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What Remain  作者: 雲居瑞香
番外編
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愛するあなたに花束を・後編










「アーサー、ちょっといいか」

「リリアン」


 宮殿の回廊でリリアンに話しかけられたアーサーは、あからさまに嬉しそうな表情になった。彼女は、リリアンに話しかけられるたびにこういう表情をする。いわく、「私を名で呼んでくれるのは、リリアンくらいだから」ということらしい。

 ちょいちょいとアーサーを手招きする。女王アーサーは、謁見の痕であったため正装のドレスを着ているのに対し、リリアンは危機対策監室の制服を着ていた。一応女性職員用ということでスカートもあるが、長身のリリアンはパンツスタイルでいることが多い。


 リリアンが中性的な面差しであることも相まって、二人でこうして立っていると、恋人同士のようにも見える。まあ、宮廷仕えの人間は、二人が友人同士だとちゃんとわかっている。

「何かあったのか?」

「ああ……先ほど少し、クライドさんと話しをしたんだが」

「……クライドと?」

 アーサーは何ともないように彼の名を繰り返したが、その表情は一瞬曇った。リリアンは目を細める。アーサーは女王という立場の為、取り繕うのはうまいが、アーサー曰く『親友』であるリリアンはだませなかった。


「後回しにしてきたが、お前のナイツ・オブ・ラウンドをもう少し補強すべきではないかと思ってな」

「ああ……まあ、今、確かに五人しかいないけど」


 そもそも、七名しかいなかったナイツ・オブ・ラウンドなのだが、エイミーが参加して一年足らずで二名が脱落したのだ。そして、今、リリアンたちのたくらみ事が成功すれば、さらに一人少なくなってしまう。今でもぎりぎりなのに。


「四年前の私の叙任は、まだ有効か?」

「……ナイツ・オブ・ラウンドの叙任のことか? まあ、あの時は人数をそろえる必要があったから」


 さりげなくひどい言葉のような気がする。まあ、数合わせは必要だったのだが。リリアンとしては別にいいじゃん、という気もしなくはないのだが、やはり見栄えの問題で十二人そろえる必要があったのだ。まあ、実際に参列したのは十一人だったのだが。

「まあ、もしかしたらの話だが。私も、アーサーの騎士になる覚悟はあるんだということを伝えておこうかと思って」

「それは……ありがたいが、危機対策監室はどうなるんだ?」

「何のためにセオを教育していると思っている」

「ああ……確かに、彼なら不足はないだろうが……」

 たまにへたれるのが玉にきずだが、そのあたりはハロルドやノエルたちがうまくフォローを入れてくれるだろう。つなぎとして、一度別の調整官を危機対策監室主席調整官としてもいいかもしれない。世の中、わりと何とかなる者なのだ。

「わかった。考えておく」

「いや、覚えておいてくれればそれでいいから」

 リリアンはそう言って微笑んだ。アーサーがため息をつく。


「リリアンが男だったら、惚れてるくらい男前だな……」

「さて。どうかな」


 リリアンが男だったとしても、アーサーはクライドを好きだっただろう。世の中、そういうもの。


 続いてリリアンは仕込みのためにセオドールを呼びだした。

「セオ、ちょっといいか?」

「なんだ?」

 リリアンが現在、クライドに対してぶちぎれているので相対的にセオドールに対する対応が優しくなっている。リリアンの代わりに危機対策監室に詰めていたセオドールはリリアンに部屋から連れ出される。

「お前、何をしているんだ? ノエルやエイミーも巻き込んでるみたいだが」

「いや、少々面倒くさいことに巻き込まれてな」

「ああ、陛下とクライドさんか?」

 リリアンはこくりとうなずいた。別にアーサー以外にはかくしていないので、セオドールも察していたらしい。


「……お前のところに、陛下との縁談がなかったか?」

「あった。断った」

「だろうな」


 さりげなく、セオドールも巻き込まれている。身分的に考えればセオドールとアーサーは、国内で一番釣り合う。だが、アーサーが女王でセオドールがブラックリー公爵家の跡取りであることを考えれば、二人が結婚することは難しいのかもしれないが。

