第128話 長谷川真昼、名門の哀しき終焉を見届ける
刀根坂での激戦を制した織田軍の進撃は、まさに怒涛の勢い。
柴田勝家さんや丹羽長秀さんらの容赦ない追撃により、木ノ芽峠を越え、私たちはあっという間に越前国の府中、竜門寺まで到達した。
私は馬に揺られながら、かつて「北の京」と呼ばれた一乗谷の街並みを眺めていく。
雅な文化が花開いていた街は、戦火に怯えた人々が逃げ出し、まるでゴーストタウンのように静まり返っていた。
「……なんか、寂しいね。数日前まで普通に暮らしていたはずなのに」
私がぽつりと零すと、懐から飛び出したセンイチが冷厳な声でボヤいた。
『エラーと四球で自滅したチームの末路じゃ。監督が責任を放棄して逃げ出せば、ベンチは空っぽになる。……これが負け戦のリアルよ』
センイチの言う通りだった。
総大将の朝倉義景が自ら戦線を放棄して逃げ出したことで、名門・朝倉家という巨大なチームは、音を立てて崩壊していたのだ。
***
一乗谷の館で、朝倉義景は完全にパニックに陥っていた。
「わ、わしは争いが嫌いなだけなのに! なぜこんなことに……!」
頼みの綱だった山崎吉家も、客将の斎藤龍興も刀根坂で討ち死にした。
すがるべき英霊ボールも持っていない彼は、自慢の茶器や源氏物語の絵巻物を必死に抱え込み、一乗谷を捨てて東の山奥、大野郡の六坊賢松寺へと逃げ込んだ。
そこに付き従っていたのは、刀根坂出陣の際に「具足の紐が切れた」と子供のような言い訳をして自宅謹慎していた一門衆筆頭・朝倉景鏡だ。
景鏡は賢松寺で義景を休ませると、おもむろに外を自軍の兵でぐるりと包囲しだす。
「……景鏡? な、なぜ兵を向ける? 何を考えておる?」
義景が震える声で問うと、景鏡は冷酷な笑みを浮かべ、告げる。
「お屋形様。朝倉100年の歴史は、今日でお終いにございます」
「な、なに?」
「私が織田の厚遇を勝ち取る手土産として、貴方の首を頂戴いたします」
身内からの決定的な裏切りの言葉に、義景は青ざめた。
「おのれ……! この恩知らずめ!」
義景が絶望して泣き崩れ、景鏡の刀が振り下ろされる直前。
「そこまでです!」
追撃部隊として先行していた私と、羽柴秀吉さんが賢松寺に到着。
私は景鏡のあまりのクズっぷりに、すかさず義景の前に立つ。
「主君を殺して移籍するとか、いくらなんでも外道すぎ! 説得とか、一緒に生き延びる道を探すとか、なぜしようとしないんですか?」
「真昼の言う通り。主君を売るなど、武士の風上にも置けませんね」
秀吉さんも冷ややかに言い放つ。
私が景鏡の兵たちを蹴散らしてでも場を収めようとすると――
「……待て」
義景が泣きはらした顔を上げ、私と秀吉さんを制止した。
「……情けは無用じゃ」
彼は抱え込んでいた、雅な絵巻物を放り捨てていく。
「わしは戦下手で、雅なことばかりを好む引きこもり……そんな評価なんだろう。……じゃが、曲がりなりにも越前朝倉の当主! 織田に降る気もなければ、裏切り者の手にもかからん!」
義景は震える手で短刀を抜くと、不器用な手つきで自らの腹に突き立てた。
「お、お屋形様……!」
景鏡の絶句が響く。
「地獄で……吉家に……詫びねばならんからのう……」
義景は泣きながら、それでも見事な切腹を遂げた。
戦国の世でなく、平和な世なら文化の保護者として名を挙げただろう彼は、最後に誇りを見せて散っていったのだ。
私は朝倉義景の哀しくも誇り高い最期に、目を伏せつつ合掌した。
***
到着した信長様が、義景の死体を見て囁く。
「……つまらん男だったが、最後だけは武士だったな」
それ以上の感傷はなかったようだ。
