さよなら朱国
移動の年が来た
26歳になったハナに花嫁に選ばれた頃の面影はない
金色の髪と灰色の目は変わりないが肌はすっかりきれいになっていた
ハナは金色の髪が目立たないよう短い髪をしていたが、今は鳥湖の多くの既婚者と同じように髪を伸ばし後ろで小さくまとめている
顔立ちは平凡だが強い眼差しが人に美しいと錯覚させる力を持っていた
特に女性的な肉づきをしていたわけではないが引き締まったウエストと姿勢の良さが人の目を引きつけた
今はもう誰も醜い花嫁様とは呼ばない
花嫁になってからの鳥湖のための活躍ぶりを国民は皆知っていた
今はハナを賢い花嫁様と呼ぶ
青国に移ってからの貿易相手となる東の海辺の国との契約のため国境近くに行った王の代理でハナと湖に祈りを捧げた帰り道、リオスは確信した
あの花嫁選びの日、兄上には最初からこのハナの姿が見えていたのだと
兄上にとってハナが醜かったことなど一度もなかったのだと
ハナが歳月の流れで大きく姿を変えたように、またリオスの印象もハナが花嫁になった頃とはちがっていた
身長も伸び、今はカエンと変わらない体格をしている
顔も少年の頃は父親似であったが、二十歳を越える頃から輪郭がカエンに似てきた
もしリオスの髪に癖がなくカエンのようにストレートだったら、後ろから見たら見分けがつかないかもしれないとハナは思う
そしてケンカをしても、もう勝てないな、と
最近リオスがマントをしているのを見て、やっぱり王族はマントをするのが正式だったかとハナは思った
王の補佐としての移動に向けた重い責任がリオスを落ち着いた大人の男にしたのだ
ただ王の勧める花嫁選びは断固として断っている
ほとんどの鳥湖の男性は25歳くらいまでには結婚する
王が折れて自由に相手を選ばせるか、リオスが諦めて花嫁選びをするか根気勝負のような気がハナにはしていた
ハナは青国に移動する準備で頭の中は常にいっぱいだった
ついに移動の始まる今になって猛烈に朱国への愛着が湧いてきた
ハナは辛かった学び舎時代や婆さまに、たたかれながら厳しく薬草の知識を詰め込まれたことでさえ懐かしく思えた
ハナは学び舎で習った鳥湖の並列思想をきれい事だとずっと思っていた
今はこの民族にその思想があったからこそ私は学び舎にも通えたのだと思う
この民族に並列思想が無ければ私は学び舎に通う権利さえあたえられていなかったかもしれない
王にも出会えなかった
ハナは鳥湖の高い理想に心から感謝した
ハナは朱国で過ごした日々を心に刻もうと思った
花嫁選びのための国の外れから都までの旅
王と結婚の報告に行った小島の神殿
並んで歩いた湖への道
果樹園の前でひるがえったマント…
今、ハナは王の放った矢が自分を選んだことをありがたく思っている
もしあの矢が私を選ばなかったら、未熟だった私は自分の求める毒を完成させどれだけの罪を重ねたかわからない
深い深い憎しみの泥沼から神は、王は私を力ずくで引きずり出してくれた
カエン様を想うとき、常に心の痛みを伴う
それでも私はカエン様のそばに寄り添っていられることを幸せに思う
様々な思い出を紡ぎだした朱国との別れの時が来た




