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What Remain  作者: 雲居瑞香
本編
47/66

episode:04-19










 軍艦は無事に航行していた。明日の朝には、ブルターニュの海軍基地に到着するはずだ。ベッドから身を起こすと、ヴァルプルギスにえぐられた腹部が痛んだ。

 痕が残るだろうと言われた。科学的な医療技術が進歩しようと、魔法医療が残っていようと、傷が残るものは残る。それはいい。仕方がない。そう割り切ることができる。だが。


「……ウィル」


 親を亡くしてから、育ててくれた兄を亡くした。リリアンを必要以上にかまってくるのでうっとおしく感じることもあったが、大切な家族だ。大好きな兄だ。これまでも、これからも。そのはずだった。

 リリアンは精神干渉魔法の使い手だ。この暗鬱とした気分で外に出れば、周囲に伝染してしまうかもしれない。実際、リリアンがパニック症状を起こした時は、それが周囲にも広がってちょっとした混乱になったそうだ。初めにリリアンに鎮静剤を打った船医の判断は正しかった。

 リリアンはベッドから降りると、カーディガンを羽織って部屋から出た。甲板の人が多いところに出なくても、居住区の端まで行けば小窓がある。そこから外を眺めよう。


「……お前、何してるんだ?」

「それはこちらのセリフだ」


 リリアンと同じことを考えていたらしいセオドールが、そこにいた。気の箱に腰かけて外を眺めている。

「座るか?」

 そう言ってセオドールは松葉づえを手に取って立ち上がろうとする。リリアンは手をあげて言った。

「いい。座っていろ、重症患者」

「……相変わらず可愛くないな」

 そう言いながらもセオドールはおとなしく座ったので、やはり立ち上がるのがつらかったのだろう。リリアンは彼の側の壁に背中を預ける。


 海賊船……リリアンが見たところ、帝国の海軍であるが、それが置き土産とした火炎砲による火災に巻き込まれたセオドールは左半身にやけどを負った。幸い、重症やけどとはならなかったらしいが、こちらも痕が残るし、さらに皮膚が引きつって動きにくいらしい。今、彼の体はほとんど包帯でおおわれているし、顔の方も左目がおおわれていた。こちらも傷が残り、左目の視力が大きく落ちるだろうという話だ。こうして歩き回っているが、重症患者なのである。

「だいたい、お前もそこそこ重症だろう」

「腹部の怪我とパニック症状だけだ」

「貧血もあるだろう」

 リリアンはむっとしてセオドールを見た。セオドールも、右顔だけでむっとした表情を作る。だが、それも長くは続かなかった。


「……悪かった」


 突然のセオドールの謝罪に、リリアンは怪訝な表情を浮かべる。

「何に対する謝罪だ。私はお前に謝られる覚えなどないが……」

「本当にかわいくない……いや、何に対してだろうな……」

「兄さんが死んだことに対する謝罪なら不要だ。お前のせいではない」

「……そう思うか?」

 意地悪な聞き方だ、と思った。あの時、ウィルの一番近くにいたのはセオドールで、ウィルは亡くなり、セオドールは生きていた。ウィルの死因は焼死や窒息死ではなく、頭を強くぶつけたことが原因だ。火にまかれなかったのは爆発でとばされたからだと考えられる。

 同じく爆風を受けたセオドールは火にまかれ、生きてはいたがやけどを負った。日常生活には影響はないらしいが、その整った顔の左半分は今や無残な姿である。

「……私になじられたいの?」

「……そうなのかもしれない」

 セオドールは、誰かに責められたいのかもしれない。ウィルが死んで、自分が生き残ってしまったその罪悪感。よくわかった。リリアンも、アレックを殺したのに自分が生きている。それがどうしようもなく重たかった。


