第108話 長谷川真昼、西の天才と邂逅する
他家の超大型若手の突然の来訪に、岐阜城の大広間がピリピリした空気が漂っている。
上段の間で信長様が不機嫌そうに胡座をかき、愛用の金属バットのグリップエンドで床をコツコツとリズムよく叩いている。
横には私と竹中半兵衛君。
そして平伏しているのが、久太郎君と鶴千代君に案内されてやってきた超大型若手の人。
「木下藤吉郎秀吉殿の紹介状を携えた、播州小寺政職家臣、黒田官兵衛孝高」
「小寺家からの使者ではなく、黒田殿の独断での来訪とのこと」
「……面を上げよ」
久太郎君と鶴千代君の説明が終わり、信長様の声に青年が顔を上げる。
「……はっ」
顔を上げた青年は、シュッとしたインテリ風のイケメンだけど、目の奥が笑ってない。
なんていうか、カミソリみたいに切れ味鋭すぎて、うっかり触ると怪我しそうな雰囲気だ。
信長様が値踏みするように見据える中、私は青年の涼しげな目元と理知的すぎるオーラを見て、そっと半兵衛君に耳打ちした。
「ねえ半兵衛君。なんかあの人、雰囲気とか佇まいが半兵衛君にそっくりだね。俺、めっちゃ知識あるぜってオーラが出てるよ」
「……真昼殿、訂正を」
半兵衛君が珍しく、あからさまに嫌そうな顔をして扇子で口元を隠した。
「僕と彼は似て非なるものです」
「そうなの?」
「はい。この男は先の青山・土器山の戦いにおいて、わずか300の兵で、赤松政秀殿の率いる3000の軍勢を全滅させ、播磨の勢力図を単独でひっくり返した御仁……ですが――」
「ほえ~! 10倍の敵に勝ったの? すごいじゃん! やっぱり天才同士似てるよ!」
私が感心すると、半兵衛君は冷ややかな声でバッサリと言い放った。
「そのやり方がいけません。……さて。僕なら、瀕死の重傷を負った味方の兵に『敵陣へ突撃せよ』とは命じませんから」
……はい?
大広間の空気が一瞬で凍りついた。
「どういうこと、半兵衛君?」
「報告によれば……囮となって敵を引きつけ、崩れかけた自軍の部隊に対し、彼はこう命じたそうです。『突撃せよ』と。兵たちが『死ねと言うことか!』と絶叫すると、彼は顔色一つ変えずに『おそらくそうなるだろう』と返したとか」
うわぁ……。
私はドン引きして官兵衛さんを見た。
官兵衛さんは悪びれる様子もなく、平然と座っている。
「……結果、母里武兵衛以下母里一族は全滅。しかしその犠牲が生んだ隙を突き、彼は本隊を突入させて勝利を得た。……味方全員を死なせて掴んだ勝利に、美学はありません」
半兵衛君の痛烈な批判に、信長様が喉を鳴らして笑い出した。
「手負いの兵を捨て駒にし、勝利という果実だけをもぎ取ったか。合理的だな」
信長様が半兵衛君の側まで行く。
「気に入った。官兵衛、貴様の冷徹さ、嫌いではないぞ」
「恐悦至極に存じます」
官兵衛さんは表情も口調も変えずに頭を下げた。
信長様、真顔だから褒めてないのはわかってると思うけど、官兵衛って人も何を考えているのかよくわからないなあ。
「さて、用件を聞こう。わざわざ播磨の田舎から何しに来た?」
信長様の威圧感たっぷりの問いに、官兵衛さんはスラスラと語り始めた。
「単刀直入に申し上げます。織田家は現在、首の皮一枚で繋がっている状態。……北の浅井・朝倉、南の長島一向一揆、石山本願寺と雑賀衆。そして東からは北条と結んだ武田信玄が動こうとしている」
「周知の事実だ。講釈を垂れに来たなら帰れ」
「ですが、西はどうでしょう? 山陰山陽の覇者・毛利輝元は沈黙を守り、信長様と誼を通じております。おかげで織田軍は、西国に大規模な兵を割くことなく東へ注力できています」
官兵衛さんは懐から西国の地図を取り出し、畳の上に広げた。
「播磨の我が主君・小寺政職。備前の宇喜多直家、浦上宗景。尼子再興軍……。この西国の魑魅魍魎たちは、すべて日和見。毛利が動けば毛利につき、織田が勝てば織田につきます」
魑魅魍魎って……自分の主君も含めて言っちゃうんだ。
「つまり、毛利が反信長に転じれば、西国のすべてが敵に回る……と当たり前のことを言いに来たのですか?」
半兵衛君の問いに、官兵衛さんは眼光を鋭くして頷いた。
「いいえ」
官兵衛さんは真っ直ぐに信長様を見つめた。
「私は違います。毛利がどう動こうと、信長様の天下布武こそが乱世を終わらせる唯一の解であると確信しております。これを伝え、今後実行する旨を伝えに来たのです」
「ほう? ならば日和見な主君・小寺政職を見捨てて、俺に仕えるということか?」
信長様が試すように尋ねるも、官兵衛さんは即答する。
「いいえ。捨てません。説得します」
「え? 小寺さんが『嫌だ』って言ったらどうするの?」
私が横から口を挟むと、官兵衛さんは私の方を見て、涼しい顔で告げてくる。
「首に縄をつけてでも従わせます。それが主家のため、ひいては天下万民のためですので」
「……うわぁ」
この人、忠義のベクトルが変な方向に振り切れてるよ。
「配下を平然と全滅させた男が、主家への義理立てか? 矛盾しているな」
