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王の花嫁  作者: 川本千根
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賢さを疑え

その言葉はなんの脈絡もなく独立して私に投げつけられた



王宮のある中部地域の南寄りの村で湖の魚の取り方をめぐって住民同士の諍いが起きた


最初は数人の揉め事だったが次第に村を二分するような大きな諍いに発展した


宰相のトウゴが乗り出していって一時は争いが収まったかのように見えたが、最近また揉めだしたというので、王自らその村に事情を聞きに行くという日の朝のことだった



いつものように髪を結い、カエンがハナの部屋を出てゆく、その時

出口で立ち止まり、左肩越しに振り返り


「ハナ、少しは自分の賢さを疑え」


と、一言いってさっと出ていった


えっ


なに?


何を?


その苦々しげな様子は11年間一緒に暮らしてきたハナが初めて見るカエンの態度だった


カエンが十五のときから付き人を務めるライカでさえこんな感情的なカエンは初めて見た


ワナワナと震えだしたハナを気づかってナミがそっと部屋を出ていった


ハナは部屋の隅の寝台に向かったが足がもつれてたどり着けず、少し手前で床にへたり込んだ





私は王が深く考え事をしているの様子だったので、特に話しかけもせずただ「気をつけて言ってらっしゃいませ」とご挨拶しただけなのに突然なに?


少しは賢さを疑え?


その言葉自体より、初めて私に感情を露わにされ、それがとても…とても私を非難しているご様子だったことに驚いた


何か本当に我慢に我慢を重ねついに耐えきれなくなったという感じのカエン様らしくない態度だった


初めて人としてのカエン様を見た気がした


私は知っている

淡々とした態度と裏腹にカエン様はとてもお心の深い方だ

いつも少しでいいから私に素の部分を見せて欲しいな、と思ってた


でもこんな態度を望んでいたんじゃない


なにが…気に入らなかったの…


…今の態度が私の花嫁としての11年間への答えなの?



私…

随分、今まで

頑張ってきましたよ?


あなたの花嫁に選ばれてから、王宮に入ってから


王宮は私には別世界でした

私には付き人のナミさんでさえお姫様に見えました


姿形は変えられないけど、変えられることは全て変えていこうと、私はユキ様の可愛らしいお話のしかたをまね、サリさんの立ち振る舞いをまね…

もともと早足だったけど上品に見えるようになるべくゆっくり歩くよう心がけ、なるべく笑顔でいるよう心がけ…


そういうこと、あざとくみえてましたか?

サリさんを真似たりして…滑稽に見えてましたか?



私は毒蜂の時も、あなたがみんなの前でサリさんへの愛の宣言をした時も死ぬほど辛かった


でもあなたを一言も責めてませんよね?


私はあなたのサリさんを想う気持ちごとあなたを受け入れてきましたよ?


どれだけ頑張って嫉妬や悲しみや悔しさを飲み込んできたと思ってるの!

それは私の賢さじゃないの?


私はただあなたに寄り添えることだけを幸せとし、あなたのために、鳥湖のために知恵を絞ってきましたよ?



賢さを疑え?


もしかして薬の報酬として受け取った砂金を手元に残したがったのがわがままに思いましたか

自由に使えるお金を私が欲しがったようにみえましたか?


私はあなたが青国の緑地化を急ぐから、それに協力したかった、そのために自由に研究できる資金が欲しかった


それが賢さを誇ったわがままに見えましたか?



私は最初一人であの蜂を果樹園に捕まえに行くのが本当に怖かった

一度刺されているから、あなたがサリさんを心配したように二度目刺されたら危ないのです


あの疫病を治す薬は作れなかったけど、少しでも鳥湖のためになればと命がけでしたよ?


あの薬が出来たのだって私の薬師としての実力があればこそ


朱国で婆さまがなくなって一人で薬師をしていた頃、ただの風邪や腹痛では村人は私のところに薬を貰いに来なかった

うんと重篤な症状になったとき、他の薬師の手に負えなくなったときに初めて私の許に薬を求めに来たのですよ、カエン様


私が生きていくには圧倒的な実力が必要でした

私に研究熱心さと知恵が無ければたった一つのパンでさえ買えなかった


今まで私がその賢さを誇っているように見えましたか


あ…金柑…

移動中に自分が得た砂糖で作った金柑の砂糖漬けを配りたがったのも私の驕りに思いましたか?


私のこと…

きっとあなたはあなたなりに何かを我慢してきたのですね


そういう方ですもの、あなたは


この国の砂漠の砂があなたを正直にさせたの?


あの態度が

私に対する本当の気持ちなの?



わかってない…

あなたはなんにも


私はこの賢さしかあなたに捧げるものがないのに!

それを疑ったら私には何もない




無理…


王の花嫁としての今までを否定されたら

私は…もう…頑張れない…






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