第十一話 疑心
フィオナの軍は無事に本隊との合流を果たした。彼女は本営に報告に行くというので、俺もレオノラに復命しようと考えた。
さて、軍師殿は本営と自分の天幕と、どちらにおわしますかね。
本営の大天幕には、ローカリス公、モートルード伯、及び彼らの側近たちが詰めていた。レオノラの姿はない。どうやら大外れを引いたらしい。
歴戦の方々を捕まえてひどいことを言うようだが、イヤなものはイヤだ。入社一日目で多量のタスクを押し付けられつつ、電話応対まで任せられた気分だ。それでいて電話してくるのが振り込め詐欺みたいな言い回ししかしないやつらばかりで、いよいよ役満だろう。
例え話が愚痴になってしまった。
経緯の報告はフィオナに任せて、俺は退こうかと考えた。
「どこへ行く。お前はここにいろ」
モートルード伯に止められた。絶対に逃げられないボス戦に突入した心地だ。彼女からは七回逃げるのに失敗しても、会心の一撃を与えられそうにない。
フィオナの報告を受け、ローカリス公がねぎらいの言葉をかけている。こういう役割こそ彼の真骨頂だ。むしろこういう役割でしか出番がないとも言える。
ローカリス公の伝令をやっていたころの記憶、すなわちデュランくんの記憶でも顕著なのだが、とにかく地味な役回りが多い。戦略眼が取り立てて優れているわけではなく、かといって安全な運用を旨としているかというとそうでもない。スーリオス隊を見捨てなかったことからもわかるだろう。デュラン・スクルトゥヌスはそのせいで死んだのだ。
老いたる良将。それが現場の人間の評価だった。彼は善良であったが、老いてなお明晰ではいられなかった。
「つまり、デュラン・スクルトゥヌスの奮戦があったからこそ、こうして生きて戻ってくることができたと言うのだな」
「その通りです。彼なくして私と私の部下たちは生きて帰ってこれませんでした」
モートルード伯がフィオナに質問をぶつけている。俺が活躍するのがそんなにイヤか。
途端に、俺の全身を衝撃が駆け抜けた。これは比喩だ。実際には目を見開いた程度だ。それでも、驚きが俺の中で醸成されているのは間違いなかった。
十三王国軍を支える謎の女とは、モートルード伯なのではないか?
ローカリス公に代わって、ほとんど実質的な指揮をとっている伯爵である。軍の内情には詳しいのは言うまでもない。フィオナ隊のように別働させている部隊についても、しっかりと把握しているだろう。
デュランの記憶曰く……この世界には封建制が残っている。とりわけ帝国は皇帝の専制を強めようとしており、そのために貴族たちは苦しい台所事情だった。ローカリス公はその封地が豊かなためにそこまででもないが、モートルード伯に関しては痩せた土地が主であり、こうして軍役にも参加しなければならない。彼女自身が知恵を振るうのは、少しでも自分の兵の損耗を減らすためだとさえ言われている。
とすれば、帝国を恨んだ末に十三王国へ内通してもおかしくないわけだ。
たとえ謎の女が実在だろうが非実在だろうが、伯爵ほどの地位にある者が流す情報は金塊よりも価値がある。
「一つ聞きたいことがあります」
俺は挙手をした。
「誰がしゃべれと言った」
話に割って入られたモートルード伯がにらみつけてくる。
「いいではないか、伯爵。フィオナが生きて帰ってこれたのは彼の手柄であると言っているのだから」
ローカリス公とフィオナとは遠縁にあたり、彼女は小さいころから公爵の家に遊びに行っていたそうな。
「デュラン、話してみよ」
「ありがとうございます」
俺はこの善人大将殿に敬意を表した。
「今回、ヘストン卿の部隊の動きは完璧に読まれていました。内通者がいるのではないかと危惧しています」
「内通者だと!」
モートルード伯爵が気を吐いた。
「戯れにも言葉にして良いことではない」
「本気です。そりゃあ、ここは元々が十三王国の土地ですよ。敵が動きやすいのはわかってます」
俺は冷静だった。
相手が激していると、ふしぎと心が落ち着く。議論あるあるだろう。
「でも、こちらの動きが読まれているのはどうしてですか。ヘストン卿の部隊は独立した動きを見せていましたが、それでも本隊との連携を忘れるほど突出はしていなかった。スーリオス隊とは違います。なのに、本隊との距離が開くタイミングを狙って襲撃してきた。話が上手すぎます」
「それで、女の内通者が我が帝国軍にいるとでも?」
「女とは限りません。噂はあくまで十三王国の謎の軍師についてのもの。その情報源を指してはいません」
「裏切り者がいるというのか、本当に……」
ローカリス公が目を見開いた。眼球が飛び出さん勢いだ。
「落ち着いてください。これはデュラン・スクルトゥヌスの妄想に過ぎません。真面目に聞く価値などない」
「あらゆる可能性を討議する必要があるでしょう」
「黙れ! 証拠もないのに内通だの裏切りだのと。お前こそ我が軍の意気をくじこうとしている内通者なのではないか?」
俺に振ってきやがった。
いや、伯爵の性格とこれまでの経緯を考えれば当然だろう。
