第十七話 抜擢
独房暮らしも三日が過ぎると、さすがに筋肉の調子がおかしくなってきた。人間を押し込めるような場所じゃないぜ、こりゃあ。
その間もリンダとアントニアがちょくちょく様子を見に来てくれたし、話し相手にもなってくれた。一度はフィオナもやってきた。こちらは通り一遍のやり取りだったが、それでも嬉しいもんだ。
リンダも言っていたが、なるほど、俺はどうやらモテ期に突入したらしい。俺というよりデュランくんの功績かもしれないな。優秀なショタだぞ、デュランくん。
さあ、独房での四日目の朝である。
とうとう軍師殿が、レオノラ・バルドアトが姿を現した。数名の親衛隊を引き連れていて、物々しい雰囲気を醸し出している。
「釈放ですよ、デュラン・スクルトゥヌス」
「感激ですな、レオノラ・バルドアト」
「反抗的ですね?」
「つい言葉遊びで返したくなっただけです」
もう少しはよ助けに来いやと言ってやりたかったが、ずっと放置されていたわけでもなし、怒るのは筋違いというものだろう。そもそも、アントニアの隊が半壊滅し、彼女が傷を負ったのは、俺の責任ということになっているのだから。
レオノラが親衛兵に目配せすると、彼らはすぐに動いた。前面にある独房の出入り口、つまり俺が今見ている目の前を半円状に包囲し、もし暴れても絶対に逃さないという意志を鮮明にしている。
でもなあ、気休めだよなあ。俺が本気になれば、一瞬で何個も首が飛ぶぜ?
剣は取り上げられたから、蹴りで吹っ飛ばすわけで、余計に凄惨な事態になることは目に見えている。決定力のないフォワードの蹴ったサッカーボールみたいに、どこまでも高く飛んで行くだろう。
独房が開く。
「おかえりなさい、デュラン」
「ただいま戻りました、レオノラ様」
これくらいの演技はしてやらなくちゃなるまい。美談はいつだって作為の中で作られる。じゃあ、無作為でやっていることは美談にならないのかって、そりゃあそうだ。お涙頂戴とばかりに人に見せつけているものが、どうして無作為などと言えるのか。
それなら例の甲子園の下り、あすこで出てきた敗者を見て涙するのは無作為ではないのかと言うが、あれは負けたのが悔しいのであって、それを美談として持ち上げているわけではない。炎天下で肩肘がぶっ壊れるまで投げさせ、それをすばらしいと称えるような風潮こそが美談なのだ。
俺とレオノラの対面もまた、いずれ美談として喧伝される日が来るのかもな。
絶対にイヤだ。有名になんてなりたくない。顔が売れ過ぎちゃ、おちおちリア充生活も送れないじゃないか。
「着替えを」
親衛兵の一人が、俺の着替えを持ってきてくれた。
……ここ、あたりにわりと開けた野っ原の広場なんですけど。
「うーん、女の子の前で着替えるとは恥ずかしい」
「貴方がそんなことを気にするタマですか」
「伝令が羞恥心を持ってたらいかんのですか」
「デュラン・スクルトゥヌスは女の子に局部を見せつけたいと推測しています」
「変態じゃないすか」
言いながらも、俺は着替え始めていた。
「あー、くせぇ」
もう何日も同じ服のままだ。鼻が慣れているとはいえ、改めてこもっていた匂いをかいでみると、さらに別の異世界にトリップしそうになる。
「服を着る前に、水を浴びなさい」
親衛兵は用意が良かった。俺が着替えている間に、水を入れたタライを持ってきてくれていた。
「へいへい」
俺はあまりにも小さい風呂、というよりプールで、体を清めた。
水が足りない気がする……。
と、親衛兵が替えのタライを持ってきた。どんだけ用意が良いんだよ。軍師殿も才能を無駄遣いしてんじゃねーよ。
足の指の隙間や脇の下なども丹念に洗ったことで、生き返った心地だった。あとは頭からザブンと被れるように、あと一杯の水が欲しい。
