第123話 長谷川真昼、登録名変更に立ち会う
室町幕府が消滅し、主のいない京の都は夏の日差しのようにジリジリとした熱気に包まれていた。
そんなとある一角で、秀長がキセルを吹かしながら呆けている。
「若江から帰って、なんか元気ないね、秀長」
私は心配して秀吉さんに呟く。
彼女も腕を組んで思案顔だ。
「若江の賊に、木下小一郎秀長の名乗りを馬鹿にされたのが堪えてるようだ。何とかしてあげたいが……」
どこの誰かもわからない人に、名前を馬鹿にされるって屈辱だよね。
私はお姉ちゃんが学校の支配者だったから、あんまり経験ないけど。
「あっ、そういえば」
「何か妙案あるのか? 真昼」
「中1の時なんだけど、遠足の時に友達が他校の男子高生に絡まれちゃって、私が助けにいったら『真昼! ……お兄さんたち、今すぐ逃げないと死ぬよ?』って警告したんだけど……」
今でもムカムカする。
『バーカ、JCごときが俺らの相手になるかよ』
なんて抜かす連中の顔を思い出して。
「でも、私の名字が長谷川だって知ると、直立不動して回れ右して即ダッシュしてったんだよね。まあ、お姉ちゃんのせいだけど」
悪名は無名に勝るってね。
とりあえず、そいつらは追いついてボコボコにしたけど。
「……名字、か。真昼、ありがとう。秀長を元気にする策を思いついた」
ん? よくわかんないけど、役に立ったならよかったよ。
***
二条御所の評定の間で、信長様による新しい行政システムの発表が始まった。
「吉兵衛(貞勝)。貴様を『京都所司代』に任ずる」
信長様が書類に判を押しながら、サラリと告げた。
それを聞いた村井貞勝さんは、目玉が飛び出るほど驚愕し、顔面蒼白で抗議の声を上げる。
「しょ、所司代⁉ お待ちください信長様! 私に織田家の全予算管理と、京の市政、裁判、朝廷との交渉、寺社の統制まで全部1人でやれと仰るのですか⁉」
貞勝さんの悲鳴はもっともだ。人ができる範疇を超えてるよ。
そんな貞勝さんの悲鳴を、信長様は涼しい顔で一蹴した。
「やかましい。貴様以外に、ややこしい公家や生臭坊主どもを黙らせる計算能力と実務能力を持った奴がおらんのだ。……死んだら、朝山日乗に盛大な葬儀をさせてやるから安心せよ」
「そ、そんな殺生なああああ!」
貞勝さんが崩れ落ちる。
私は心の中でそっと合掌した。
(さようなら、貞勝さん……。貴方の犠牲の上に、織田家の平和は守られるのです……)
「案ずるな。治安維持と軍事は十兵衛に任せる」
信長様の視線が、控えていた明智光秀さんに向けられる。
「十兵衛。貴様は『京都代官』として吉兵衛を補佐し、京の秩序を守れ」
「はっ。合理的かつ迅速に、新しい秩序を敷いてご覧に入れます」
光秀さんは理知的な瞳を光らせ、すぐさま承諾した。
教養も深く、公家との付き合いも心得ている光秀さんに文句言う人は誰もいない。
これで光秀さんは、織田家中で「最も信長様の信頼厚い武将」として世に広まっていくこととなる。
美濃衆って馬鹿にされていた頃を思うと感慨深いよ。
光秀さんに秀吉さん、半兵衛君や新五郎(利治)君たち美濃出身者がいないと、もう織田家は織田家って言えないもんね。
そして元幕臣の細川藤孝さん。
「藤孝殿には山城国の桂川以西、長岡の支配を任せたい。織田家中として働く気はあるか」
信長様の問いに、藤孝さんは深く頭を下げた。
「……義昭様をお止めできなかった責任、痛感しております。ですが京の文化と伝統を守るため、現実に即した統治が必要です。……この藤孝、これよりは織田家のために尽くしまする」
こうして京の行政改革は完了した。
犠牲になったのは貞勝さんの睡眠時間と寿命だけだ。
京の憂いを断った私たちは、休む間もなく軍を動かすこととなる。
琵琶湖の湖上を、巨大な影が進んでいく。
佐和山で建造された、三十間・百挺櫓の超巨大戦艦だ。
「うわぁ……。何度見てもデカイね。嘉隆さんが見たら、どっから魚採りの網を出せばいいんだよ、って言いそう」
甲板で風に吹かれながら私が呟くと、隣で半兵衛君が満足げに頷いた。