「ヘストン卿の部隊を救ったのは君だったな。大衆演劇には持ってこいの舞台ではないか。よくもまあ茶番を弄してくれたものだ」
「伯爵、言い過ぎです」
「卿には黙っていていただきたい。今はこの男を断罪しようというのだ」
「彼はまだ子どもです。子どもでありながら、勇者です」
まあ、見かけは子どもだけどな。
「いい加減にせんか!」
ローカリス公の憤激。なんと珍しい光景だろう。
俺も、モートルード伯も、フィオナも、すっかり声を失い、かの老人を見た。
「味方で争っている場合ではない。軍を再編し、戦いに適した形を作らねばならん。我らの敵は十三王国であって、細々した諍いをしている暇などないのだ」
老人似の壮年たる司令官は、なおも声を張った。
「内通者がいるというのなら、証拠を見せよ。行動と論理でもって己の正しさを示せ。それができなければ、去れ。我が軍には不要な者だ」
言うじゃん。これが若き血のたぎりってやつかね。
公爵のとりなしで、その場はいったん散会となった。正式に査問されているわけでもない。伯爵とて上役に言われては逆らうことはできないのだ。
俺は兵舎に戻ろうと思った。いくら疲れを感じにくい体と言っても、心はいろいろあってお疲れ気味だ。硬い簡易ベッドでもいいから、たらふく寝たかった。
「デュラン!」
俺の名を呼ぶ声がする。この快活な声は……。
「おーい、無視すんなー!」
看護師、リンダ・コニガーだ。案の定すぎて感想がさっぱり浮かばない。
「聞いてるよ」
「疲れてるみたいじゃないですか」
「よくわかってるじゃないの」
「早く休まないと!」
「あのね」
俺はまさしくそれを望んでたんだよ。
「今から寝る」
「ホントですか? レオノラ様のところに行くんじゃないですか?」
そうだった。まだ直属の上官に報告していなかった。リンダに言われるまで失念しているとは不覚だった。
「リンダの言う通りだ。先に軍師殿のところに行ってこよう」
「どうしてそうなるの!」
「忘れてたんだよ。ちゃんと報告しとかなきゃ」
「私もついていきましょうか?」
なんでやねん。
「リンダを連れて行ってどうするんだ。結婚前のあいさつじゃあるまいし」
「だって、放っておくとそのまま仕事に行きそうだし」
「俺はそんなに甲斐甲斐しく働くタイプじゃないよ」
リンダが疑いの眼差しを向けてきている。
気持ちはわかる。レオノラのところに行ったら、また別の仕事が降ってくる可能性もある。一休みしてから行きたい気持ちもある。
だが、いくら疲れたからって、レオノラが俺の上司であることに変わりはない。眠かったので来ませんでしたなんて言えようか。いや言えない。思わず反語になるくらいには言えない。
「報告したら死んだように寝るさ」
「信じられない」
「頑固なやつめ」
「そっくりそのままお返ししますよ」
「仕事に戻れ、仕事に」
「これが仕事ですーぅ!」
ダメだこりゃ。
「わかったわかった。じゃあ、こういうのはどうだ。俺は今からすぐに休む。代わりに、リンダがレオノラに報告する」
「できるかー!」
リンダが手の甲で俺の胸を叩いた。ツッコミ慣れしている。
お前まさか俺と同じ転生者じゃなかろうな?
「だよねー、当たり前だよねー。というわけで、疲れた体を引きずって、怖い怖い上司のもとに行かにゃならんのですよ。わかりましたか、コニガーくん」
「わかったよ。だから、私もついていくよ、スクルトゥヌスくん」
「一応は機密なんだからな。話を聞かせるわけにはいかないの」
「わかった。遠くから離れて見つめてる」
「仕事しろ、マジで」
「私はデュランの体が心配なのデス」
「ご心配ありがとう。というわけで、そろそろ行きたいんだがな」
何だかんだで、リンダには助けられていると思う。彼女がいなければ、まともに人間らしい会話ができなかっただろう。
レオノラはあの通りの賢者だ。知謀があふれすぎてて雑談相手にはならない。
フィオナは武人で、俺の根っこにある価値観とは食い違っている。フラグの一つくらいは立ってるかもしれないけどな。
モートルード伯なんて、冗談だろ?
こうやって通して見てみると、戦争に深く関わっている人間ほど、話し相手には不適だと感じる。軍人には感受性は不要ってことかね。
やばいな。リンダが気になり始めている自分がいるぞ。ちょっと横を見れば、にこにこ顔の彼女がいる。くそっ、かわいいな、こいつ。
「どしたの?」
同じ軍の伝令と看護師だ。職業こそ違えど、使われる立場という面で似通っているのが、心落ち着かせてくれるのかもしれない。こいつにしたって、敬語とタメ語が混ざっているし。
「なんでもない」
「ウソだぁ。なんでもないはずないもんね」
「なんでもないはずがないって、ないが多くてわからない」
「ないないないないないない! はい、有るのか無いのかどっちでしょう?」
「ありえない」
「そんな答えあり?」
俺はつい笑いを漏らしてしまった。
よく悪代官が言ってた「ういやつ」ってのは、こういうのも含んでるんだろうなあ。
さて、レオノラへの報告をさっさと終わらせて、ぐうぐう寝るとしますかね。




