episode:0-1
過去編をちょろっと連載してみようかと。
別名、リリアンとアーサーの出逢い編。
ブルターニュの中央北部に位置するカーライル侯爵領の領主の姪であるリリアン・カーライルは領主館の近くにある森の中を馬で回っていた。今では汽車や車などの移動手段があるが、こうした森の中ではやはり、馬の方が都合がよかった。
「アリシア! アリシア、出ておいで! ロザリーさんももう怒ってないから!!」
何をしているかというと、四歳年下の従妹、つまりカーライル侯爵の一人娘アリシアの捜索である。母親のロザリーと言い合いをした挙句、館を飛び出して森に入ってしまったのだ。
アリシアはリリアンになついている。そのため、彼女が捜索に駆り出されたのだ。
「一体どこに行ったんだ、アリシア……」
見つからないアリシアに、さすがのリリアンも少し焦る。リリアンには離隔魔法が使えないわけではないが、得意ではない。基本的に『受信』という行為が苦手なのである。さらに言い訳するなら、この森は魔力に満ちていて、人を捕らえにくい、というのもある。
それはつまり、襲ってくる獣なども察知できないので危険である、ということを意味する。ますますアリシアが心配になるリリアンだった。
その時、自然のものではない物音を耳が捕らえた。そちらに馬首を向ける。木々の間をすり抜け、リリアンはヴァルプルギスを眼にした。人の皮をかぶって擬態し、人々を食らう生き物だ。姿はたいてい、人間に近く、人間よりも強い力を発揮する。
そのヴァルプルギスに、男女二人組が襲われていた。女性の方の腕の中にはアリシアがいるようで、波打った金髪が見える。男の方はヴァルプルギスに対峙していたが、彼はヴァルプルギスを倒せる存在、討伐師ではないだろう。こういうのは気配でわかるものだ。むしろ、女性の方が討伐師の力を持っているように思われた。
「うおおぉぉおおおっ」
男の方がヴァルプルギスに剣でうちかかる。討伐師でなければヴァルプルギスは倒せないが、もし、力を持っていたとしたらヴァルプルギスは瞬殺されていただろう。
「……冗談だろう……」
リリアンは男の勇猛果敢ぶりを見てつぶやいた。勇猛果敢と言うか、普通の人間でもヴァルプルギスと戦えるのだなぁという発見というか。
リリアンは持っていた弓に矢をつがえると、弦を引いた。よく狙って放たれた矢は、ヴァルプルギスに命中した。続いて二発目をかまえる。ヴァルプルギスが悲鳴をあげたからか、男の目がリリアンに向いた。
「リリアン!」
アリシアがリリアンに気付き、喜びの声をあげた。リリアンの二本目の矢が、ヴァルプルギスの目を貫く。ヴァルプルギスが身をよじった。
「クライド!」
アリシアを抱えていた女性が剣を抜き放ち、ヴァルプルギスを斬りつけた。リリアンも馬で肉薄すると、弓を持たない方の手で剣を引き抜き、ヴァルプルギスにとどめを刺した。リリアンは手綱を引き、馬をとめた。するりと馬を降りる。
「アリシア」
「リリアン!」
アリシアがリリアンに抱き着いてくる。十二歳のアリシアと十六歳のリリアンには顔半分ほどの身長差があった。
「怪我はないか?」
「うん。ごめんなさい……」
「謝る相手が違うだろう。私ではなく、お母上に謝れ。ロザリーさんも、もう怒ってないから」
「……うん」
素直にうなずいたアリシアの頭を、リリアンはよしよしとなでた。それから、男女の二人組を見る。
「この子を助けていただいたようですね。ありがとうございます」
リリアンの言葉に答えてにっこり笑ったのは女性の方だった。彼女も少し褪せた色合いの金髪である。アッシュブロンドと言うやつだ。
「いや、彼女をどうしようかと思っていたから姉君と出会えてよかった。彼女は泉のほとりにいたんだ」
「……お母様、白い花が好きだから……」
アリシアがしょんぼりと言った。おそらく、百合の花でも摘みに行ったのだろう。まあ、まだ百合の時期ではないのだけど。
「これからは一人で行くな。私に一声かけろ」
「……」
アリシアがちょっとむくれた。思春期に入った彼女は、時々こういう態度をとる。それを見て、女性がくすくすと笑った。