信長様はすぐに降伏してきた朝倉の旧臣たちを庭に並ばせ、戦後処理を開始していく。
半兵衛君が、いつもの涼しい顔で越前の新体制を発表する。
「さて。まずは前波吉継殿。貴方を桂田長俊と改名させ、越前一乗谷の守護代に命じます」
「ははっ! ありがたき幸せにございます!」
吉継の名を聞いて、織田諸将からざわめきが起こる。
前波吉継といえば、かつて大津の戦いで織田家の仲間、猛将・坂井政尚さんを討ち取った憎き敵将だからだ。
なぜそんな奴が、いきなり越前のトップの守護代に出世するのか、と。
半兵衛君は淡々と語る。
「彼は大津での戦いの後、僕の説得で寝返っていました。義景を越前から引きずり出した功績は彼によるものです。内応したまま、朝倉内部で工作を続けた功績は計り知れません。ふふっ、吉家は最後まで彼の裏切りに気づかなかったようですね」
「兄・景当の奇襲に遭いながらも相討ちした政尚殿の武勇、ずっと脳裏にこびりついて離れませんでした。そこまでの忠義、さらに信長包囲網を打破する織田家の組織そのものに、憧れを抱いたのでございまする。そこを半兵衛殿に見抜かれました。今後この桂田長俊、織田家の一員として死に物狂いで働く所存!」
長俊さんの決意表明に織田家諸将から拍手の音が出るも、私は心の中で戦慄した。
「うへえ……半兵衛君、いつの間にそんなえげつない裏工作してたの⁉」
このドS軍師、本当に隙がない。
「続いて、南条郡府中には富田長繁殿を配置。……朝倉景鏡殿は大野郡土橋に配置します。名前も朝倉ではなく、土橋信鏡と名乗りなさい」
聞き終わるや、主君を売った張本人、朝倉景鏡が血相を変えて立ち上がった。
「な、なぜ私が辺境の大野郡のままなのですか! 義景を自害させたのは私ですぞ! 一乗谷は私のもののはず!」
景鏡が喚き散らすと、信長様がゆっくりと歩み寄り、金属バットの先端を景鏡の鼻先にピタリと突きつけた。
「ヒッ……!」
「追い詰められた主君を裏切るゲスに、大事な本拠地を任せるうつけがどこにいる」
信長様の威圧感に、景鏡は腰を抜かした。
「てめえの腐った根性などお見通しだ。俺の信の字の褒美と、生かしておくだけありがたく思え。……消えろ」
「は、ははぁっ!」
景鏡改め信鏡は、顔面蒼白で平伏し、這うようにして去っていった。
「斎藤龍興、山崎吉家、刀根坂で散った朝倉諸将及び、朝倉義景の最期は見事であった。この織田信長、永遠に脳裏に刻みつける!」
信長様の締めの言葉に、降伏した朝倉諸将は平伏。
これで越前一国は、完全に織田家の支配下に入り、名門・朝倉家は滅亡した。
でも、織田軍に休む暇はない。
信長様がバットを肩に担ぎ、南の空――近江の方角を鋭く睨みつける。
「さて、背後の掃除は終わった。……待たせたな、長政、市」
信長様の全身から、闘気がゆらゆらと昇っていく。
「引導を渡しに行くぞ。全軍、近江へ引き返せ!」
「「「おおおおおおっ!」」」
私はゴクリと唾を飲み込んだ。
越前が落ちた今、浅井長政さんとお市ちゃんがいる小谷城は、完全に孤立無援となった。
兄に反旗を翻したお市ちゃんと、英霊ボール『フミオ』に取り憑かれ、愛のために修羅と化した長政さん。
信長様の妹と義弟を相手にする、正真正銘の最終決戦だ。
私たちは越前を後にし、因縁の決戦の地、北近江・小谷城へと踵を返す。
「絶対にお市ちゃんと長政さんの目を覚まさせて、フミオを取り上げる!」
私が決意を固めると、センイチも熱く応えてくれた。
『おうよ! フミオさんとの真っ向勝負、受けて立つわい! 憧れの背番号10だろうが、グラウンドに出れば敵じゃ!』
「絶対早まらないでよ! お市ちゃん! 長政さん!」




