体操服の少女
例の連続殺人事件は、とうとう六件目が発生した。
犯罪者やその身内ばかりをターゲットにした事件。
復讐なのか、正義感なのか、動機はわからない。が、とりあえず警察が捕まえることができていないのは確かだ。
次の日の昼休み、警察の「無能」をあげつらう記事を和弥は読んでいた。
目の前にある学食のカレーうどんを放置して読むほど記事に興味があるわけではない。、 そもそもカレーうどんがあまりおいしくないせいだ。
それと智樹のこともある。
智樹は本当に殺人事件の加害者の息子なのだろうか。
だとすれば、智樹にとってはショックなことだろう。
失踪の十分な理由になる。
和弥は記事を読むのをやめて、テーブルの上にある三百円のカレーうどんに口をつけようとした。
姫宮とは朝から話していない。
もともとクラスで関わることは少なかったが、今日は向こうが積極的に和弥を避けているようだった。
和弥はため息をついた。
それにしても、学食は騒がしい。
何百人もの中学生や高校生がいたら、当然と言えば当然だが。
と、そのとき、背後に誰かがいることに和弥は気づいた。
記事を読み始めたときには誰もいなかったはずだ。
和弥は少し寒気がした。
誰かが和弥をじっと見ている。
和弥は振り返った。
後ろに立っていたのは女子だった。
姫宮ではない。
彼女はいたずらっぽく笑った。誰もが心を奪われそうな素敵な表情だった。
凍りついたような顔をした和弥の肩を彼女は、ばしばしと叩いた。
「ようやくだね。でも、もっとはやく気づいてほしかったな。あたし、待ちくたびれちゃったよ」
「東雲さん……」
「どうしたの?」
「声をかけてくれればよかったのに」
「ごめんね。なにか熱心に読んでるみたいだったからさ、邪魔しちゃ悪いかなって思ってね」
「気にしなくていいのに」
「ここに座ってもいい?」
「いいけど、クラスの人たちと食べなくてもいいの?」
「たまには、平気だよ」
東雲は猫のように目を細めて笑い、和弥の目の前の席に腰かけた。
目立っているのは、東雲の服装だった。
「……なんで体操服なの?」
「さっきの時間が体育だったから」
「制服に着替えようよ。見るからに寒そうだけど」
「うーん、寒いんだけどね」
えへへ、と照れたように東雲が笑う。
東雲が着ているのは、どう見ても夏用の体操シャツと短パンだった。冬は、普通はジャージを着るはずだった。
和弥はピンと来た。
「制服とジャージ、もしかして誰かに隠された?」
「えっと、うん、そんな感じ」
もう一度、東雲はえへへと笑った。
中等部のときには、たまにあることだった。東雲の持ち物が不自然に消えて、ときどき、それがぼろぼろになって戻ってくる。
和弥が、東雲と話すようになったのも、それがきっかけだった。
中等部の一年生のとき、放課後の教室で、たった一人で泣いている女の子を見かけたのだ。
それが東雲だ。
東雲は今よりもずっと幼い見た目だったけれど、窓から射し込んでいる夕日に照らしだされていて、とても可愛く見えた。
そのときの東雲は、下駄箱にあった靴を隠されて、帰ることができなくなっていたらしい。
「でもね、先生には相談したくないんだ」
そのときの東雲は泣きながらそう言った。和弥はそれを聞いて、一緒に靴を探し始めた。 でも、その日は、結局、東雲の靴は見つからなかった。そのあと、二人はどうやって学校から帰ったのだろう。和弥は思い出せなかった。
それ以来、和弥は東雲の持ち物がなくなると、一緒に探すようになった。そして、智樹がそれに加わった
和弥は回想するのをやめて、いま、目の前にいる東雲を見た。
なにげなく東雲の白いシャツに視線がいく。青い下着がうっすらと透けていた。慌てて目をそらした和弥の表情の変化を、東雲は見逃さなかった。
「あ、今どこ見てたのかな、神谷くん?」
「……どこも見てない」
「そんな嘘ついてもあたしにはわかっちゃうよ」
わざとらしく、東雲は自分の胸を指で指した。
そして、東雲はいたずらっぽく笑った。
和弥は顔が赤くなるのを感じた。
「ええと、寒いだろうから、とりあえず、俺の上着を着る?」
「ありがと」
和弥はブレザーの上着を脱いで東雲に渡した。東雲は受け取るとすぐに和弥の服の袖に腕を通した。
体操着の上にブレザーを着た東雲は、不思議な感じだった。
和弥と目が合った東雲は、えへへ、と笑った。
「温かいね。神谷くんの体温が残ってるからかな」
「あんまりそういうことを言わないほうがいいよ」
「どうして?」
「いや、何でもない」
「ふうん」
東雲はじっと何かを見ていた。