「そう言えば自己紹介をしていなかったな。私はフローレンス。こちらは、私の護衛でクライドと言う」
その名にピンと来るものはあったが、リリアンは自分と似たような口調だが、醸し出す雰囲気が全く違う女性に名乗った。
「私はリリアンと言います。こちらはアリシア。ちなみに、従妹です」
リリアンは両親と死別しており、アリシアの両親、つまり、今のカーライル侯爵夫妻に養育されているので、アリシアの姉ともいえるが、実際にはいとこだ。フローレンスと名乗った女性は「そうなのか」と碧眼をしばたたかせる。
「……リリアンと言ったか。先ほどの弓術、見事だったが、何か特別な訓練でも受けているのか?」
クライドと言う大男が尋ねてきた。彼は赤みがかった茶髪に琥珀色の瞳をした精悍な面差しの青年だった。フローレンスはリリアンと同い年くらいと見えるが、クライドは二十代前半から半ばくらいだろう。少し年上だ。
「いえ。私は討伐師の力を持っているので、それに関する訓練は受けていますけど」
ほかにも訓練をしている理由はあるが、主なところはそんな感じだ。そもそも、リリアンの戦闘力は可もなく不可もなく微妙なところであった。討伐師としての力は強いが、どちらかというと魔導師の側面が強いリリアンである。
クライドは何かを警戒しているように見えた。まあ、確かに十五、六歳の少女が一人で森をうろついていて、それが戦闘力ありとなれば警戒するのもうなずける。
「弓矢も見事だったが、剣も扱えるんだな。私も討伐師だが、剣くらいだ、まともに扱えるのは」
フローレンスが嬉しそうに話しかけてくる。年が近いから、勝手に親しみを持たれたのかもしれない。愛想の良いフローレンスに対し、リリアンはあいにくと無表情である。
「フローレンス、あまり不用意なことは話さないように」
クライドがフローレンスにそうささやきかける。ささやきだったが、ばっちり聞こえていた。まあ、それくらいで気分を害することはないけど。とりあえず、アリシアを見つけたので領主館に戻りたい。しかし、この二人をこのままにしておいてよいのか判断がつかなかった。
うーむ、と悩んでいると、「クライド!」と呼ぶ男性の声が聞こえた。四人の目が声のした方に向いた。
「良かった。無事だったか……なんでお前がいるんだリリアン」
「それはこちらのセリフだ」
馬に乗った明るい茶髪の美男子だった。リリアンと似たような顔立ちをしているのは、彼がリリアンの兄だからだ。ウィル・カーライルと言う。王都で王女様に仕えているはずの彼がここにいるということは、やはりそう言うことなのだろう。
「やはりウィルの親戚か! 顔が似ていると思ったんだ」
ニコニコとフローレンスが言った。クライドは全く気付いていなかったらしく、「気づかなかった」と衝撃を受けている。リリアンとウィルは血縁関係を否定できないほどに似ているのだが、そうか。気づかなかったのか。
「妹のリリアンと従妹のアリシアです。二人とも、なんで森の中にいるんだ……」
怪訝そうな表情をするウィルに、アリシアが居心地悪そうにリリアンにすり寄った。リリアンは無表情で「ちょっとね」とはぐらかす。たぶん、ウィルは何となく事情を察しただろうが、何も言わなかった。
「……まあいい。それよりクライドは馬に乗れたな? 叔父に話をつけてきた。領主館に向かおう。リリアンとアリシアも行くぞ」
リリアンと同じく馬に乗ってきたウィルは、もう一頭馬の手綱を引いていた。クライドとフローレンスを乗せるためだろう。実際に、クライドが馬にまたがり、フローレンスを引っ張り上げた。リリアンもアリシアを乗せ、自分も馬にまたがる。
「リリアン。悪いけど、先導してくれ」
「……わかった」
ウィルが何の遠慮もなく言った。別にリリアンはたまたまそこにいただけで、護衛でもなんでもないのに。まあいいけど。向かう方向は同じだし。
「ではこちらに。アリシア、しっかりつかまってろよ」
「うん」
アリシアがぎゅっと背後からリリアンの腰辺りに抱き着いた。それを確認してから、リリアンは馬を進め始めた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
リリアンはこの時点で正体に気づいてる。




