第87話 長谷川真昼、猛虎の遺恨に巻き込まれる
姉川の戦い、織田軍本陣。
「どけえええええ! 織田信長の首は、この磯野員昌が貰い受ける!」
浅井家の猛将・磯野員昌が『お市様2人目妊娠中』の鉢巻を巻き、血走った目で槍を振り回しながら突進してくる。
守備の要である半兵衛君も口元から血を流し、モリミチボールの輝きも弱まっている。
「くっ……これ以上は、バックトスでも捌ききれません……!」
「半兵衛様! 我らにお任せを!」
「信長様には指一本触れさせません!」
信長様の横で、久太郎君と鶴千代君が悲壮な覚悟でバットを構えた。
9回2アウト、ランナーなし。カウントノーボール2ストライクに追い込まれ「あと1球、あと1球」という敵軍の声が響く絶体絶命の状況だ。
「……全員下がれ。俺が打席に立つ」
信長様が迫りくる浅井軍へ特大のスイングを放つ。
「消えろ!」
ビュオォォォォン!
信長様のスイングが衝撃波となり、地面を這うように伸びて員昌さんと長政さんの足元へ襲いかかる!
「ぬぐぉっ⁉ 避けられん⁉」
「なんという……風圧!」
浅井軍が体勢を崩す一瞬の隙を半兵衛君は見逃さない。
「今です、全軍突撃!」
織田本陣背後から、おじさんたちの雄叫びが木霊する。
「間に合ったか! お館様、あとは我らの攻撃をご覧くださせれ!」
「FA移籍した我らの価値、ここで証明せねば年俸が下がるわ!」
「大逆転の攻撃機会じゃあああ!」
稲葉良通さん、安藤守就さん、氏家直元さんの西美濃三人衆が横山城を攻略し、駆けつけたのだ!
今までほぼ同数だった両軍の兵数が、織田が一気に二倍になり、浅井軍がどんどん押し返されていった。
そこに、私が朝倉戦線から全速力で戻ってきた。
ゲットしたばかりの2つの英霊ボール『ミノル』と『ヨシオ』を手に握りしめている。
「お待たせしました信長様! レジェンド連れてきましたよ!」
私はゼエゼエと肩で息をしながら叫んだ。
「遅いぞ真昼! さっさとそのボールを使え!」
「了解!」
私は浅井長政さんの前に立ちはだかった。
長政さんは物干し竿みたいな長槍を構え、英霊ボール『フミオ』のオーラで赤黒く発光している。
「長政さん! ストップ! 見てください、このボールたちを!」
私はミノルとヨシオを掲げた。
「この子たち、長政さんが持ってるフミオさんと同じチームの後輩なんですよ! 懐かしい仲間でしょ? 喧嘩はやめて、仲良く野球しましょうよ!」
『フミオさん! センイチじゃ! 儂はあんたに憧れてプロを目指したんじゃ! ミズハラさんもこっちにおるぞ!』
『ZZZ……儂の下でフライヤーズのコーチやってくれたのう。……あんまり役に立たんかったが』
センイチ、それにミズハラも感動の対面。涙の和解。そして戦いは終わる……はずだった。
私の手の中で、ミノルとヨシオが「あ、やべっ」って感じで震えた直後。
長政さんの懐の『フミオ』が、ドス黒い、どろりとした憤怒の光を爆発させたのだ。
『……ミノル……ヨシオ……だと?』
地獄の底から響くような声。
『貴様らああああああ! よくも儂の前に顔を出せたなあああああ!』
「えっ? なに? 感動の再会じゃないの?」
『違うわボケェ! 儂が監督兼任だった時、儂を「排斥運動」で追い出そうとした首謀者どもが! 儂は忘れんぞ、あの屈辱を!』
フミオボール、ブチ切れ。
私の手の中の2つが、情けなく言い訳を始める。
『あ、あれは若気の至りで……チームを良くしようと……水に流してください!』
『わ、儂は排斥運動はまだ入団前……。フミオさんの引退試合のオープン戦でプロ初先発したの儂ですよ?』
『流せるかああああ! ヨシオ! 儂の用具係だったのに裏切りおって! ミノルもマツキさんの言いなりだから同罪じゃああああ! 甲子園の土に埋めてやるわ! ……グワッ! ZZZ……』
突如、雷のような光がフミオに直撃した。いや、フミオだけではない。光は連鎖し、私の手元のミノルとヨシオをも撃ち抜いた。
『『マツキさんじゃ……儂らも眠る。センイチ、小娘、あとは任せた……ZZZ』』
なにそれ遠隔攻撃⁉
って、ヨシオとミノル、起きんかい!