「ええ。この船が湖上にあるだけで、敵は戦意を喪失します。……ほら、見てください」
半兵衛君が指差す先、琵琶湖西岸の高島郡にいた反信長勢力たちが、巨大戦艦の姿を見て腰を抜かしている。
「戦わずして勝つ。又右衛門殿の大工の仕事が一国一城の価値がある証明ですね」
私たちが高島郡を攻略している頃、秀吉さん、秀長、藤孝さんは山城国の淀城に籠る、三好三人衆の岩成友通討伐へと向かっていた。
秀吉さんの号令で淀城攻略戦が始まる。
「往生際が悪いですね。……藤孝殿、お願いします」
「承知いたしました!」
秀吉さんの変幻自在な用兵と、秀長の俊敏な動きが城兵を翻弄。
さらに藤孝さんが率いる鉄砲隊が正確無比な射撃で櫓を撃ち抜いていく。
「おのれ織田軍! 意地を見せてやる!」
岩成友通が城から打って出るが、時すでに遅し。
藤孝さんの家臣、下津権内がバットを突き出し、乱闘の末、友通を倒した。
「敵将、討ち取ったり!」
こうして、畿内における反信長勢力は潰えたのだった。
***
戦後処理を終え、秀吉さんたちが岐阜城へ凱旋する。
さっそく大広間で、戦勝祝いと論功行賞が行われた。
熱気と酒の匂いが充満する中、細川藤孝さんが信長様の御前に進み出る。
「信長様。お願いの儀がございます」
「なんだ、藤孝」
「足利将軍家の一門である細川の姓……。幕府滅亡と共に役割は終わりました」
藤孝さんは凛とした表情で宣言する。
「これよりは旧来の因縁を断ち切り、我が所領の長岡の名を取り、長岡藤孝と名乗りとうございます」
広間がざわめく。
名門・細川の姓を捨てる。それは過去の権威との決別であり、織田家の家臣として生きるという強烈な意思表示だからだ。
「……良い覚悟だ。許す」
信長様が頷くと、続いて秀吉さんが進み出る。
凛とした決意の瞳を信長様に向けている。
「信長様。私も木下を捨て、新たな名を歴史に刻みたく存じます」
「ほう? どんな名を考えている」
秀吉さんは左右に座る織田家の重鎮、丹羽長秀さんと柴田勝家さんに視線を送った。
「つきましては、織田家の双璧であるお二方にあやかりたく……丹羽長秀様の『羽』と、柴田勝家様の『柴』を頂戴し……羽柴秀吉と名乗ることをお許しください」
「「なっ……⁉」」
長秀さんと勝家さんが目を見開く。
会場がどよめく中、半兵衛君が扇子で口元を隠し、通る声で解説を入れた。
「……なるほど。それは妙案です。秀吉殿が重臣の名を借りることで秀吉殿の箔がつくだけでなく、丹羽殿と柴田殿が名を与える側として格が上がります。家中の結束を固める、極めて高度な政治的意義がありますね」
なるほど、そういうことか。
きめ細かく人の心の機微を見る秀吉さんらしいね。
勝家さんは、顔を赤くしてフンと鼻を鳴らした。
「フン! 儂の名を欲しがるとは生意気な猿使いだ。……だがまあ、今までの働き、認めてやらんこともない。……好きに使え!」
嬉しそうじゃん。勝家さん。
長秀さんも穏やかに微笑んでいる。
「足利の世が終わり、織田の家臣が新たな時代を作るという宣言ですね。……私も異論はございません。羽柴……良い名です」
「ウキー!」
兄に合わせて秀長も鳴き声を上げ、胸を張った。
これで自動的に、彼も羽柴秀長となるわけだ。
由緒正しい名字を名乗れることで、自尊心が回復したっぽく満面の笑みだ。
「よし。長岡、羽柴。……新しい名で、新しい時代を創れ」
信長様が盃を掲げ承認し、広間は割れんばかりの拍手に包まれる。
私の懐で、センイチがしみじみと呟いた。
『登録名変更か。昔は養子になったり、心機一転で名前を変えたりする選手もおったもんじゃ。「パンチ」とか「G・G」とかな。名前が変われば運気も変わる。ええことよ』
パンチ? G・G? ロールプレイゲームで最初に名前考えてもそんなの思いつかないでしょ、普通。
私は拍手を送りながら、心の中で盛大にツッコミを入れていた。
(……帰蝶様→木下藤吉郎→木下藤吉郎秀吉→羽柴秀吉って、これで3回目じゃん。出世魚みたい。しかも中身は信長様の元奥さん……。ややこしいなぁ)
まあ、本人がやる気ならいっか。




