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What Remain  作者: 雲居瑞香
過去編
49/66

episode:0-2










「アリシア! ごめんなさいね。言いすぎたわ」

「私の方こそごめんなさい」


 些細なことで言い争いをしたアリシアとロザリーの母娘は、どうやら仲直りできたようだ。アリシアを探しに行ったリリアンはほっとする。それから、兄ウィルとカーライル侯爵がいるであろう部屋の方を見た。

「リリアンも、ありがとう。いつもごめんなさいね」

 ロザリーの言葉に、リリアンはふっと笑う。

「いえ。私はお世話になっている身ですし、これくらいは」

 リリアンは親が亡くなった後、ロザリーたちに世話になっている立場だ。アリシアの捜索くらいいくらでもする。


「……気になる? ウィルたちのこと」


 ロザリーが核心をついてきた。リリアンは素直にうなずく。

「まあ。何となく、察しはついていますけど」

「そう。でも、知らないふりをしている方が、安全だわ。たぶんね」

 そう言ってロザリーは肩をすくめた。たぶん、彼女の言う通りなのだと思う。知らないふりをしている方が、たぶん安全なのだ。

 現在、このブルターニュ王国は内戦状態だ。先の国王が甥に殺され、国王の子供たちは同じく暗殺されたか行方不明。現在、その甥が国政を握っている状態だ。

 リリアンに言わせれば、この時代に王政などナンセンスなのだが、それがまかり通ってしまう微妙な時期でもある。ちょうど、過渡期なのだ。

 リリアンはロザリーとアリシアがいる部屋を出ると、廊下を歩きだした。ウィルたちのことは気になるが、ロザリーに警告されたとおり、関わらずに図書室にでも行こうか。


「リリアン!」


 リリアンが離れて行こうとしているのを察したわけではあるまいが、ウィルの声がリリアンを呼んだ。彼女はゆっくりと振り返る。

「何」

「悪い。少し来てくれ」

 これは面倒なことに巻き込まれる気がする。そう思いながらも、リリアンはウィルの元へ向かった。そこはカーライル侯爵ハミッシュの書斎だ。中には部屋の主であるハミッシュ、ウィル、クライド、フローレンスがいた。

「……リリアン。君のことだから察しているだろうけど、この方はアーサー王女殿下だ」

「……やはりそうでしたか」

 ハミッシュの言葉に、リリアンはうなずく。フローレンス改めアーサーはリリアンをバツ悪そうに笑って見た。


「だますようなことをしてしまってすまない。私はアーサー・フローレンス・キャメロット。この国の王女だ。改めてよろしく、リリアン」

「こちらこそ、本名を名乗らずすみません。エリザベス・フランセス・カーライルです。どうぞお見知りおきを」


 馬に乗っていたのでパンツスタイルであるため、カーテシーができない。リリアンは掌を胸に当てる男性貴族風の挨拶をした。

「リリアン、殿下はしばらくここに滞在される。殿下のお相手を頼めるか?」

「……いいけど」

 ウィルの頼みを否定する理由もないので、リリアンは了承してうなずいた。リリアンはアーサーを振り返る。

「では、どうぞこちらに」

「ありがとう。よろしく、リリアン」

「こちらこそ」

 にこりと笑ったアーサーにリリアンは愛想なくうなずいた。兄妹とわかるくらい似ているが、愛想の良いウィルに比べて、リリアンはどうにも無愛想だった。

 ひとまず、使用人が用意していた部屋に案内する。アーサーの服は旅装で薄汚れていたので、代わりのものを用意する。幸い、リリアンはアーサーとおなくらいの体格だったので、彼女のものを貸すことにした。まあ、肉付きはアーサーの方がはるかによいが。