 アレックを撃ったリリアンを、誰も責めなかった。そうしなければリリアンが死んでいたことを誰もがわかっていたし、それこそ、内戦中にはよくあったことだ。

 だが、『よくあること』で済ませるには、リリアンとアレックは仲が良すぎたし、ウィルとセオドールも近すぎた。


 誰にも責められないのはつらい。何もかも自分の中に押し込めて、何もなかったかのように振る舞わなければならない。これはなかなかきついものがある。

 リリアンは右手を伸ばして、セオドールの襟首をつかみあげた。セオドールが驚いた顔をする。自分で言ったのに。

「そう思っているのが自分だけだと思うな。ウィルが死んだのはお前のせいではない。……アレックを殺したのも、そうするしかなかった……」

「リリアン?」

 セオドールがぎょっとした。リリアンも自分の頬に涙が流れているのを自覚した。そのまま額をセオドールの肩に押し付ける。

「……お前のせいだよ、ウィルが死んだのは……私が殺したんだ、アレックは……」

「そう、だな……」

 ためらうように揺れながら、セオドールの手がリリアンの肩に回った。耳元で聞こえるかすかなすすり声に、リリアンは、セオドールも泣いていることを知った。
















 天気の良い日だった。春になってまだ間もないためか、日陰に入ると肌寒さを感じる。だが、太陽の下は暑かった。


「来ていたのか。日傘でもささないと日焼けするぞ」


 その憎まれ口に、リリアンは振り返った。予想通り、そこにいたのはセオドールだった。黄色と白の花束を持ち、心もち左足を引きずるようにゆっくり近づいてくる。二年前負った傷は、彼に後遺症を残した。

「余計なお世話だ」

「相変わらず可愛くないな」

 セオドールはそう言いながらリリアンの隣まで来て、足元……その墓標を見下ろした。セオドールはやはりゆっくりとした動きでしゃがみ、墓標に持ってきた花束をささげた。リリアンはあおられたロングコートを押さえた。

「……もう二年も経つのか」

「そうだな……」

 二年前、ブルターニュがあらぬ冤罪をかけられて追い詰められる事態が起こった。女王アーサーが自らその冤罪の首謀者と思われる帝国は第三皇子の元に向かった。


 その際に同行し、犠牲になったのがリリアンの兄ウィルと、この墓標の主アレックだった。リリアンはセオドールの手を取って彼が立ち上がるのを手伝う。その際に見えた彼の顔の左側は、やけどの痕が残って皮膚が引きつっていた。

 怪我をしたからだとは思わないが、この二年でセオドールの性格はだいぶおとなしくなった。あからさまに根暗になった、といってもいい。

 セオドールだけではない。この二年でいろんなことが変化した。リリアンの所属先も変わった。今日は、兄とアレックの墓参りだ。二人の命日は正確には別々の日だが、三日も開かないので同じ日に墓に参っていた。二人の命日にきっちり来られるほど、彼女は暇ではなかった。

「……聞きたいことがあるんだが」

「何?」

 聞きづらそうにセオドールは口ごもる。リリアンは彼を支えたまま横目で見上げる。


「お前、アレックが好きだったんだよな」

「そうだな」


 即答した。セオドールが少しショックを受けたような表情になった。自分で聞いたくせに、とリリアンは少しおかしくなる。

「……正直、今となってはよくわからない。それが友愛だったのか、親愛だったのか、それとも」


 恋愛感情だったのか。


「今となってはもう、確かめようがないな」

 アレックは死んでしまった。リリアンがこの手で引き金を引いたのだ。忘れることはできない。これからもきっと。

「……私ではだめか?」

「は?」

 リリアンがセオドールの方を見る。残念ながら、見上げるまではいかない。セオドールが小さいわけではなく、リリアンが長身すぎるのだ。なので、リリアンの顔のほぼ真横にセオドールの顔があった。その表情は真剣で、冗談を言っているようには見えなかった。

「……どういうこと?」

 さすがに「は?」だけではどうかと思ったので、リリアンはそう付け加えた。セオドールはリリアンを横目でちらりと見る。


「……つまり、私と一緒に……結婚を前提に付き合ってはもらえないかということだ」


 リリアンは今、驚いた表情をしていると思う。それから。

「ふはっ。ははははっ!」

「なんだ! こっちは真剣なんだ!!」

 墓の前で笑い転げるリリアンに、セオドールは怒鳴った。確かに、決死の告白を笑われたら怒りたくもなる。続いてすねるような顔をした彼を、リリアンは小突いた。

「それ、せめて墓場じゃないところで言うべきだろう」

「うるさいな。それで、どうなんだ」

 せかすようなセオドールの言葉に、リリアンは彼の腕を支えたまま言った。

「そうだな……とりあえず、墓参り用ではなく、私にも花を送ってみるというのはどうだろうか」

「まだ求婚まではいってないと思うんだが……」

 そう言いながらも、セオドールはリリアンに花束を贈るのだろう。そしてきっと、リリアンはそれを受け取るのだ。


 残されたのは、消えることのない悲しみと些細な幸せ。この幸せを大切にしていくのだろう。きっと、これからも。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


本編はこれにて完結です。おつきあいくださった皆様、ありがとうございました。

一応、内戦編とか番外編とか考えていますが、用意中なので一週間くらい間が空くかと……。

一週間後、またお会いできると嬉しいです。


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