episode:0-4
翌日未明、本当にリリアンはアーサーたちについて領主館を出た。彼らは途中まで車で来たらしいのだが、車というのは目立つので、乗り捨ててきたらしい。移動は徒歩、もしくは汽車などだ。乗り合いバス、という手もある。
リリアンは森の中を馬で移動していたが、それは森の中だからだ。足元が悪い森などでは、意外と馬の方が移動しやすかったりする。
「どこを目指すべきだろうか。国外に出れば、一応は追撃の手を免れると思うが……」
廃棄された古い城の中で休息をとっていると、アーサーがそんなことを尋ねた。膝を抱えて座っていたリリアンはウィルを見上げてから、それから口を開いた。
「国外に出れば、戻ってこられなくなります。現在、ブルターニュの港は封鎖されていて、出入国が難しくなっています。うまく国外脱出できたとしても、今度は入国できなくなってしまいます」
「そうか……」
つまり、この狭い国内で何とか逃げ回って生き延びるしかないのだ。現在、外交や留学、貿易などで国外に出ていた者は、その国の港で足止めを食らっている。ブルターニュ側が入国を受け付けないからだ。
「ではこのままロンディニウムに戻るのか?」
ロンディニウムは王都の都市名だ。そに、ブルターニュの宮殿、アルビオン宮殿は存在した。今、マイケルはそこを押さえているのだ。
「ロンディニウムに入ることはそう難しくないと思います。ロンディニウムは、防衛に重点を置いた都市ではありません。侵入は容易です。……ですが、アルビオン宮殿を押さえるとなると……」
リリアンはロンディニウムもアルビオン宮殿も直接知らないため、それ以上は何とも言えない。おそらく、この辺りはウィルに任せた方が良いだろう。
「……一番簡単なのは、捕まってしまうことですが……」
リリアンが首をかしげるが、クライドとウィルに「却下」と口をそろえて言われた。まあ、それはそうだろう。万が一アーサーが捕まるようなことがあれば、その場で彼女は殺されてしまうだろう。
では、先に仲間を集めることが先決だろう。戦い方にもよるが、もう少し、仲間が多い方が何かと動きやすい。身を隠しながらの移動は少人数の方が都合がよいが、これからしようとしていることを考えるともう少し戦力があった方が良い。
残念ながら、この辺りは経験のないリリアンである。しかし、ウィルがいるので何とかなる気がする。リリアンがすべきなのは、厳しい指摘を入れること。
「……ん? 何か近づいてきてるぞ」
ウィルが言った。この四人の中に魔導師は三人。クライド以外の三人だ。つまり、クライドは肉体強化などの魔法も使っていないということで、それであの強さなのだから人間やめている。
話を戻して。魔導師が三人いても、探査系の魔法を使えるのはウィルのみだ。リリアンも使えなくはないが、基本的に、彼女は送信能力の方が強い。
「俺とウィルで確認してきます。殿下はここでリリアンとお待ちください」
「わかった」
クライドの言葉にうなずき、アーサーはリリアンの側に腰かけ直した。別に離れていてもいいのだが、気分の問題だろう。クライドとウィルが連れ立って階下に降りていく。
「正直なところ」
足音が完全に聞こえなくなったところで、アーサーが口を開いた。
「私は、本当は、自分が王になる必要は必ずしもないと思っているんだ」
「……そうでしょうね」
リリアンがうなずくと、アーサーは「気づいていたのか」と苦笑する。
「リリアンが言っていた通り、今は過渡期だ。いずれ、王など必要なくなる時が来る。それが、少し早まるだけではないかと思うんだ……」
アーサーも、マイケルがいずれ引きずりおろされることは察しているようだ。アーサーは洞察力が鋭い。
「……王が政治に参加しなくなることと、必要なくなるということは全く別の話です」
「……どういうことだ?」
アーサーが首をかしげる。リリアンは彼女の美しい碧眼をじっと見た。
「……政治に参加しなくなる、ということは、政治に関わらなくなるだけで、国の代表としての王は残ります。しかし、必要となくなる、というと、王自体がいなくなります」