水が来た。
森鴎外の名文のように、流れるような三杯目の水入りタライのご到着だった。
「せいやー!」
掛け声一発、俺は水を浴び、犬が水を跳ね散らかすように体を揺らした。
「うぁーおぅ!」
変なテンションになった。これまでが泥やら土埃やら砂煙やらで汚れっぱなしだっただけに、この水浴びは痛快だった。独房にいる間も、アントニアの部隊を立て直した湖で水浴びをすれば良かったと後悔していたのだ。さすがにあの時は彼女の容体と部隊の集結に神経を使っていたので、悔やんでも始まらない話だったのだが。
新しい服を来て、さらにまた新しい胸当てと剣まで頂戴した。この間、ずっとレオノラは俺を見ていた。もしや「視るプレイ」とかそういうアブノーマルなことが好きなんじゃないかと邪推するほどだ。
ただ、この新しい装備品を見て、次に着て、どうにも違和感を拭えなかった。
「なあ、軍師殿よ」
「なんですか」
「これってさ、俺の記憶が正しければ……」
「ええ。十三王国軍の装備ですよ」
そうなのだ。これまで俺が何度となく相手にしてきた十三王国軍の制式装備が、今の俺の衣服であり、胸当てであり、剣だった。
「デュラン。貴方はこれから敵陣に潜入し、敵軍における偽伝令となって混乱を広げてください」
「マジかよ」
「ただ、これは貴方一人だけでは難しい任務でしょう。貴方は専門の間諜ではない」
「泉門の浣腸?」
絶対に間違えているんだろうなとは思っていたが、俺の中ではこう変換されたんだ。文句があるなら脳内の変換ソフト製作者に言ってくれ。
「よって、部下をつけます」
「俺に部下だって?」
「敵中での活動に慣れた逸材です。貴方よりも目立たずに任務を遂行してくれることでしょう」
「それって、やっぱり俺が行かない方がいいんじゃねぇかな。これまで何度も戦場に出てて、ヘタしたら顔を覚えている輩がいるかも」
「その時は」
レオノラが扇を開き、口元を隠した。
その隠れ方がまた絶妙で、すげえ悪巧みの表情に見える。
「貴方の部下たちが逆に騒ぎたて、信頼を得るための道具になってもらいます」
「おいおい、俺の立場はどうなる!」
「貴方なら雑兵程度、蹴散らして戻ってこれるでしょう?」
信頼されてるってことでいいのか?
もう何をやっても無事だろうから、とことんまで使い切ってやれという風にしか思えないぞ。
「いくらなんでも俺をこき使いすぎじゃないかね」
「貴方ほどの逸材、今使わずにいつ使うんですか」
俺の頭の中で、元の世界で有名だった「今でしょ!」という言葉が反響していた。最悪だ。俺の脳は俺の心臓に真っ向から反抗している。命を粗末にしてはいけないんだぞ。
「また、可能であれば、貴方には他の任務もこなして欲しいと思います」
「他の任務ねえ」
ゲームで言えば、基本ミッションに加えてのスペシャルミッションというわけだ。いやいや、ボーナスミッションといった方が通りは良いか。
「その前に、まずは貴方が偽伝令として、どういう情報を振りまくかを説明しましょう。これは貴方の伝令としての能力を評価しているからこその任務です」
レオノラは扇を閉じ、斜に構えていた体を整え、俺に正対して話し始めた。
「偽伝令の目的はただ一点。敵軍をある場所に集結させることです」
「ある場所だって?」
「敵軍がそこに集まることで、私の策が完成するのです」
軍師の言うことだから、裏があるのは間違いない。また、軍師という人種は、名探偵のように肝心なところをぼかしたがる。もちろん、それは下手に情報を拡散させて、敵に察知されないための配慮でもある。
偽伝令として伝える情報は何でもいい。説得力が大事だ。綿密に物語を組み立てておくのもいいだろう。出まかせよりは信憑性が増す。
