第十話 推論
フィオナの部隊は敵補給線の寸断や威力偵察のために別行動を取っていた。戦力移動の命令はもちろん受けていたが、十三王国軍の素早い動きの前に、退路を絶たれたらしい。
包囲突破戦ではかなりの損害が出たが、それでも殲滅されるよりはマシだろう。
それより、面白いことを聞いた。
帝国軍にもレオノラがいるように、十三王国軍にも知恵袋的な存在がいるというのだ。しかも、これまた女だそうな。女は強し。
一度くらいは顔を拝んでみたいが、それをやる時は周りに敵ばかりの時だろうな。
俺はそう考えて、すぐに思考が転がっていくのを感じた。
つまり、そういう敵ばかりの状況に放り込まれるのは、決まって自分ということである。謎の女武将の正体を明かすのは、他ならぬ俺自身になるかもしれない。
これらの情報は十三王国軍の捕虜から得たものだという。情報を聞き出すために何をやったのか、俺は知らない。平和的に聞き出したと思いたいが。カツ丼とか振る舞ってさ。
尋問、拷問。やだやだ。背筋にぞくりとくるね。小説なんかで拷問シーンを見るたびに、爪のあたりが痛くなる錯覚をしたもんさ。
うう、思い出してきた!
意識を現実に戻して、この悪夢的な想像を振り払うことにしよう。
俺はフィオナの部隊といっしょに本隊への合流を目指していた。包囲を破ってくれた援軍に護衛されての移動だ。
伝令の仕事は終わったし、おそらくレオノラが期待したであろう八面六臂の活躍も見せてやった。さっさと帰ってもいいんだが、フィオナに止められた。しばらくそばにいて欲しいのだという。
恋愛フラグか!
フィオナは顔に傷を持っているが、美人だ。そこは間違いない。そんな美人に頼りにされるってのは嬉しいね、堪らないね。
「貴方は英雄だ」
夜営で火を囲みながら、フィオナはそう言った。
本隊までの距離は縮まっているが、それでも日数を要した。早くて明晩が合流のしどころになるだろう。情勢は常に動き続けている。
「誰も信じなくても、私と私の部下たちは永遠に誇りとするだろう」
「よしてくれ。大したことはやっちゃいませんや」
まあ、それなりにしんどかったが、英雄と呼ばれるような活躍をした覚えもなかった。ヒーローにはカリスマが必要だ。
今の俺はどうかって?
そうだな。実力はあると思う。ここは譲れない。デュラン・スクルトゥヌスはもう一つの世界の魂が宿ることで、人間の限界を超えた。
だが、魅力が足りない。英雄は一日で誕生するわけではない。こつこつと積み重ねがなければダメだ。今の俺じゃあせいぜい一発屋止まり。もっともっと華々しい戦果を挙げなきゃダメだろう。
そんでもって、俺はそんなに英雄に興味がない。そういうのは祭り上げられた末にひどい目に遭うんだ。源義経も楠木正成も、急上昇からの急降下だ。
あー、一つだけあった。英雄になる最も簡単な条件。死ぬことだ。悲運の死がドラマになり、英雄を作り出す。
やっぱ、注目なんてされるもんじゃねぇや。
フィオナがやってきて、俺の隣に座った。彼女は鎧を脱ぎ、薄着だけを着ていた。胸が想像以上にデカかった。つい目がそっちに行っちまう。
「デュラン、意見を聞きたい」
「騎士殿の参考になるのであれば、何なりと」
「そう形式張らなくていい。貴方は命の恩人だ。私の方こそ礼をとって接さねばならない相手」
「すでに形式張っていませんよ。今だってこんなに足を投げ出して、ジュースを飲んでいる」
部隊の輜重兵の生き残りが、俺にくれたのだ。貴重なぜいたく品だろうに。
とはいえ、甘みを欲しくもあったので、それはもらうことにした。だって、ジュースはきっちり受け取るなんて、英雄らしくないだろ?
「話というのは他でもない。十三王国についてだ」
「どんなことでしょう」
「さっきも言った通り、敵には名を知られていない智将がいるという」
「らしいですね」
「どんなやつだと思う?」
そんな答えのない問いをしないやつじゃないすか?
