氷姫の嘘
翌日の放課後、和弥は市立図書館に立ち寄った。二階にある端末を立ち上げ、図書館専用の新聞のデータベースにアクセスする。
これに「仲木戸」という名前を入れれば何かわかるかもしれない。
ネットでは何も情報はつかめなかったが、このデーターベースなら過去のかなり細かいニュースでも調べられる。
地名としての仲木戸に言及する記事ばかりだ。
諦めかけたそのとき、和弥は一件の記事を目にした。
十五年前の殺人事件だ。
簡単な事件の内容だけが紹介されている。
二〇〇二年七月、当時三十七歳の男、仲木戸一が、隣家の女性を殺害した。
事実は、それだけだ。
理由はおそらく騒音トラブルで、仲木戸一は粗暴な人物だったらしい。
場所は名古屋市内。
これが智樹の実の親である可能性はある。
そして、被害者女性の名字も、珍しい名字だった。
とりあえず、週刊誌なども当たってみよう。
夏原夫妻に話を聞ければ一番良いのだが、そういうわけにはいかない。
和弥は立ち上がろうとした。すると、急に光が遮られ、ディスプレイの上に大きな影が落ちた。
誰かが和弥を頭上から覗き込んでいるのだ。
「神谷よね? 何しているの?」
「それはこっちのセリフだよ」
和弥は顔を上げて、姫宮をぼんやりと眺めた。姫宮も学校帰りなのか、制服のブレザーを着ている。
姫宮は両手を腰に当て、不機嫌そうに和弥の目を覗きこんだ。
「昨日、神谷は学校に忘れ物をしたのよね」
「ああ、うん」
そういえば、そんなことを別れ際に言ったような気がする。実際には、和弥は葉月と会っていたのだが。
姫宮は、切れ長の目で和弥を睨みつけた。
「嘘つき」
「え?」
「葉月さんと話しこんでいたでしょ?」
「ええと、どうして知っているの?」
「それは……」
「もしかして俺の後をつけていた?」
「ええ。それでわかったの。神谷が嘘つきだって!」
姫宮は顔を赤くして、閲覧席の机を手のひらでばんばんと叩いた。
「場所を移そう。ここだと他の人の迷惑になるからね」
「……わかったわ」
和弥はさりげなく端末の電源を切った。
この市立図書館は、市内でも有数の規模を誇る公園のなかにある。二人は図書館を出て、歩きながら話すことにした。
もう日は沈みかけていた。だだっ広い広場には、人がまばらにしかいなかった。
「それで、わたしに嘘をつくなんて真似までして、葉月さんと何をこそこそと話していたの?」
和弥の横を少し離れて歩く姫宮が、冷え冷えとした声で言った。和弥は肩をすくめた。
「悪かったよ。葉月が追加で話したいことがあるって言うから」
「今日だって、授業が終わったらわたしを置いて勝手に帰ったし」
「それは事前に約束していなかったから」
「そうだけど、一言ぐらい声をかけてくれてもいいのに」
「ごめん」
「そんな謝り方じゃ、許してあげない」
姫宮はくすりと笑った。
「でも、何か夏原くんの行方の手がかりになりそうなことを聞けたなら、許してあげる」
「一つだけ重要なことは聞けたけど」
「え、なにを聞いたの?」
「何を聞いたかは、言えない。それが葉月との約束だからね」
「わたしのことが信用できないの?」
和弥は立ち止まった。
じっと姫宮の顔を見つめる。
「な、なに?」
うろたえた様子で、姫宮は顔を赤らめた。
「俺は姫宮のことを信用できない。俺に嘘をついているからだ」
「な、なんのこと?」
「正直に話してくれないかな」
「嘘をついて葉月さんの家に行ったのは、神谷よ。私を責めて、誤魔化すつもり?」
「そういういわけじゃない。東雲さんと親友というのは、姫宮の嘘だよね?」
「いきなり、何を言い出すの? わたしと東雲さんは親友だし、東雲さんからも話を聞いたでしょう?」
「親友っていう概念は曖昧だ。だけど、失恋したことを秘密にするような相手を、親友と呼ぶかな」
「どういうこと?」
「東雲さんは智樹に振られている。そのことを姫宮に隠したままだったんだよ」
「そう、だったんだ」
「そもそも、二人は気の合うタイプだとは思えない。それに姫宮のあだ名は氷姫。他人を気軽に親友なんて呼ぶ柄じゃない。なのに、姫宮は東雲さんのことを親友だと言い、東雲さんも姫宮のことを親友だと言う。そして、それを理由に俺に智樹を探させた。姫宮はどうして智樹を探そうと思った?」
姫宮は何も答えず、ただ和弥を見つめていた。
「べつに姫宮を責めているわけじゃない。ただ、本当のことを話してほしいだけだ」
「わたしは、話せない」
「話せないなら、俺は調査から降りる」
和弥は姫宮の目を見た。
どうあっても、姫宮は秘密を話す気はなさそうだった。
「神谷はわたしのことが嫌いなんだ」
「そんなことはないよ」
「嘘つき」
姫宮は身を翻して、走り去っていってしまった。
嫌いなわけなんてないのに、と和弥は心のなかでつぶやいた。