レオノラはそんな風に語ってくれたが、これじゃまるで地域の物書き育成セミナーのようだった。
しかし、人間はどんな時もストーリーに惹かれるものだから、この言葉は真実なんだろう。物事には因果がある。第二次世界大戦はその原因として第一次世界大戦と戦後賠償があった。
十三王国軍がその地に、パールメースという名の村に集まるように仕向けることで、歴史は大きな転回点を迎える。そんな気がしてならなかった。
デュランの記憶がうずく。
パールメース。それは彼の故郷だった。彼を折檻し、裏切り、放逐した故郷なのだった。殺意が突然に湧き上がってきた。名前の由来は土着宗教における豊穣の神らしいが、デュランにとっては死神にも等しい存在だったようである。
「次に、もう一つ余裕があれば探ってみて欲しいことなのですが、敵軍にいるという謎の軍師について正体を探ってください」
「十三王国軍を操る敵か」
「そうです。私も探らせていますが、上手く正確な情報を得られません。よほど厳重に隠されているようです」
「そんなやつ、本当にいるのかな?」
「それを含めて調べるのが、貴方の任務です」
謎の敵将はアントニアではなかった。
レオノラがこう言うのだから、彼女である可能性も薄かろう。
やはり敵にとっておきの隠し玉がいると考える他ない。これを探るとなると、敵の本陣に忍び込む必要があるか。
偽伝令として信頼を得られれば、もしかしたら近づけるかもしれない。
「わかった。やってやるよ」
「エリー、カイラ」
少女が土中から湧いて出た。忍者かおのれは!
「エリー、ここにおります」
オレンジの髪色の少女だった。
なるほど、この色は十三王国に多い。潜入は容易だろう。
「カイラはどうしたのですか?」
「寝てます」
「……は?」
「軍師様の話が長かったため、土の中で寝てます」
何が敵中活動に慣れたスパイだ。とんでもないバカじゃねえか!
俺はツッコみたくてウズウズしていた。
「呼びなさい」
「カイラ、軍師様が呼んでるよー」
エリーが地面に開いた穴に向けて語りかけるが、返事はない。
「蹴りなさい」
レオノラがいつもより焦っているように見える。
そりゃそうだ。ここまで堂々と進めてきて、いきなりのオチだ。彼女の威信を傷つけられたように感じているに違いない。
「蹴ってきます」
エリーが穴に消え、数秒後に「ぎえー」と女の声が響いてきた。
「なあ、軍師殿。俺はあんなやつらを部下にしなきゃいかんのか?」
「本当は優秀なんですよ、本当は」
信じてくれと言わんばかりの少女の顔になっている。悔しいが、グッときた。
「カイラでーす」
桃色の髪の少女が、穴の中から這い出てきた。眼鏡をかけているが、土埃に汚れた様子はない。魔術でコーティングすることで、ああいった特殊な眼鏡が生まれることを、デュランの記憶は知っていた。
さらに彼女の足を持ち上げる形で、エリーが戻ってくる。
「エリー、戻りました!」
「俺、一人で行っちゃダメなのかな」
救いを求めるように周囲を見たが、親衛兵がみんな俺の視線から顔を背けていく。せめて、やりきれない空気をなんとかしてくれ。
「二人とも、デュランといっしょに十三王国軍を探ってください。特に、パールメースへの誘導は最優先で行うこと」
「はいっ!」
「はーい」
エリーが爛々と挙手をして、カイラが力ない現代っ子的な動きをした。
「デュラン」
レオノラが俺に向き直った。
「どうかよろしくお願いしますよ。決して無理はせぬように。敵将の探索は無理そうならしなくて構いません。敵軍のパールメースへの誘導。これが第一の目的であることを忘れないでください。敵がこの誘いに乗ってこそ、モートルード伯の囮作戦も最大限に生きるのですから」




