愛するあなたに花束を・後日談
何とかアーサーとクライドがくっつき、結婚式を挙げることになったが(展開が早い)、その前にやることがあった。
「ナイツ・オブ・ラウンド第一席は、サーと呼ばれる騎士侯である。その地位は世襲貴族の伯爵に相当する」
ということで、一応、結婚するまではクライドが第一席という扱いだ。だが、どちらにしろ王婿とナイツ・オブ・ラウンドは規約によりかねることはできないので、新たな指揮官を用意する必要がある。
そんなわけで、ナイツ・オブ・ラウンドの新たなる指揮官となるため、リリアンは再びナイツ・オブ・ラウンドに叙されることになった。危機対策監室主席調整官はハロルドが引き継ぐ。そのままセオドールに引き継いでも良かったのだが、やめた。別に、彼があまりにも怯えていたからかわいそうになったわけではない。
騎士の叙任の方法はいくつかあるが、最も有名なものは、主君となるものが騎士となる者の肩を剣の平でたたくものだろう。リリアンがかつて叙任された時も、同様の方法で行われた。そして、今回も同じであるが。
「……」
「……」
誰もが閉口するくらいには長かった。一応主催であるアーサーですら途中から疲れた顔をしていたし、リリアンは自分が死んだような眼になっている自覚はあった。何でも、ナイツ・オブ・ラウンド第一席となる騎士の叙任なので、気合を入れた、というのが進行を決めたルーファスの言葉だった。嫌がらせのような気もする。
「肩が凝った、気がする」
「私もだ……」
リリアンとアーサーがため息をついた。今回の主役である二人は、最初から最後まで出ずっぱりであった。当たり前だけど。
アーサーはシルバーグレーの光沢のある豪奢なドレスを着ていた。リリアンはナイツ・オブ・ラウンドの正装であるが、白い式典用の制服だった。ナイツ・オブ・ラウンドの制服は赤いイメージがあるが、式典用は白だ。赤でもいいのだが、やはり、白い方が映える、ということで。
「リリアン、似合っている」
「アーサーも、このまま攫って行きたいくらいきれいだ」
式典が終わってから、アーサーとリリアンがお互いを褒め合う。リリアンが、今日は本格的な男装なので、ちょっと怪しい感じにも見える。
一応、アーサーはすぐに結婚式ということで、純白は避けたのだが、どうしても淡い色合いで結婚式感がある。しかも、今日はハンサム化している上に先ほどのセリフだ。クライドに睨まれた。
「喧嘩したら、リリアンのところに行くから!」
「気が早い。というか、頼むから来ないでくれ」
アーサーとクライドの夫婦喧嘩に巻き込まれるとか、絶対に嫌だ。
「次は結婚式か。アーサーは続くな」
「ああ。だが、うれしいことばかりだ」
と、彼女が本当にうれしそうに言うので、誰も何も言えない。クライドが少し頬を染める。リリアンは「照れるな」とばかりに彼を引き気味に睨んだ。
「ちなみに、結婚式では私がアーサーの父親役だ」
「何故!? 宰相ではないのか?」
クライドがリリアンの発言に本気で驚いた顔をした。いや、リリアンもびっくりであるが。
「知らん。私が聞きたいくらいだ」
たぶん、ウィルが生きていたら彼がしたのだろう。だが、彼は今はいない。リリアンは代理人だ。
アーサーはつつましやかな結婚式にしたいようだったが、さすがに女王の結婚だ。そうはいかない。まあ、叙任式が無駄に長かったので、その気持ちはわかる。
ロンディニウムにある一番大きな大聖堂を貸し切り、リハーサルを行う。リリアンやハロルド、セオドール、果ては主役のクライドまで、引継ぎが残っている状態での参加であった。みんな、式が滞りなく行われるかとても不安である。
「主席調整官としての初仕事が女王の結婚式の警備! セオ、お前、なんで引き受けなかったの……」
ハロルドが恨めしげにセオドールを見た。彼は顔をひきつらせて「だって」と口を開く。
「私が主席調整官になったところで、誰も納得しないだろう」
「リリアンなんて、主席調整官になった時十六歳だぜ。お前、今いくつ?」
「……二十三だが……そう言う問題ではない」
そんなやり取りをする自分の後任たちを見て、リリアンはふっと笑った。彼らは、警備の確認に来ているのだ。
「まあ、アーサーの隣には、これからいつでもクライドさんがいるからな」
「ああ……その点では安心だな」