こういうぶっきらぼうにも程がある答えを返しそうになるから、世の中って危険だよな。
「わかってるのは頭がいい女ってことだけですよね」
「そうだな」
「すごいやつなのに顔が売れていない。名前もわからない。考えられることはいくつかありますが」
「それは?」
自分でも考えようぜ。
と、心の中でしか言えない俺も、充分に弱いな。
「まず、顔がとんでもなく悪いから、表に出てこないパターン」
「顔が悪い……」
「女としちゃ、屈辱モノでしょう。ついでに言えば、そんな器量悪しなやつだとしたら、十三王国が情報をトップシークレットにする意味もわかる」
あんたの器量は悪くないぜ。むしろ良い。
俺はおっぱいをガン見しながら、心の口でつぶやいた。十三歳の肉体のありがたいところだ。多少の視線のいたずらは、笑って済ませてもらえるだろう。
「謎めいた存在にしておいた方が、得だというわけか」
「そうです」
フィオナは胸を見られていることに気づいているだろうに、全く気にする素振りを見せなかった。豪胆なのか鈍感なのか。
「次に、とても名前を出せない人間であるパターン」
「名前を出せない?」
「犯罪者や反体制の主義思想を持った人物。そんな感じですかね。軍のためになること、戦争に貢献することをすれば、刑期を短くするなんて契約をしてたり」
「ふむ……」
「逆に、軍以外の分野で超有名人って可能性もある。名声が邪魔になる形だな。そういう汚れ仕事をしてるって思わせたくないんだ」
俺は言いながらも、違和感を覚えた。
「もっとも、戦争は今や国家的な課題だろうから、身分を隠す必要性はもっと他にありそうなもんだなぁ」
「暗殺を避けるため」
「あ、それはありそう」
「我らの軍師様にしてもそうだが、常に刺客に狙われることになるからな。素性を隠せるものなら隠しておいた方がいい」
これが正解かもしれない。
一応、もう一つの可能性があるにはあるが。
「あとは、本当は謎の敵将なんて存在してないって可能性です」
「いない」
「はい。そういう存在を宣伝することで、俺たちを混乱に陥れる効果が期待できます。逆に、味方に対しての安心材料にもなる」
「架空の人物を作り上げ、敵味方関係なく共同幻想に落とし込み、両得の結果を得るわけか……」
フィオナも俺の考えを咀嚼してくれているようだ。決して何も考えていないとわかって、俺は先だっての自分の思考を破棄したくなった。脳筋かもなんて思ってごめんよ。
「だが、他にも、もう一つ可能性があると思う」
「ありますか」
驚いた。フィオナには隠し玉があったのだ。
「ある」
この女騎士はどこか嬉しそうだ。明確に笑顔として出ているわけではないが、ほのかな顔筋の動きやにじみ出る雰囲気から、今の俺は感じ取ることができる。
「どんな説ですか」
「真実だとは考えたくない説だ」
もったいぶるなぁ。
そうは考えながらも、俺はすっかり別の可能性に興味を持ってしまっている。フィオナも心中ではさぞニヤニヤとしているだろう。
「もしこの説が当たってしまうと、私はさらなる苦悩を得ることになる」
だから、何なんだ!
フィオナはよほどこの説に自信があるのだろうか。
単に、俺が開陳した自説と被っていなかったことで、優越感を得たいのだろうか。
考えられる理由は様々だが、一つだけ言えることは……このお嬢ちゃん、見かけに反して子どもっぽいぞ!
「謎の敵の正体は、我が軍の裏切り者という可能性だ」
「帝国軍の内通者……!」
それがあったか。
俺は足つぼを思い切り押されたような気分になった。腑には落ちるが、痛みを伴う。確かに、これが真実であるとは考えたくないところだ。
「最悪の場合、軍師様が敵の軍師でもあったという形」
「そりゃいくらなんでもエグい。いびつすぎる」
「だろう?」
フィオナのドヤ顔。
容姿的にはかわいいより美人風なのに、やることなすこと「女の子」だなぁ。
「そんなことになっちゃ、戦争すべてが茶番だ。俺たちはたった一人の少女の手の上で踊っているんだ」
「いつでもどうにでもできる意味では、一人の少女の口の中かもしれん」
一人の少女の口の中。「の」が三回続いて美しくないのに、不思議なエロティシズムが隠れている。
我らが軍師殿が口を開け、舌を出し、その上で踊り狂う俺や帝国や十三王国の姿を想像した。
「ただ、何の証拠もない」
「賢者は理由を持たないものだ。私はバカだから理由がなくては戦えないが、頭の良いやつらは違う。彼女たちは別の世界を見ているようですらある」
別の世界という表現でぞくりと来た。
まさかあの軍師殿、俺が住んでいたあの世界を知ってるんじゃあるまいな。俺が本物のデュランくんでないことを見ぬいた慧眼といい、どうも怪しい。
そうなると、彼女が暗躍して大戦争を引き起こしているというのは、なるほど納得できる説になってくる。
「間違っていることを願うよ」
フィオナが立ち上がった。金髪が風になびく。美しい。
胸がでかすぎてこちらもよほどお月様。エロエロしい。
「私のような女の推論が当たるようでは、帝国も危ういだろうからな」
「ひらめきが真実を突いていることも多いですよ」
「じゃあ、大丈夫だ。私はじっくり考えた」
そういう問題じゃねーんじゃねぇ?
などと趣もへったくれもないツッコミはしない。安心したいのだ。彼女も、俺も。レオノラが敵に通じているなんて、冗談でも考えたくない。
だが、待てよ。
「ヘストン卿。いや、フィオナ」
俺はあえて彼女の名前を呼んだ。
「レオノラは賢い。なら、敵を騙すにはまず味方からという考え方もあるんじゃないか?」
「帝国を騙すフリをして、十三王国を欺いている……?」
レオノラ・バルドアトは何もかも謀ってみせている二重スパイだった。
こう考えてみると、ありえてくる気がする。
「何がなんだか、俺にもわからなくなってきてね」
「同感だ。軍師様に直接尋ねてみようか?」
「なんて聞くんすか」
「貴方は私たちを裏切りましたか」
「頭がおかしくなったと思われそうだ」
「違いない」
俺とフィオナは少々白けた笑いを交わした。
「じゃあ、おやすみ。明日には本隊と合流できるだろう」
「おやすみ、頭の良い騎士殿」
「頭は良いぞ。何度敵兵にぶつかっても壊れていない」
今度こそ高らかに笑って、フィオナは去っていった。