「……つまり?」
「私が言ったのは前者です。王は政治に関わらなくなる時が来るでしょう。今だって、その決定権のほとんどは宰相と議会です。それが完全に議会に移行するときがくる。だけれど、国を代表するものとして、王家は残るはずなんです。だって、ブルターニュ王の元に集うのが、ブルターニュ国民としてのアイデンティティなのだから」
「……よく、わからない」
アーサーが顔をしかめた。それほど難しい話をしたつもりはないのだが、中から見ていたアーサーと、外から見ていたリリアンでは感じ方が違うのかもしれなかった。
リリアンは少しだけ口角をあげて笑った。
「私も殿下はいい王になると思いますよ。民に慕われるというのは大切です」
そう。心優しい姫君は人々に好かれているのだ。いみじくも彼女自身が言ったように、今の王にはそれほど高い能力を求められていない。
ちょうど話が一段落したとき、ガラスが割れる音がした。リリアンとアーサーがとっさに立ち上がる。リリアンはホルスターから銃を引き抜く。
「リリアン、銃も撃てるのか」
「いや、驚くところはそこじゃないでしょう」
思わずリリアンはツッコミを入れてしまった。ツッコむなら、窓ガラスをぶち破って目の前に現れた少年について突っ込んでほしかった。
「……誰だ?」
「わかりません。私たちと同じくらいの年の少年に見えますが」
「どうやって入ってきたんだ? 三階だぞ?」
「……まあ、私もやれと言われればできそうですが……」
リリアンも魔法を使えば三階の窓から侵入くらいはできる。身体能力云々の問題ではないからだ。しかし、この少年は魔法を使わずに三階の窓から飛び込んできた。驚異の身体能力である。
黒髪にヘイゼルの瞳。なかなか顔立ちの整った少年であるが、表情というものが抜けおちていた。いや、リリアンも人のことを言えないポーカーフェイスだが、もう少し人間味がある。この少年はまるで人形のように無表情だった。
黙然とたたずんでいる姿が不気味だ。彼に銃を向けると、途端に彼はこちらに向かってきた。リリアンが引き金を引くが、間に合わない。リリアンはアーサーに手を引かれて引き倒され、少年の剣筋から逃がされる始末である。リリアンの代わりに少年と向き合ったアーサーだが、さすがにまずいだろうとリリアンはすぐさま跳ね起き、めったに使ったことのない魔法を使った。
「来ないで!」
その言葉はそのまま呪文となり、魔法として発動する。少年はその場で動きを止めた。アーサーが唖然とした表情になる。
「なんだ? どういうこと?」
「説明はあとです」
リリアンは立ち上がると動きを止めた少年に近づいた。自分の意志と関係なく動かなくなった体に、少年は戸惑いと怒りを覚えているようだ。表情から察した。何度も言うが、リリアンには受信能力はほとんどない。
リリアンは少年の額に触れた。少年が頽れる。抱き留めるとリリアンも倒れてしまうので、そのまま床に倒れさせた。
「殿下! 大丈夫ですか!?」
階段を駆け上がり、クライドが顔をのぞかせた。リリアンとアーサーはそろって彼の方を見た。駆け上がってきたクライドも、二人の方を見た。
「……どういう状況だ?」
まあ、普通にそうなるよな、と思った。眼があったリリアンは、肩をすくめる。
「精神干渉魔法ですよ。体を動かす指示を出しているのは脳神経ですからね。干渉して気絶してもらいました」
「……さらりと恐ろしいな」
アーサーの正直な感想に、リリアンは何も言わなかった。怖い力であるのは自覚がある。だからリリアンはめったにこの魔法を使わないし、話さない。今は緊急事態なので、使って行くつもりだ。
「……侵入向きの能力だな」
クライドのぽつりとした言葉は事実だ。リリアンのこの精神干渉魔法、スパイ向きである。
「つーか、誰かそこの少年助けてやれよ……」
後からやってきたウィルが呆れた様子でツッコミを入れた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ま、巻きで!巻きでいきたいと思います!




