうで? 治癒魔法は元々の力がある人間じゃないと、容易に使いこなせないんですよね。おかげで我が軍も医療班が常に人材不足です。経歴が多少あやふやな人間がいても採用して、前線にも連れて行くでしょう」
そうだったのか。リンダの「仕事」は別にあったわけか。俺は彼女を不真面目の権化みたいに思っていたが、その実、ものすごい働き者だったわけだ。なんてこった。労働なんて放り捨てたいのは俺だけなのか?
「もう、隠し通せないんですね」
リンダが降伏した。もはや逃れられる場所はないと悟ったように、下唇を噛み、ゆっくりとうつむく。
刑事さんのカツ丼攻勢に負けた被疑者みたいになってるな。
ま、そんなにのんびりもしていられない……。
「リンダ、聞きたいことがある」
「何ですか?」
「チェルシーに弱点はないのか」
リンダは首を横に振った。最初は小さく。次第に大きく。
「あの子は生きた魔法なの。弱点とかそういう次元じゃないんだよ」
「俺だって生きた珍獣だぞ。たぶん世界に一人だけだ」
ぷふっ、とレオノラが笑った。
「失礼」
扇で隠して、くっくっくと笑っている。前より感情が増えたようで何よりだ。なんか釈然としないものもあるが。
「弱点がないんじゃ、正攻法で行くしかないんだろうなあ」
「正攻法?」
リンダが尋ねてきた。
「あの子には勝てないよ。どんな人間も、どんな生き物だって勝てない」
「すごいものを見たからな。頷きたくもなる。ただ、はいそうですかと引き下がるわけにはいかない。ホントはどっちが勝とうが知ったこっちゃねえと思ってたんだけど、帝国にいろいろと繋がりができちまったからな」
「リンダ。チェルシーと会いたいですか?」
「そりゃ、会いたいよ。でも……」
「情報だけを持って行っておさらばされてるんじゃな」
「違う!」
リンダが立ち上がり、俺に詰め寄った。
「あの子は、あの子はね!」
「悪かった。今のは俺が完璧に悪かった」
「場を引っ掻き回さないでください」
レオノラに言われたくはないが、ここは正論なので黙っておく。
「チェルシーとリンダの関係は一言で言い表せるものではありませんね。まさしく知己といったところでしょうか」
「一言で言ってるじゃねーか!」
思わずツッコんでしまったけど、これは仕方ないよな?
「彼女は、このままではおそらく良い死に方をしないでしょう。十中八九、暗殺されます。それも帝国が原因とは限らない。十三王国のどこかが動くかもしれない。それこそ彼女の属する王家こそが、最も彼女を疎んでいるのでは?」
リンダは目をつむり、力なく椅子に座り、うなだれた。
「チェルシーには味方がいないんだ。みんな彼女を怖がる……」
「かわいかったけどな」
「うかつに見ることもできないからね。屈服することになって……えっ、デュランはチェルシーを見れたの?」
「見たよ。というか、膝を落とさなかった」
「すごい!」
リンダが飛び上がった。上がり下がりが激しい。
「私の見立てでは」
レオノラが言った。
「デュランを鍛えることで、チェルシーに勝てるのではないかと」
「うん、やれるよ、絶対にやれる!」
「やるのは俺なんだがなぁ」
ただし、とレオノラが続ける。
「時間がありません。パールメースは敵軍の手に落ちました。こうなると、状況はこちらにとって不利です」
そうなのだ。帝国軍は戦略的に劣勢に立たされている。チェルシーという切り札にして最終兵器を出してきた十三王国軍は、早晩ヴォルトゥラグを完全に我が物にするための軍を興すだろう。この地を彼らに奪われてしまってからでは遅いのだ。
もちろん、帝国とてむざむざやられはしないだろう。いかにチェルシーが強力な術師といえど、軍勢を相手にしては屈服させる暇もなく、軽く揉みつぶしてしまうかもしれない。
