episode:0-5
ウィルの指摘を受けて、リリアンは足元の少年を見下ろした。しゃがみ込んで少年が来ているジャケットをひっぺかえした。
「おいおいおいおい。お前、何してんだよ」
「いや、身元を調べようかと」
ウィルのツッコミにリリアンは冷静に言った。ウィルはため息をつくと、アーサーを下がらせて自分も少年の身元を確認しようとリリアンとは反対側にしゃがみ込んだ。
「認識票はなしか」
「所持品も剣だけだ。身体能力も尋常じゃなかったけど……」
まあ、リリアンは一般人に毛が生えたほどの身体能力であるが、アーサーも似たようなものだった。二人とも対応できなかったというのはちょっと。
身元がわかるようなものはない。持っていた拳銃は一般に出回っている、少し大きめの物。弾丸はすべて詰まっていた。
「本人に聞いた方が早そうだな」
ウィルがそう言った。それから彼は、「お前が読心術を使えればなぁ」とつぶやいた。リリアンはとりあえず、彼に肘鉄を入れた。
ウィルが魔法で少年を縛り上げる。少年がリリアンと変わらないくらいの年に見えたので、少し罪悪感を覚えたようだ。
「彼は?」
ウィルとリリアンが戻ってきたのを見て、離れていたアーサーが尋ねた。答えるのはリリアンだ。
「しばらくすれば自然に目を覚まします。そんなに強く干渉していませんので」
一時的に意識を消失しただけだ。それほど経たないうちに気が付くだろう。
「身元は分かったか?」
クライドがさらに尋ねる。ウィルは首を左右に振った。
「いや。身元がわかるようなものは所持していなかった。おそらく、今回のように捕まった時のための対策だろうな。下に現れたキメラといい、どこかに研究所がありそうだな」
「研究所?」
リリアンは首をかしげた。研究所という言葉はわかる。しかし、通常の研究所とは意味合いが違うように感じられた。
「……私が王都から離れる少し前から問題になっていた、違法な人体実験をしている施設のことだ。魔法、薬、外科的方法などで肉体を強化した魔導師を作り出すことを目的としている」
アーサーが簡潔に説明した。その強化魔導師を作る一環として、キメラの実験なども行われているとのことだった。リリアンは先ほどの少年を振り返る。
「では、彼も強化魔導師の可能性があるということ?」
「たぶん、彼はパラディンだろ。パラディンはもともと、肉体的にも強いからな」
「ジェイミー兄さんに聞けば、もっとわかりそうだけど」
リリアンがウィルを見上げて言った。リリアンは三人兄弟の末っ子だ。兄が二人で、一番上がウィル。その年子の弟がジェイミーだ。リリアンだけが少し年が離れており、しかも女の子と言うことで兄にも親にもかわいがられた。
ジェイミーは今大学生だ。昔から、学都は戦争に巻き込まないという決まりがある。そのため、彼は大学にいる限り無事だろう。
彼は魔法学を学んでいる。こう言った、魔法的が要素が関わるものにはくわしい。
「ま、ないものを欲しがっても仕方がない。リリアン、どうすべきだと思う?」
「……」
丸投げとも取れる言葉に、リリアンは沈黙した。眼を閉じて少し考える。
「……その研究所の黒幕はマイケル・トラジェット。強化魔導師は洗脳魔法を受けていると思われるから、殿下を捕らえる、もしくは殺すことを目的として送り込まれた。下の階にでたキメラは陽動で……」
丸投げされても真剣に考えるリリアン。リリアンは目を開いた。
「ということは、あの少年はむしろ、私たちに捕らえさせるために送り込まれた可能性がある。……と思う」
「見事だ」
ウィルがにやっとして言った。試されているのがわかるから腹が立つが、とりあえずリリアンは何も言わなかった。何度も言うが、一人で考えるより二人で考える方が正答率は高いだろう。
「内側から俺達ののどをかき切ると?」
ウィルが首の前で手を動かし、切るジェスチャーをした。リリアンは「そこまで言ってないけど」と冷静に返す。
「だがおそらく、マイケル・トラジェットは殿下を排除することを考えていると思う。これまでの動向から見ても、その可能性が高い。殿下の洗脳が、不可能だったからでしょう」
「洗脳が不可能?」