『フミオさんはまだ、マツキさんの支配下のままじゃ! 一緒に眠ってくれて助かった……が』
そう、センイチの言う通りフミオたち先輩後輩は揃って眠りについたが、英霊の残した怒りが長政さんに逆流している。
長政さんの目が、完全にイッちゃった人になってるよ。
「ウオオオオオ! 過去の恨みも今の愛も、全て力に変えてやる! 邪魔する奴は全員串刺しじゃあああ!」
「ぎゃああああ! 逆効果じゃん! センイチ、どういうこと⁉」
『……あー。そういやそんな事件あったのう。すまん、忘れてたわ。フミオさん、政治能力ゼロだったからのう』
「忘れないでよ大事な黒歴史を!」
暴走する長政さんに、私は必死に叫ぶ。
「長政さん! 目を覚まして! お市ちゃんは貴方を愛してるんでしょ⁉ 私を捕まえてお市ちゃんに渡すなんて、夫婦の愛じゃないよ! 歪んでるよ!」
すると長政さんは、血の涙を流しながら叫び返してきた。
「わかっておらぬ! わかっておらぬわ真昼殿!」
「はい⁉」
「お市殿の望みを叶えることこそが、夫たる某の愛の証明! 信長殿を討ち、真昼殿を五体満足で小谷へ運び、お市殿の寝所に放り込む……それこそが! 我が家庭円満の唯一の道なのじゃああああ!」
「……ダメだこの人。愛が重いとか通り越して、ブラックホールの彼方に行っちゃってる……」
ドン引きする私に、長政さんの物干し竿が振り下ろされる!
――ガキンッ!
間一髪、横から割り込んだ金属バットがそれを受け止めた。
「真昼! ぼさっとするな!」
秀吉さんだ! 傷だらけの体で、それでも不敵に笑っている。
「ウッキー!」
秀長も一緒だ。
さらに、反対側から森可成さんが飛び込んでくる。
「真昼殿が戻ったなら、こっちのもんよ! 三左のド根性、見せてやるわ!」
木下隊と森隊が息を吹き返し、側面から浅井軍に食らいつく。
「遠藤直経殿、お覚悟!」
すかさず、半兵衛君の弟の重矩君率いる隊が遠藤直経隊を切り崩し、浅井軍に大ダメージを与える。
さらに!
「うおおおおおお! 旭殿ぉぉぉぉ! 見ていてくだされぇぇぇぇ!」
地響きと共に、朝倉軍を壊滅させた徳川家康隊が、砂塵を巻き上げて突っ込んできた。
先頭を走るのは、恋するタヌキ・家康さんと、最強の猛将・本多忠勝君。
「浅井の横っ腹、ガラ空きだぜ! ノムサンのデータ通りじゃ!」
『行け家康! サヨナラのランナーを一掃するんじゃ!』
家康隊の怒涛の側面突撃が、浅井軍の陣形を粉砕する。
信長様のフルスイング攻撃、西美濃三人衆の鉄壁、そして家康さんの愛の突撃。
ついに浅井軍が支えきれなくなる。
「ぬううっ……! フミオ殿の力が……押し負けるだと⁉」
長政さんがよろめく。
フミオボールの暴走も限界を迎え、光が点滅し始めた。
「くっ……お市殿、申し訳ありませぬ……! 真昼殿を持ち帰る夢、ここでは叶わず……!」
長政さんは悔しげに天を仰ぎ、撤退の合図を出した。
「退け! 小谷へ戻るぞ!」
浅井軍が潮が引くように去っていく。
朝倉軍もすでに壊滅状態で、姉川の戦場には無数の死体と、勝者である私たちの荒い息遣いだけが残された。
「……追撃は、無理か」
信長様が泥と血にまみれた顔を拭いながら、逃げていく長政さんの背中を見つめてバットを下ろした。
織田・徳川軍の損耗も激しい。これ以上の深追いは、延長戦をする体力のないチームに等しい。
「……勝ったか。だが、高くついたな」
信長様の呟きに、懐のセンイチが静かに語りかけた。
『信長よ、胸を張れ。10対0でも、1対0でも、勝ちは勝ちじゃ。泥にまみれて掴んだ1勝の重み……それが長いペナントレースを制する糧になるんじゃ』
「フン。……そうだな」
私は地面にへたり込みながら、周囲を見渡した。
秀吉さんも、家康さんも、みんなボロボロだけど生きてる。
「はぁ……勝ったけど、全然スッキリしないよ……。でも、生きてるから、ヨシ!」
こうして姉川の戦いは、織田・徳川連合軍の勝利で幕を閉じた。
でも、これは終わりじゃない。
京の周辺では三好三人衆が再び蠢き出し、石山本願寺からは不気味なお経が聞こえ始めている。
お市ちゃんを筆頭に、信長様の命を狙う敵が一斉に動き出す。
休む間もなく、物語は次なる激戦へと進んでいくことになる。
「ねえ信長様……私、今度こそ休暇届出していい?」
「却下だ」
……知ってた。
――【織田家激震、義弟長政裏切り編】完
【激ヤバ、信長包囲網結成編】に続く
プロ野球開幕したし、投稿時間0時に変更します。
次回3月29日0時でお会いしましょう。