「そう言うわけで、少し協力してほしいんだが」

「何がそう言うわけなのかわからないが、わかった」

 ためらわずに返答され、リリアンの方が驚いた。

「いいのか? 何も言ってないけど」

 何をするかも説明していないのに、いいのだろうか。そう思って尋ねると「何となく役回りはわかる」と答えた。

「何も話さずにそこにいればいいんだろう」

「……まあ、そうだけど」

 さすがに二年も一緒にいれば、考えることがわかるらしい。リリアンは肩をすくめた。


「当て馬役、よろしく」

「いま、ものすごく腹が立った」


 セオドールは本当にいらっとした表情を浮かべたが、結局、引き受けてくれた。損な役回りなので、あとで礼をしなければならない。


 そしてその日。仕掛けが一気に作動し始めた。


「陛下。実は、縁談が参っております」

 ルーファスの言葉はやや棒読みであったが、彼はたいてい淡々としているので、アーサーも不思議には思わなかったようだ。

「……珍しいな。断れなかったのか?」

「まあ……相手も王子ですので」

 王子、と聞いて作戦を知っているリリアンも思わず顔をしかめた。一年前、アレックとウィルを失う遠因となったのが『皇子様』だからだ。

 リリアンの表情が信憑性を増したらしい。アーサーは「会わなければダメか?」と憂鬱そうだ。

「リリアン……」

「いやです」

「まだ何も言っていない!」

「いやだ」

 リリアンはきっぱりと言った。ここでうまくいけば、リリアンが目くらましに駆り出される心配は、もうない。


「一緒にいるとアーサーの愛人だと思われる私の気持ちがわかるか」


 打率三割ほどだが、実際にあった話である。腹立たしいことに、女装していてもそうみられるのだから、みんなリリアンをなんだと思っているのか。

「そこで少し考えたのですが、相手をけん制するために、仮の婚約者を置いてはどうでしょう」

「仮?」

「そう。仮です。一時をしのげればいいのですからね。私としては、セオドールあたりが良いと思うのですが」

 身分的にも年回り的にも、最近は能力と性格的にも問題はない。父親に危機対策監室に放り込まれて年下の小娘の下に付けられたあげくに、大けがを負い、女王の仮の婚約者(当て馬)に仕立て上げられるとは、さすがのリリアンも同情する。


 たぶん、普通に考えればアーサーとクライドよりもアーサーとセオドールの方が並んだ絵が綺麗だろう。いや、クライドが悪いわけではないのだが。

「ああ……うん。そうだな……」

 アーサーが了承を示すような言葉を発した。リリアンはとっさに身をひるがえす。

「では、セオを呼んで来よう。親密さをアピールする作戦でも立てておけ」


 リリアンはそう言って一度部屋を退出した。アーサーにはエイミーとマティアスがついているし、リリアンはそのまま庭に降りた。

「準備はよさそうだな」

「まあ、私はいるだけだからな……」

 セオドールは苦笑してそう言ったが、クライドは黙ったままだった。椅子に置かれた赤い薔薇の花束が異様な存在感を放っている。

「セオ、座っていてもいいと思うが」

「いつまで重症人扱いなんだ」

 そう言いつつ、彼はまだ左足を引きずっている。リリアンが手を伸ばして目元にかかる髪をよけると、左目のあたりにやけどの痕と傷跡があった。

「……お前たちの方がよほど恋人同士のようだ」

 クライドが口を開いたかと思ったら、そんなことを言った。比較対象が何なのかわからないのだが。


「馬鹿なこと言ってないで、ほら、アーサーが来た」


 リリアンは少し離れる。アーサーは仮の婚約者のセオドールと思い人クライドが一緒にいるのを見て顔をこわばらせた。

「……時間をとらせてすまないな、セオドール」

「いや、陛下とご一緒できるとは光栄です」

 一応貴族子息なので、セオドールはこういうことも言える。なんと言うか、言い方は悪いが彼は普通にモテるだろう。顔立ちはいいのだし。


 二人とも、座ろうとしなかった。リリアンはアーサーの護衛としてついてきたエイミーと目が合う。何故かエイミーに引かれた。眼を見開いたからだろうか。

「……セオドール、座った方が」

 セオドール、アーサーにも勧められた。しかし、彼は「陛下が座る前に座れません」ときっぱり断る。初めて会った時から、こういうところはきっちりしていた。

 再び沈黙。リリアンは隣に立っているクライドを睨みあげた。クライドがびくっとする。


「セオドール」

「陛下」


 アーサーとクライドが同時に口を開いた。そして、お決まりの譲り合い。エイミーも言ったように、アーサーは時々とても頑固なのだ。


「ここは騎士の国。レディ・ファーストでアーサーからだ」


 結局リリアンが結論を出した。指名されたので、先にアーサーがセオドールを見上げて言った。

「セオドール、巻き込んでしまってすまない。だが、やはり、私には無理だ。みんなが私のことを思って提案してくれているのはわかっているんだが……」

「陛下ならそうおっしゃるだろうと思いましたよ」

 セオドールは苦笑を浮かべてそう答えた。

「陛下」

 続いてクライドが口を開き、椅子の上から薔薇の花束をとった。気づいていなかったのか、アーサーが驚いた表情になる。百八本なので、結構目立ったと思うのだが。


「私の気持ちです。……どうか、他の誰でもなく、私を選んでくれませんか」


 まじめなクライドだからこそ響く言葉だ。リリアンとしては赤い薔薇三本の『愛しています』を押したのだが、やはり、見た目のインパクトも考えて百八本、オーソドックスに『結婚してください』にしたらしい。まあ、わかりやすくていいとは思う。


「クライド……」


 眼をうるませたアーサーは今度は素直に手を伸ばしてその花束を受け取った。リリアンは一瞬微笑みを浮かべたが、

「はあ……」

 やっと片付いた、というため息が漏れた。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


次で最後なので、もう少し茶番にお付き合いください。


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