決して近づいてはいけない人
智樹と葉月は本当の兄妹ではない。
自分が言ったことが無神経だとはわかっている。けれど、これは聞いておく必要があった。
葉月は凍りついたような表情になり、それから自嘲するような笑みを浮かべた
「気づいていたんですね。私と智樹くんの血がつながっていないこと
「幼なじみだからね。二人とも誕生日が近すぎるし、お互いに対する態度も不自然な点があった」
「養子なのは、智樹くんの方です」
「智樹が行方不明になった理由と関係あると思う?」
「わかりません。ただ、智樹くんは自分が養子だっていう詳しい事情は知らなかったはずです。気づいていたとは思いますけど、私と父と母は隠していましたから」
「なら、ある日、このことを突然に知った智樹がショックを受けた可能性はあるな。智樹の実の親はどんな人?」
「仲木戸って名前だそうです。人柄は知りません。ただ、『決して近づいてはいけない人だ』と父が言ってました」
「『決して近づいてはいない人』か」
そこそこ情報が集まった。
仲木戸は珍しい名字だ。これは使える。
そして、どうやら、複雑な事情が背景にありそうだ。
面白くなってきた。
「和弥兄さんに一つだけ聞いていいですか?」
「どうぞ」
「どうして智樹くんを探してくれているんですか?」
「姫宮に頼まれたから」
「あの姫宮先輩って、和弥兄さんとどういう関係なんですか?」
「クラスメイト。それだけだ」
「そうは思えません」
「まあ、たしかにそれだけではないか。姫宮は二年前もクラスメイトだった。そのときに教室で盗難事件が起きて、あいつが疑われた」
「その疑いから、助けてあげたんですか?」
「そう。俺は助けたつもりだった。別に真犯人はいた。俺が誰だか明らかにしたんだ」
「なら、姫宮先輩にとって、和弥兄さんはヒーローなんですね」
「違うよ。俺のせいで姫宮の立場はかえって悪化した」
「え? どうして?」
「真犯人は退学になってね。問題が大きくなりすぎたんだよ」
もともと姫宮は美人だから良くも悪くも目立ちすぎ、嫉妬されたりもしていた。それに、人付き合いも苦手で、いい印象がない。
そこに盗難事件が決定打となって、姫宮は今でも孤立している。退学となった真犯人は人気者だった。だいぶ同情を集めたらしい。姫宮自身も孤独を望むようになった。
そのとき、和弥は自分を過信していた。正義感でそれほど知らないクラスメイトを救おうとして失敗した。
姫宮は、今でもそのときのことを感謝してくれているらしい。だが、和弥は感謝される理由なんてないと思っている。
今回、智樹を探すのは、一応は姫宮の頼み事だからということになっている。だが、べつに自分が褒められるようなことをやっているつもりはない。
あくまで面白そうだから、関わっているだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。
それに、姫宮は嘘をついている。
それなのに、葉月には話したくないことを話させすぎたかもしれない。
「ごめん、葉月」
「なんで、和弥兄さんが謝るんですか」
葉月は和弥に気を使うように微笑んだ。
◇
その日の夜、こんな夢を見た。
和弥は、炎天下のなか、学校のグラウンドをとぼとぼと歩いていた。どうやら、夢の中では和弥は中学二年生に戻っていたみたいだった。その証拠に、和弥は中等部の野球部のユニフォームを着ていた。
(暑い。死ぬほど暑い……)
蝉の鳴き声が響くなか、和弥はスポーツバックを肩にかけ、校門へと向かっていた。腕時計を確認すると、まだ時計は四時を指していた。
日付は二〇一四年八月二十八日。
ちょうど和弥が野球部を辞めた日だった。
突然、強い風が吹いて、グラウンドの砂を巻き上げた。思わず咳込んだ和弥の目の前に、一人の少年が立っていた。
和弥と同じ野球部のユニフォームを着た少年は、背がかなり高かった。
中性的な柔らかい雰囲気の顔が印象的だ。
彼の名前は、夏原智樹だった。
「和弥、部活を辞めるのか?」
智樹は、ぼそりとつぶやくように和弥に問いかけた。
「ああ、そのとおりだよ」
「……オレに相談してくれればよかったのに」
「どうして智樹に相談する必要がある?」
「それは……」
「俺がどうしようが、俺の勝手だ。智樹にはこれっぽっちも関係ないよ」
「なんで、辞めることにしたんだ?」
「答えたくない」
「答えてくれ」
「簡単なことさ。こんな意味のないことを続けていても仕方がない。そう思ったんだよ。俺がこのままこの部にいても、間違いなくずっと補欠のままだからね。球拾いぐらいしか俺は役に立たないんだよ。だったら、辞めてしまったほうがいい」
「そんなことはないはずだ」
智樹の言葉を、和弥は鼻で笑った。
「智樹は、うちの野球部のエースだからね。みんなおまえに期待してる。俺とは違うよ」
和弥は智樹の横をすり抜けて足早に立ち去った。
智樹がじっと和弥の後ろ姿を見つめているのに気づいたが、和弥は振り返るつもりはなかった。
そこで、和弥は夢から覚めた。時計を見ると、まだ夜中の四時だった。
どうしてこんな夢を見たのだろう。
愉快な夢ではなかった。
どうせなら、東雲の夢でも見たかった。昨日も電話で話したのに、東雲は一度も夢に姿を現さない。
和弥は目をこすり、それからもう一度睡眠のなかへと落ちていった。