「すまないな、リリアン。突然」

「いえ」


 アーサーがリリアンと並んで歩きながら楽しそうに声をかけてくる。彼女が今着ているワンピースはリリアンのものであるが、髪や目の色彩も体格も似ているのに、アーサーはあまりリリアンの服が似合わない。雰囲気や顔立ちの問題だろうか。リリアンは兄ウィルに似ていると言われる通り、どちらかというと中性的な顔立ちで、アーサーは割と典型的な美少女である。

「リリアン、年は?」

「十六ですが」

「じゃあひとつ年下だ。落ち着いているからもう少し上かと思った」

 にこにこにこにこ。楽しそうなアーサーに、リリアンはというとちょっと引き気味である。それに気づいたアーサーはあはは、と笑った。


「すまない。年の近い女の子の知り合いがあまりいなくて」

「そうですか……」


 まあそれは王女なので仕方がないだろう。近づいてくる人は、ほとんどが打算があるだろうし。まあ、リリアンも年の近い友人などはいないが。彼女もこの領主館にほぼこもりきりである。

「リリアンも討伐師パラディンなのだな」

「ええ。殿下もそうなのですね」

「ああ。だから、私が倒そうとしたのだけど……」

 助けられてしまったな、と照れくさそうにアーサーは笑う。リリアンは首をかしげた。

「こちらこそ、アリシアを保護していただきましたから」

「結局、危険な目に遭わせてしまったが」

「この辺りでヴァルプルギスが出ることはめったにないのですが……」

 磁場の問題なのか、リリアンも討伐師としての訓練を受けて四年になるが、数えるほどしかヴァルプルギスに遭遇したことはない。それ以外のものにはよく出会ったが。

「私が手を出さずとも、殿下と会の護衛の方だけで倒せたかもしれませんね」

「クライドは討伐師ではないが、強いだろう?」

 アーサーが嬉しそうに言った。さすがにそう言うことに鈍いリリアンでも気づく。アーサーはクライドが好きなのだなぁと。あとでウィルに確認するまでは下手なことは言わないでおこうと思った。リリアンは毒舌と言われるほど歯に衣着せない物言いをするので、何も言わない方がいいだろうと思ったのだ。


「……討伐師だから必ずしも強いということではないと思いますが、確かにお強い方ですね」


 とりあえず、リリアンはそう言うにとどめた。アーサーはあからさまに嬉しそうにニコニコしている。愛想がいい王女だと思った。リリアンもこの半分くらい愛想が良ければいいのだろうな、と思ったが、思うだけである。

「……いいところだな、カーライル侯爵領は。こんなに王都から離れたところまで来たのは初めてだ」

「私も、この領地を出たことはありませんから、何とも言えませんが……」

 もともと、カーライル侯爵領は国境だった。今でこそ、ブルターニュ島は一つの国となっているが、昔はブルターニュの北と南で別の国だった。その南側の国境が、このカーライル領なのである。かつては国境を護る要塞都市だった。

「昔、父に言われたんだ。何かあればカーライル侯爵を頼れって」

「……私の父と前国王陛下は、旧知の仲だったらしいですね」

 現在のカーライル侯爵はリリアンの叔父であるが、四年前まではリリアンの父がカーライル侯爵であった。彼女の両親が何者かに暗殺された以降、父の弟であるリリアンの叔父がその役目を引き継いだ。

 そのリリアンの父、前カーライル侯爵は、アーサーの父である前国王と旧知の仲であったという話だ。詳しいことは知らないが、もしもリリアンの父も前国王も生きてれば、リリアンとアーサーは別のところで引合されていたかもしれない。


「リリアン、良ければ、なんだが。私と友達になってくれないか?」

「はい?」


 真剣な顔をするアーサーに、リリアンは首をかしげた。言われている意味は分かるが、何故それをリリアンに言うのかがわからなかった。リリアンが返答を迷っているうちに、第三者から声がかかった。

「殿下。リリアン」

「ウィル」

「兄さん」

 ウィルだ。二人を探しに来たらしい。彼は「ちょっといいか」と二人を手招いた。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


アーサーによそよそしいリリアンは書きにくいです。


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