「これからあの人を『クライド様』と呼ばなければならないんだな……」
三人はそれぞれ感慨深げに言った。護衛と言う面を考えると、クライドがいつでもアーサーの側にいられるのは好ましい。ヴァルプルギスが出現した場合は仕方がないが、それ以外の問題はクライドが側にいれば大概解決できるだろう。ちなみに、リリアンは結婚後も『アーサー』『クライドさん』で通すつもりだ。
「ま、ハロルドではないが、私もセオなら勤まると思った。だからお前を指名したんだよ」
「リリアンまで、変なことを言うな」
セオドールがため息をついてそう答えた。出会ったころとは全く違う彼のふるまいに、リリアンはふっと笑みを浮かべた。身分的に、セオドールは式の列席者でもよいくらいなのだが、彼もハロルドも警備責任者として参加する。
その当日。空も彼女たちを祝福するようによく晴れていた。いや、そう言う日を調べて選んだんだけど。リリアンは思わず舌打ちした。
「何舌打ちしてんだ、お前」
ツッコミを入れてきたのはセオドールだった。黒い、危機対策監室の制服を着ている。どうしても仮装感があったリリアンとは違い、よく似合っていた。
「……似合っているな」
「ありがとう。お前も無駄に男前だ」
「それ、ほめてないだろ」
リリアンもリリアンで、アーサーの父親役であるためにナイツ・オブ・ラウンドの式典用正装だ。パンツスタイルで足元はシークレットブーツである。そのため、視線がセオドールとほぼ同位置であった。胸元あたりまで伸びた金髪もうなじで束ねており、彼女もセオドールの言葉を完全に否定できない自覚はあった。
「それで、この晴れの日に、送り出す父親役としては何か思うところがあるのか」
「送り出されるのはクライドの方だろう。アーサーは婿取りだ」
「いや、そう言うことを言っているわけじゃないだろ」
セオドールから冷静なツッコミが入った。リリアンもわかっている。彼女はため息をつく。
「なんだかもやもやするというか、腹が立つというか……」
「要するに嫉妬だろう」
「平たく言うと、そうなる」
リリアンはクライドに嫉妬しているのだ。今までアーサーに一番近いのはリリアンだったのに、今度からその場所はクライドのものになる。
「陛下が取られるような気がして嫌なんだな」
セオドールが苦笑気味にリリアンの肩をたたいた。
「まあ、自覚できてるなら大丈夫だろ。思ってること吐きだして落ち着いたら、ちゃんと陛下をエスコートしろよ。笑顔で送り出してやれ」
かつてからは想像できない男前なことを言われて、リリアンは驚いてセオドールの顔を見た。
「……そんなことを言われるとは思わなかった」
「そうか。そんな反応ができるんなら大丈夫だな」
セオドールはもう一度彼女の肩をたたくと、「お先に」と言って大聖堂の方へ戻って行った。リリアンはため息をつき、もう一度空を見上げた。やはり、腹立たしいほどの青空だった。
大丈夫。笑って「おめでとう」と言える。そう思い、リリアンも大聖堂の方に向かった。単純に、開式の時間が迫っていたのもある。
すでに、アーサーたちは待ち構えていた。リリアンと同じく正装のエイミーが「遅い!」と文句を垂れてきた。リリアンは肩をすくめてそれに答え、アーサーの元に向かった。彼女はニコリと笑う。
「すねてきてくれないかと思ったぞ」
何故ばれた、と思っていると、アーサーは「リリアンが結婚するときの私も、同じことをしそうだ」と鷹揚に微笑んだ。彼女の優しさなのか本音なのか、よくわからないが。
「……そうか。おめでとう、アーサー。君を伴侶とできるクライドさんは幸せだな」
「ふふっ。ありがとう。さあ、連れて行ってくれ」
「ええ。エスコートいたしますよ、陛下」
アーサーがリリアンの腕に捕まる。エイミーが誰かに、「むしろこの二人の方がお似合い」などとつぶやいているのが聞こえた。
豪奢なドレスに身を包むアーサーに合わせて歩くリリアンは、おそらく、式が終わるころには自分は死んだような目になっているのだろうな、と確信した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
最後まで茶番にお付き合いくださった皆様、ありがとうございました!
What remain、これにて完結です。




