第105話 長谷川真昼、現状を確認する
比叡山の焼き討ちという炎上案件を終え、私たちは久しぶりに本拠地・岐阜城に戻っていた。
季節は冬。山城である岐阜城は冷蔵庫の中みたいに寒い。
私は暖かい部屋で火鉢と布団に入ってミカンでも食べようと思っていたのだけど……現実は非情だった。
静まり返った一室の目の前に、扇子片手に涼しい顔をした竹中半兵衛君と、半兵衛君の弟の重矩君。
そして私は足が痺れて感覚がなくなりかけている状態で、文机の前に座らされていた。
「コホン。比叡山での戦い、お疲れ様でした。真昼殿」
「え? 何、半兵衛君、重矩君。今日はもしかして、私を労う会とか? ん? でも何で私は机の前で正座してるのかなあ」
私が引きつった笑顔で尋ねると、重矩君が微笑して答えてくる。
「それは今回、勉強会だからです」
「勉強会⁉ なんで戦国の世で⁉」
私はガバリと立ち上がろうとしたが、足が痺れていて「あぐっ」と無様に崩れ落ちた。
そんな私を見下ろして、半兵衛君が講義を始める。
「さて真昼殿。貴女の目的、英霊ボール集めは残り何個でしょうか?」
いきなりのクイズ。私は指折り数えながら記憶を辿る。
「えっと、ここまで手に入れたのは……センイチ、ミズハラ、読みのコウジ、スギウラ、マサオ、タツナミ、マサヤス、コウジその2、ベットウ、セキネ、ミノル、ヨシオ……うわっ! 結構長いこと戦国にいるのに、たった12個だよ! ……残りは……96個!」
「まあ、正解です」
「まあって。そこは褒めてよ!」
「108−12なんですから、できて当然です。それに意地悪すれば不正解だからです」
「え⁉ マジで⁉ ……あっ! そっか! モリミチがいたね!」
半兵衛君が持っている名手、モリミチボールのことを忘れていた。
私の言葉に、半兵衛君は満足げに頷く。
「ふふっ。まあ、正解です。厳密に言えば、僕のモリミチさんと九鬼嘉隆殿が持つボビー。さらに家康殿のノムサンは、真昼殿が探して倒す必要のないボールなのです」
「ほへえ……それでも15個。残り93個。気が遠くなりそうだよ……」
私は机に突っ伏した。
108個の煩悩……じゃなくて英霊ボール。先は長すぎる。ポ◯モン図鑑だって、もうちょっとサクサク埋まるよ。
「嘆く必要はありません。真昼殿。僕たち織田家が英霊ボールを回収していたように、他家も英霊ボールを集めているのです」
「本願寺のようにだね」
「その通り。本願寺顕如が持つツルオカの下に、ポッポやアキヒロなどが集っています」
私の脳裏に、センイチにビビって逃げ出したアキヒロが浮かぶ。
あそこは一大勢力だ。
「長政さんにフミオ。朝倉の山崎吉家にマツキと、三左さんから奪ったナッシー。……まあ、こっちもミノルとヨシオを奪ったけどさ」
三左さんのことを思い出し、少し胸が痛む。ナッシー……必ず取り返さなきゃ。
「鈴木孫一のオニヘイ、斎藤龍興のキヨシ等、個人で活動している者もいますが、大勢力ほど多くの英霊ボールを所有しています」
「……ゴクリ。2人とも、情報を掴んだんだね」
重矩君が地図を広げた。そこに、これまで空白だった地域に、次々と英霊ボールの名前が書き込まれていく。
「ええ、東北や四国九州の情報は不確定ですので今回は省きますが、確定情報だけ真昼殿にお教えします」
「さすが竹中兄弟。頼りになる~」
私は身を乗り出した。
これから戦うことになるかもしれない、未知の強敵たち。
「まずは北条家。ここは英霊ボールたちにとって、本拠地があった場所が集中していた激戦地。ここを制したのは北条氏康のモリでしたが、氏康死後、息子氏政のテツハルが実権を握ったようです」
「モリ……モリモチと紛らわしいけど、注意するのはテツハルだね」
冷徹なV9の魂というテツハル。想像するだけで背筋が寒くなる。
