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王の花嫁  作者: 川本千根
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遠くの山

私はカエン様の寝台の側に長椅子を寄せて、そこで寝起きしている



カエン様が倒れられた原因はわからなかった


最初は貧血かと思った

確かに瞼の裏は白かった

でもそれだけではない


倒れて3日経つけど一向に意識が戻る気配がない


もしかして毒虫にでも刺されたのかと、お医者さまと私で体中調べたけどその形跡はなかった


肺も心臓も雑音はない

ただ心音が弱い


時間の経過とともに確実に脈が弱くなって体温も低くなっている


なぜ?

なんの原因で

なんのお病気なの


わからない


お医者さまも私もただうろたえて首をひねるばかりだった



わからない?



ううん


わかっていた


本当は

みんな

わかっていた


ユキ様やリオス様、トウゴ様たち重鎮も、お医者さまや私、そして8歳のヒカリでさえ



カエン様は生まれてくるときに神様から頂いた薪を、命の炎を燃やすための薪を、王になってからの十数年間の移動の準備や鳥湖の人たちを少しでも幸せにするための働きで全て使い切ってしまったのだ


国中を駆け回り、人の話を聞き、公平であろうと情報を精査し、要望に応えようと心を砕いて、睡眠もろくに取らず、常に先を考え知恵を出し、一切自分の幸せを求めず国民のため神に祈り、ただ王として鳥湖族のために…


そして命の薪を使い果たしたカエン様の寿命が今尽きようとしているのだ




多分このまま目覚めることなく逝ってしまうだろう


なぜこんなに消耗しきってしまう前に気づかなかったのか

きっと小さな兆候はいくつもあっだろうに


食生活を考えれば慢性的な貧血があったのかもしれない

それが心臓に負担をかけ続けていたのかも…


私はカエン様の澄んだ目が好きだった


濁りのない青味がかった白が引き立たせる黒い瞳が…


青味がかった白…


ああ、それも貧血の症状だ


ずっと本人もたいへんだったんではないだろうか

きっと気力で動いていたのだ


どうしてこんなになるまで頑張ってしまったの?


私この人の何を見ていたの?

なぜ

気がつかなかったの


毎朝王の髪に触れていたのに


髪に…



…そういえば、ずっと思ってた

一度このきれいな髪に花を挿してみたいなと

白い花がきっと似合う


…言いたいことがあるなら…


ふふ、あの時そんなことを言ったらどんな反応をしただろう


私はこの髪に触れる度に甘い幸せを感じていた

この人の心がどこにあろうと、この髪だけは私のものだった


私の薬師としての実力?

そんなもの皆無に等しい


私はこんなになるまで気づかなかったし、この局面においては何もできない


やっぱり私は思い上がってたな


今はただこの人の魂が抜け出してしまわないように強く手首を握っていることしかできない


旅、行きたかった

もう一度この人と砂漠の




国の中枢の方たちの動揺の仕方に比べ、ユキ様リオス様の落ち着きぶりは国を導いてきた方たちの血筋を感じる


感情を押し殺すのは鳥湖の王族の特性なのだろうか

お父様のこともある

もしかしたらお二人とも前から予感があったのかもしれない

覚悟していたのかもしれない


カエン様、カエン様もきっと…



枕元でカエン様の姿をずっと眺めているけど、この人は意識を失っても王のままだ

弛緩するということがない


やはり遠くの山に見える

遠くの遠くの…


…さっきよりまた脈が弱くなってる




その日の夕方南の村に行っていたサリさんが知らせを受けやっと帰ってきた


私は一緒にカエン様に付き添うようにお願いしたのだけれど断られた


「私は政治所の動揺を収めなければなりません」

「夜また伺います」

と言って部屋を出ていった


戻ってくる道中でなにか覚悟を決めてきたに違いない




政治所ではカエン様のお病気を国民に知らせるか知らせないかで重鎮たちの意見が2つに分かれていた


決定は私達家族がした


国民に知らせ、王のために祈らせた


このまま王が亡くなった時、自分たちがこの王のために何もしなかったことが将来国民の心の傷になるのを恐れてのことだった


多分湖の岸辺は王の回復を祈る人であふれているだろう




夜中近くサリさんが王の部屋に戻ってきた

夕方の凛々しい顔と違い、初めてあった頃の優しい、とても悲しげな顔をして


それと交代するようにユキ様とリオス様は一旦自分のお部屋に戻られた


重鎮たちは入れ替わり立ち代わり部屋を訪れていたが、夜は休むよう自分たちの家に帰した


希望するものには王宮の広間を開放し、そこで休むことを許した


王の部屋には私とサリさん、付き人のライカさん、あとは三名のお医者さまとその弟子が残った




明け方近く私はついうとうとしてしまった

あ、いけないと目を覚ました


見ればサリさんも馬を飛ばしてきた疲れからか、カエン様の右の枕元でうつらうつらしている


お医者さまたちは薄明かりの部屋の隅で何やらヒソヒソお話をされている


ライカさんは部屋の入口近くでその話に聞き耳を立てている



カエン様に目をやると…


カエン様は目を開けて宙を見ていた!


私が起きたのに気づいたのか宙を見たままとても静かな、でもはっきりした声で


「リオスを呼べ」


とおっしゃった


その声に部屋中の者ははっとしてカエン様を見た


そして思った


凄まじいほどの意志の力で戻ってきたと…




永遠の別れの前に






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