76.幻聴
俺が所属している南部興信所は、浮気調査が多い。
専門ではないが、とにかく多い。
○月〇日。
俺が所属している南部興信所は、浮気調査が多い。
専門ではないが、とにかく多い。
ある日、依頼人の魁新子が、夫の太郎が、どうも浮気をしているらしいので、調査して欲しい、と訪れて来た。
「〇〇の紹介だ」と言われて、所長も俺も戸惑った。
そんな人知らん。
その日は、大体のことを聞いて、皆で過去の調査依頼を調べたが、見当たらない。
広告でも出していれば、」過去の実例なんかを見て勘違い思い込みもあるが・・・。
尾行も張り込みもしたが、「尻尾」は出てこなかった。
とにかく、数ヶ月経って、また依頼に来た。
前回は、「尾行に気づいて用心したが、今回は違う。」と、あるビルの名前を口にした。
テナントビルらしいが、日曜日、入って行って数時間かかって出てきた、という。
なんや、自分で尾行張り込みしているやないか、と思い要望を聞くと、「一緒に踏み込んで欲しい」と言ってきた。
そらきた。この要望はかなり多い。逃亡されたり、シラを切られたりすることがあるからだ。
裁判起こすにしても「第三者」が必要だ。
だから、規模が小さくても興信所に依頼してくる。
幸い、ウチは本庄弁護士事務所(個人事務所だが)と提携している。
本庄先生が動けなくても、お仲間を紹介してくれる。
俺は、快く引き受けて、約束の日時にその場所に倉持と共に依頼人と踏み込んだ・・・筈だったが、蛻の殻だった。
他のビルと間違えたのだろう、ということにして依頼人の魁を帰してから、不動産屋で来込みをした。
「あそこ?訳あり物件でね。こういうのは噂が定着してしまって、なかなか借りてくれへんのですよ。と、不動産会社の社長は言った。
帰り際、倉持が「幽霊の声でも聴いたんですかね、あの奥さん。」と言った。
「仮にそうでも、なんであの場所に行ったんや。」
俺は所長に確認して、取り敢えず依頼人の夫の魁太郎を張り込み、尾行した。
奥さんが尾行して突き止めたのが日曜日だし、魁太郎は市役所の職員だったから、土曜日に尾行をした。
魁は、午前中、バッティングセンターに行き、昼からフィットネスジムに行った。
夕方、散々「見切り品漁り」をしてスーパーから帰った魁は、日曜日は近くの公園までウォーキングをしていた。
一緒に歩く訳にも行かないから、双眼鏡での監視になった。
昼前に帰って来た魁は、どこにも出掛けなかった。
不発か。待てよ。
俺は、倉持と、マンションの魁太郎の部屋まで行くと、「早田」の表札が上がっていた。
え?
隣の部屋を廊下から見ると、表札が上がっていないが、明かりは点いている。
「倉持。郵便受け、見に行って来てくれ。」「了解しました。」
数分後、倉持は慌てて帰って来た。息を切らせている。
「先輩。五〇五号室の早田さんの隣の五〇六号室は、魁さんです。」
俺は、嫌な予感がして、鞄から「何でもない書類」を出してインターホンのチャイムを鳴らした。
「あ。奥さん。書類渡すのを忘れ・・・。失礼しました。」
出てきた女は魁新子ではなかった。
俺は、その晩、珍しく熱を出し、唸った。澄子は心配して言った。
「あんた、どうしたん?救急車呼ぼうか?」「いや、解熱剤出してくれ。」
俺は、コロニーが流行った頃入手した、「よく効く薬」を飲んだ。
翌朝。出勤した俺は、倉持と行ったマンションの話をした。
所長は、朝刊を俺に見せた。
「こいつのことか?」
記事には、魁新子が隣人の早田と出来ていると思い込んだ、新子の親友、高見圭子が2人を刺して、自らも自殺を図ったと書いてある。幸い、刺された2人は死ななかったが、「ただの隣人」だった。弁護団は、「心神耗弱」で争うと発表した。
俺の机の上には、高見圭子が書いたサインの着手金の領収書があった。
きつね・・・か。
―完―
記事には、魁新子が隣人の早田と出来ていると思い込んだ、新子の親友、高見圭子が2人を刺して、自らも自殺を図ったと書いてある。幸い、刺された2人は死ななかったが、「ただの隣人」だった。弁護団は、「心神耗弱」で争うと発表した。