アーサーが目をしばたたかせた。ピンとこないのだろう。リリアンはどちらかというと自分がパラディンと言うより魔導師だと認識しているが、アーサーは自分は魔導師よりパラディンだと認識しているようだからだ。
「たまにいるんです。洗脳魔法が効きにくい人。そう言う人は、精神干渉魔法も効きづらいのですが、私の経験上、意志の強い人は精神干渉魔法にかかりづらいですね」
そう言うと、アーサーは微妙な表情になった。確かに、アーサーは意思が強いとは言い難いところがある。
ならば、他の誰かが彼女を守っているのだ。リリアンも多少は可能だが、同じような能力者が洗脳魔法をはねかえしているのだろう。
もし、洗脳魔法が効くのなら、マイケル・トラジェットはアーサーを洗脳し、マイケルが正当な王だと宣言させるだろう。だが、それができない。だから、アーサーを始末してしまうことにしたのだろう。方法としては悪手だと思われるが、気持ちはわからないではない。
「まあ、言っても詮無いことですが」
しれっとそう言って、リリアンは顔をそむけた。その時、少年がうめき声をあげて眼を覚ました。
「お、お目覚めみたいだなぁ」
ウィルがにやっとして言った。整った顔立ちをした好青年のような雰囲気なのに、こういう表情はあくどく見える。
起き上がろうとして、拘束されていることに気付いたのだろう。忌々しげにこちらを睨んできた。まだ、一言も言葉を発していない。
「よう、少年。気分はどうだ?」
しゃがみ込んだウィルが気さくに尋ねる。少年はウィルを睨んだが、何も言わなかった。リリアンはウィルの肩をたたいた。
「替わる」
「やりすぎんなよ」
そう言いながらも、ウィルは場所を空けた。リリアンは代わりに少年の側にしゃがみ込んだ。
「君、名前は何という?」
だんまりだ。それでもかまわない。
「どこからきたの? 君が狙った人物が何者か知っているか? 君に指示した者はだれだ?」
立て続けに質問をする。少年はだんまりを続ける。リリアンは質問と同時に精神干渉魔法を使っていたのだが、びくともしない。相当意思が強いか、アーサーと同じく何かが魔法をはねかえしているのだろう。
おそらく、洗脳魔法がかかっている彼は、それが障害となって精神干渉が効かないのだろう。リリアンの精神干渉魔法はかなり強力なのだが、よく、と言っては変だが、強い洗脳を受けていることをうかがわせる。
「どう思う?」
ウィルが尋ねた。リリアンはウィルを振り返った。
「私にもどうにもならない。洗脳魔法が強力すぎる。無理やり破ることはできなくはないけど、私の技量では彼の人格が崩壊してしまうだろう」
「なら、やめとけ。しっかし、やっぱり彼は研究所にいたのだろうなぁ」
「たぶん、近くにその研究所があるんじゃないか? 考えてみればここは森の中だし、しかも、ハイランドとロウランドの境目だ。秘密機関を作るのにはうってつけだろう」
「なるほど」
探してみるか、とは言わなかった。そんなことをしている場合ではないからだ。しかし、本当に研究所があるとしたら、早々に押さえておきたい。実際にロンディニウムに攻め込んだ時、背後から刺される可能性があるからだ。
リリアンが立ち上がった時だった。背後から手首がつかまれる。リリアンはぞっとした。
「い……っ」
いつの間に拘束魔法が解けたのだろう。少年がリリアンの手首をつかんでいた。ついにリリアンは悲鳴をあげた。
「兄さんっ!」
「リリ……っ!」
立ち上がった少年に首を押さえられたリリアンを見て、ウィルが息をのんだ。アーサーとクライドも駆け寄ってくる。
「待て! その子は……!」
アーサーが駆け出そうとするのを、クライドが肩を押さえて止めた。後ろ手に手を押さえられ、前から首を絞められている。息が苦しい。
少年に引きずられるように、リリアンは後ろに下がる。強い力だった。抵抗しようとすれば、彼女の首など簡単に折られてしまうだろう。
どうすべきか。恐怖で混乱する頭でリリアンがはじき出した答えとは。
袖の中に隠したナイフを、少年に突き刺す事だった。
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