信長様が鼻で笑うと、官兵衛さんは静かに首を振った。
「矛盾しておりませぬ。……あの時の軍の統帥は私でした。小寺家が勝つために、もっとも効率的な手が彼らの死でした」
官兵衛さんは、まるで明日の天気を語るように続けた。
「もし、我が主・小寺政職が統帥であったなら、私は勝利のために喜んでこの策を進言し、私が死んでいたでしょう」
シーン……。
大広間が静まり返る。
自分の命すら、勝利のための一つの数字として計算してるんだ、この人。
半兵衛君とは違う種類の、完成された狂気。
「ハハハハハ! 面白い! 貴様、狂っているな!」
信長様が膝を叩いて爆笑する。半兵衛君も呆れを通り越して苦笑いだ。
「そこまで言うなら、証拠を見せてもらおうか。官兵衛、まず何ができる?」
「はっ。すでに手土産を用意しております。摂津の池田知正ですが、私が荒木村重殿を説得し、追放させました。荒木殿は信長様に二心なく、こうして私を介し、摂津を献上したいとのこと」
官兵衛さんの差し出した手紙を読み、信長様は苦笑し、半兵衛君は仏頂面だ。
「村重……まあ、よかろう。官兵衛、そなたの手腕はわかった」
荒木村重さん、また裏切ったんだ。前までの裏切り全部、池田知正のせいにして。
「しかし解せぬ。なぜ主家の意向を無視してまで俺に与しようとする?」
信長様の質問に、官兵衛さんは私を見た。
「才ある者ならば、貴賤も身分も性別も垣根をなくし、重用するからでございます。特に、英霊ボールたちと同じ世から来たという、長谷川真昼殿の存在が大きゅうございます。彼女を実戦に投入するのは、天下広しといえども信長様のみでございましょう」
おっ? なんだ。私の存在が大きいって? フフフ♪ 人を見る目があるようね。いい人かも。
ん? 実戦にて?
「ほう? 実際に見てどう思った?」
「か弱き小娘に見えますが、滲み出る覇道の色は信長様と同格かと」
覇道の色? ……前言撤回。いつか波動拳くらわしちゃる。
「僕から一つ質問です。官兵衛殿は、荒木村重をどう思いますか?」
半兵衛君の質問に、官兵衛さんは少し考えてから答える。
「怪物かと。ですが無知なる怪物。教育可能かと思っております」
官兵衛さんの真っ直ぐな瞳に、半兵衛君は「フム」と腕を組んだ。
「それと私の覚悟、そして忠節の証しとして……この英霊ボールを献上いたします」
官兵衛さんが懐から取り出したのは、黄色と黒の縞模様のオーラを放つボールだった。
「播磨に流れてきたところを私が確保しました」
するとセンイチが勢いよく飛び出した。
『なんやて⁉ ドンデンやないか! お前、ツルオカに敗れたと聞いて心配してたぞ!』
センイチが飛び出し、空中で青白く明滅する。
それに呼応するように、ドンデンボールもふわりと浮かび上がった。
『おーん。センイチさんか。久しぶりやね。……この官兵衛、なかなかやるで。頭キレキレやし、ハッキリ言うて度胸もピカイチや』
独特のけだるげで愛嬌のある関西弁が炸裂する。
さらに半兵衛君の懐からモリミチも現れて、空中で回転する。
『ドンデン! 監督会議以来じゃな。まさかこんな西の果てで再会するとは』
『おーん。そらそうよ。アレを目指すなら、パインアメ舐めて待っとるだけじゃアカンからな。……それにしても、センイチさんとモリミチさんか。懐かしいメンツやね』
「……えっと、ボールが舐めるパインアメってなに?」
私がボソッとツッコミを入れていると、信長様はドンデンボールを手に取り、一瞬眺めてから、放り投げるように官兵衛さんへ返した。
「……信長様?」
「受け取れぬ。……今の俺には、魑魅魍魎が跋扈する播磨に介入する余力はない。東の武田、北の浅井朝倉で手一杯だ」
信長様は立ち上がり、官兵衛さんを見下ろした。
「官兵衛。貴様はドンデンを持って播磨へ戻れ。そして小寺を説得し、西国の防波堤となれ」
「防波堤、でございますか」
「そうだ。俺が東の化け物を片付けて西へ向かうその時まで、何がなんでも持ちこたえてみせろ」
それは事実上の放置プレイであり、無理難題だった。
でも官兵衛さんの顔には、武者震いのような不敵な笑みが浮かんでいた。
「……承知いたしました。この黒田官兵衛、必ずや西の蓋を閉じてみせましょう」
『しゃあないな。やるしかないで、官兵衛。……アレ決めるまでは、おーん、耐えるんや』
ドンデンも覚悟を決めたようだ。
黒田官兵衛は深く一礼し、大広間を退出していった。
その背中を見送りながら、半兵衛君がポツリと呟く。
「……怜悧すぎる男ですが、面白い男ですね。僕も気に入りました。彼には彼なりの義・理・信・条があるのが垣間見えます。あの男なら、毛利を相手に時間を稼げるかもしれません」
「毒をもって毒を制す、か。……半兵衛よ、官兵衛の言葉通りだ。西の蓋が外れる前に、東を片付けねば俺たちに明日はないぞ」
信長様の視線は東――甲斐の虎がいる方角へと向けられた。
最強の敵、武田信玄との激突まで、もう時間は残されていない。