「次に上杉家。ここには、ワンチャンという孤高のホームラン王一派が棲み着いたとのこと」
「ワンチャン? 犬かな?」
犬なら任せてくれたまえ。子供の頃から捕まえてナデナデするの得意だったのさ。
「そして武田家。ここにミスタープロ野球、シゲオ一派が勢力を伸ばしたとのこと」
「ミスタープロ野球? 何、ミスターって? ドーナツしか思い浮かばないんだけど」
「センイチ殿やモリモチ殿から聞いたことをわかりやすく言えば、シゲオもワンチャンも、誰もが憧れる英雄だとのこと」
重矩君の冷静沈着な解説に、私は大きくため息をつく。
「なら英霊ボールたちに、令和に帰ろうって説得してよって思うよ……」
なんでそんなスーパースターたちが、戦国大名に力を貸してるのさ。
もっとこう、平和的な野球教室とか開いてくれればいいのに。
「西の覇者、毛利家にはミハラ一派が中枢を担い、吉川にはオガタ一派、小早川にもコバ一派が存在しているようです。さらに備前の白面の野猪、宇喜多直家にはヒロオカ一派が力を貸しています」
「白面の野猪……なんか凄いあだ名来たああああああ!」
私は思わず叫んだ。野猪で白面って、ビジュアル系バンドのボーカルみたいな響きだけど、中身は猪突猛進なの?
すると重矩君が冷静に解説してくれる。
「暗殺暗殺暗殺で成り上がった、宇喜多直家殿に相応しいあだ名ですね」
「……やっぱそういう人かい」
ヒロオカ一派……暗殺者と手を組むとか英霊ボールとしてどうなのよ?
「尼子再興軍にもユキオ一派、播磨の切れ者にも英霊ボールがいるという噂があります」
「播磨の切れ者? 半兵衛君より切れるの? それ、人間じゃなくね?」
「そのうち会うことになるでしょう。……一応言っておきますが、僕には劣ります」
半兵衛君が扇子で口元を隠し、ふふんと鼻を鳴らした。
「うわあ……ライバル心メラメラじゃん。半兵衛君」
天才同士のプライドバトル、勃発の予感。
「コホン。要するに、これからの戦いは……」
半兵衛君が地図上の巨大勢力たちを指差す。
「一発ドカンと勝てば、一気に大量の英霊ボールゲットだぜ! ってことだね!」
「平たく言えばその通りです。……ですが真昼殿。注意してください。一発ドカンと勝とうとするのは向こうとて同じ」
半兵衛君の声が低くなる。
「……うん。負けたら、織田家が持ってるセンイチたちが奪われるってことだよね。……三左さんのナッシーのように」
「その通りです。そして我々織田家は、信長包囲網によって追い詰められている状況。……真昼殿、今後益々激戦が続きます。覚悟はよろしいか?」
私は自分の手を握りしめた。
震えていない。……嘘、ちょっと震えてる。
でも、ここで引くわけにはいかないんだ。
「ゴクリ。……大丈夫。任せて。108個の英霊ボールによる戦国の世の仁義なき戦い、私が責任を持って終わらせる」
「その意気です、真昼殿。……さて、次の任務ですが……」
半兵衛君が、分厚い書類の束を取り出した。
「そのために、こちらを覚えていただく必要があります」
重矩君も、古くから伝わるような漢字しか載っていない本を積んでくる。
……え? まだ勉強会続くの?
私は助けを求めるように窓の外を見た。
「あっ、私、秀吉さんと約束が……」
そうだ、秀吉さんに会いに行こう。癒やしの女神に。
「秀吉殿は浅井家調略に忙しいのです。彼女の邪魔をしないように」
半兵衛君に、ピシャリと言い放たれた。
「……グスン。この鬼軍師に鬼教師め。どんな無理難題でも、絶対生き延びて信長様の天下布武&天下球武見届けてやるんだから~」
私は涙目で書類の山に向き直る。
外では雪が降り始めていた。
「クスッ。その意気ですよ、真昼殿」
「大丈夫、真昼殿ならできます」
半兵衛君と重矩君の微笑みが、この時ばかりは少しだけ優しく見えた。