だが、あまりにも不確定要素が多すぎる。俺は見たんだ。何もかもを自らの前に屈従させていく圧倒的な存在感。魔法式から生まれた火の竜さえも平らげてしまった、とてつもない器量、度量。王者の道を歩む者は、きっとああいう力を持っているんだと、否応なく理解させられた。
「レオノラ、リンダ」
俺は言った。
「どうすれば魔法に対する抵抗ができる?」
「蚊が近寄らないようにするのとはわけが違うよ」
リンダはピシャリと自分の肌を叩いてみせた。
「魔力の基礎を底上げし、体内からの抵抗力をつける。さらに、決戦前には私たちが対魔の薄い膜を張って、少しでも敵の魔法に対して耐えられるようにする」
第一次世界大戦で初めて毒ガスに遭遇した英仏軍みたいな話じゃないか。もちろんガスマスクなど存在しない、ガス戦の黎明期の話。小便をマスクに染み込ませてしのいでいたという。
俺がレオノラとリンダに小便をかけて欲しいとか、そういう倒錯した性的嗜好の話をしているわけじゃない。窮余の策を使わざるを得ないほどに、余裕がないということだ。
「なあ」
そんな中で、俺は考えていた。
「俺はチェルシーを救えるかな?」
「デュラン……」
「彼女は人から愛されたいのに、ただひたすらに恐怖させてしまっている。あんなにかわいい子なのにな」
「デュランは本当に女の子がお好きなようで」
扇を閉じ、あさっての方向に目をやるレオノラ。
もしかして、妬いてくれているのだろうか?
「思うんだよ。俺がチェルシーの力に耐え切ったとして、それからどうするのかってことを」
俺は心の内奥をぶちまける。
「ただ一人の理解者になって、ようやく笑ってくれた彼女の顔を、思い切りぶん殴れってのか? 敵の王族だからといって、問答無用であの世に送ってやれってのか? 俺はそんな邪悪の片棒を担ぎたくはないね。今更拭っても取れないくらいに血まみれのこの手だが、相手を選ぶことぐらいは許されている」
茫洋たるものだった俺の生きる目的が、少しずつ形を成しているように感じ始めていた。
レオノラが俺を見る。まっすぐに。リンダが俺を見る。清らかに。
「この戦いがヴォルトゥラグの未来を、帝国と十三王国の未来を決める戦いだなんてこと、俺にはどうでもいい。俺はただの伝令だ。軍隊の中では、万に一つの小さな砂粒だ。だが、その一つ一つには人間の意地があって、こんなめちゃくちゃな時代に生まれさせてくれた野郎の顔を拝みたいって思ってる」
デンレイ、デンレイ、と俺は続けた。
「俺は今まで伝令をやってきた。伝令なんてのは使い番みたいなもんだと思ったこともあったよ。いくら戦場のエリートなんていったって、その役割は無名戦士のそれに過ぎないってな。けど、違ったんだ」
レオノラ、アントニア、フィオナ、リンダ……俺はこの戦いの中で出会った少女たちの名前を呼んだ。
「人間はみんな伝令なんだ。心を伝令したいと願っているんだ。なら、俺はチェルシーを救いたい。あいつは完全に歪んでしまっている。彼女に巣食う恐怖の心が精神を蝕み、人と人との関係は屈服という形でしか表現できないと思っている。俺は伝令として、あの哀れな少女に人の温かさを伝えてやりたい」
我ながらキザったらしい言い回しだ。
だけどな、こうして自分の言葉を照れもせずに伝えるってこと。その大切さを教えてくれた少女たちに恩返ししなくちゃ、デュラン・スクルトゥヌスとして生きてる価値がねえってもんだ。
俺は英雄である前に、優れた伝令でありたい。
英雄は飾り立て、神輿の上に載せるしかないだろう。伝令はその祭りの中をかき分けて、はぐれて泣いている少女を救うことだってできるんだ。
そいつを証明してやろうじゃないか?




