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王の花嫁  作者: 川本千根
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鳥湖族王 カエン

ハナは弾けるように部屋を飛び出していった


あっ、と思ってサリが止めようとしたが間に合わなかった


ハナはカエンが王となる者としての自覚が出る前の、人としての記憶を、わずかな間でも幼なじみと二人で過ごすことで取り戻させてやりたいと思った


それはハナの旅立って行く王への餞だった




リオスは遠くから聞こえる人の足音で飛び起きた

全てを覚って


そして自分を呼びに来たのがハナであったことに驚いた


リオスはハナに何も言わせなかった


「私はすぐに参ります」

「姉上は先にお戻り下さい」


「姉上はっ!兄上のそばを離れてはなりません!」


リオスはハナを一喝した




ハナが部屋に戻るとサリが王の口を水を含んだ綿で湿らせていた


ハナはそれはそのままサリに任せて自分は再び王の手首を両手で強く握った


あ、口元が緩んだ、とサリは思った


もしこの場にフェイが居合わせたのなら、ああ、あの時の表情だと思ったことだろう


王の部屋には続々と人が集ってきた

トウゴやシャリアは広間で控えていたので一番に駆けつけた

皆一様に青ざめている

トウゴなどはこの3日で一気に年老いてしまったように見える


ヒカリを連れてユキの家族も来た


ユキは部屋をぐるり見回し、寝台以外の家具を全て部屋から運び出すよう命じた

医者の持ち込んだ薬箪笥も含めて


一人でも多くこの部屋に入れるように




最後に現れたのはリオスだった


リオスのうねった髪は一筋の乱れもなく後ろできっちり一つに結ばれていた


サリがリオスに場所を譲る


リオスは枕元で


「兄上、参りました」

と声をかけた


カエンはちらりとリオスを一瞥すると、また視線を宙に移し


「リオス、結婚したい相手はいるのか」

と言った


この時リオスは恋をしていた

移動の際に知り合った殿の護衛長の娘、21歳のハルに




「おりません」


「私は秋に花嫁選びをする予定です」

「すでにチウネとも打ち合わせを始めております」


即答だった


それに対してカエンは何も言わなかった



しばらくするとカエンは誰に語るともなく…


いや、違う


その場にいるすべての者に対して語り始めた


リオスや国の重鎮、そこにいる医者、その弟子、幼いヒカリ、長年付き人を務めたライカを含めたその場にいるすべての者に向かって


もしかしたらその語りかけは鳥湖の全国民に向けてだったのもしれない



その声は小さかったが、はっきりした口調だった




「根が張れない草は枯れる」


「人も同じだ」


「移動は人々を疲弊させる」

「そして努力の継続を許さない」


「湖族が移動を続けるかぎりこの民族の幸せはない」



「アナン王は移動国家を受け入れた朱国の王に罪があると考えておられた」


「違う」


「戦争の愚かさに気づき、それを終える手段として移動を考えた王たちに罪はないのだ」


「移動の負担の多さや、人々に幸せを与えない制度であることに気づきながら綿々と続けている私達に罪がある」



「白国は良い土地だった」


「あそこは充分人が幸せを感じて生きていける」

「穀物こそとれないが自然の恵み豊かな」


「穀物の不足は山を開墾して棚田を作れば良いのだ」

「それをしないのはそこに滞在する期限があるからだ」


「多分他の湖族も疲弊している」


「移動をやめ元いた国に根付くのが望ましい」



「天湖は白国の定住を受け入れるだろう」


「問題はこの青国なのだ」


「鳥湖の人口が多くなければ鳥湖が青国に定住してもいい」

「だが鳥湖は一番人口が多い」


「青国の定住には無理がある」


「やはり」

「青国には人口の少ない龍湖が定住するのが望ましい」


「そのためには、龍湖にそれを受け入れさせるためには少しでもこの青国を住みやすい国に変えなければならない」


「時間はかかる」

「だが始めなければならない」



「この土地に緑を」

「鳥湖はこの土地に緑を増やせ」


「少しでも住みやすく食物事情の良い国にするために」


「この土地を去る最後の日まで緑を増やすことを諦めるな」



「気づく」


「いつか、後からくる天湖が鳥湖のしようとしていることに気づく」


「天湖がそれを継承してくれれば、その後からくる龍湖が気づく」


「定住すれば龍湖もいずれ己の知恵でこの土地で幸せを感じ暮せるようになるだろう」

「が、最初のうちは朱国が青国を支えろ」


「土地の力に差がありすぎる」

「それがもともとの争いの原因だったのだから」


「差をうめなければ…」




「この土地に緑を」


「鳥湖のためではない」


「湖族のために…」


カエンはそう言うとすうーっと息を吸って目を閉じた




周りの者たちがざわめいた


が、大丈夫、まだ息をしている

かすかに胸が上下している



しばらくするとカエンはもう一度目を開けた

そして混濁し始めた意識のなかで一言発した


そうしてまた目を閉じ、その目が再び開くことはなかった




朝日が昇るのと同時に王の魂も神の国に旅立って行った


三十二歳の生涯だった


王は神に与えられた最後の一本の薪を、王としての心を語るために使った

この間、王の視線がハナに向けられることはなかった

だが




鳥湖族王 カエン最後の言葉は


「ハナ、髪を結え」だった
















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