episode:04-18
戦闘力は心もとないが、足場を自分で作れるのである意味甲板よりましだ。リリアンは襲ってきたヴァルプルギスを斬りつける。浅かった。もともと腕力のないリリアンである。空中戦と言う体勢が不安定な場所で、余計に力が入らないのだ。加えて彼女が持っている剣はアレックのもので、彼女には少し重かった。
とりあえず、ブルターニュに戻ったら剣術の訓練もまともに受けようと思った。兄にでも付き合ってもらおう。
そのためにはまずここを生きて脱しなければならない。戦艦を確認すると、だいぶ先に進んでいた。離れすぎる前に戻らなければ。帰り道がわからなくなってしまう。
しかし、どうやら飛べるヴァルプルギス二体を引き付けることには成功したらしい。砲撃音がまた聞こえることから、海賊船との戦いも続いているようだが、おそらく、戦艦の足の速さなら逃げ切れる。
「せいっ」
前にいるヴァルプルギスを斬りつけると、リリアンは振り返って動きの速い方を狙う。当たらない。さらに先ほど斬りつけたヴァルプルギスから攻撃を食らった。背中を強打され、息が詰まる。魔法が途切れそうになったが、気力で耐えた。
何とか二体の攻撃を潜り抜け、リリアンは一度距離をとる。まず、どちらかを倒す。両方同時に相手をするのは難しい。
だが、一方にかまけているともう一方に攻撃される。リリアンの戦闘力では対応できない。
とりあえず、動きが鈍い方を先に片づけるべく、剣を横に一閃し、さらに蹴りつける。続いて迫ってきた速い方に振り向きざまに剣を突き立てる。あちらの方から勢いをつけて迫ってきてくれるのだ。軌道さえわかれば、リリアンは剣を構えているだけでいい。
うまい具合に片腕を斬り落とした。バランスを崩したヴァルプルギスはそのまま落下していく。海面にたたきつけられたとしても、ヴァルプルギスの丈夫さなら生きているだろうが、しばらくは時間が稼げる。
こちらもできれば早急に倒してしまいたい。一瞬で考えをまとめたリリアンは、足元の力場を強く蹴った。残っているヴァルプルギスに迫る。一発目は外したが、続いて繰り出した一撃は当たった。その刃はヴァルプルギスの硬い肌に挟まれた。抜けないことはないが、捕らえられたのならそれでいい。リリアンは左手を剣から離すと、コートの内側からナイフを取り出した。護身用にしかならないレベルの小さなものだが、対ヴァルプルギス用の魔法精製で作られている。気休めの品がこんなところで役に立つとは、リリアンはそれをヴァルプルギスの首の位置に突き刺した。渾身の力でナイフを突き立てる。
「……やっぱり、ちゃんと訓練は受けるべきだな……」
反応がなくなったヴァルプルギスから手を放し、剣だけ回収してナイフはヴァルプルギスと共に海に落とした。もう一体、腕を斬り落とした方が上がってこなければたぶんこのまま逃げ切れる。
リリアンは太陽の方角と時間を確認、さらにあまり得意ではない知覚魔法を使って軍艦がどこにいるかを探った。
おそらく、精神感応魔法を使えば、兄であるウィルにはつながるだろう。しかし、リリアンのテレパシーは双方向ではなく、送信しかできない。何が言いたいかというと、情報がリリアンの方に入ってこないので、結局、ウィルがいる場所がどこか、漠然としかわからないのだ。
とりあえずの方角と距離を確認したリリアンは、力場を蹴った。と、その瞬間、体に衝撃が走った。
「なんだ!?」
空中で体勢を立て直し、海面に近づいたところで力場を作り、両足で着地する。海面が魔法波動を受けて波打った。
片腕のないヴァルプルギスだ。動きが速すぎて捕らえきれない。
ヴァルプルギスの学習能力は高い。同じ方法は二度も通用しないだろう。とにかくヴァルプルギスの攻撃をよけていたリリアンだが、ついに攻撃を食らって力場を作る前に海に落ちた。幸い、あまり高いところからではなかったので落ちた衝撃は大したことはなかったが、ぶつかってきたヴァルプルギスにえぐられたわき腹の傷が塩水につかって激しく痛んだ。
何とか海面に顔を出す。剣は持っている。空中より安定しないが水の中で魔法を使い、海の上に上がった。服が水を吸って重い。とりあえずコートは脱ぐことにした。
「い……っ」
えぐられた右わき腹がいたい。見ると、海に落ちてなお服に血のシミが広がっていた。一応治癒魔法をかけるが、何故かリリアンの治癒魔法は自分に聞きにくかった。何とか出血を止める。
「ヴァルプルギスは……」
あたりを見渡す。そして、はっとした。
もしかして、軍艦を追って行った?
だとしたらまずい。あのヴァルプルギスの速さでつっこまれでもしたら、軍艦もひとたまりもないだろう。リリアンは重い体を軍艦が進んでいると思しき方向に向けた。
リリアンと軍艦は、さほど離れていなかった。二十分ほどでたどり着いたリリアンは、魔力をだいぶ消費していたけど。ちょうど軍艦にとりつこうとしていたヴァルプルギスを背後から切り捨てた。倒し切れなかった。空中で一回転してブリッジの裏側にあたるキャットウォークに一旦着地した。波で軍艦が揺れる。
ちらっと確認すると、甲板が燃え上がっていた。みんなは無事だろうか。だが、倒し損ねたヴァルプルギスが先だ。どうやら海賊船は振り切ったようで、みんな鎮火作業にいそしんでいる。
キャットウォークの手すりを蹴った。離れて行ったヴァルプルギスを追う。早いので追いつけないかもしれない。だが、ここまで来たらとどめを刺してしまいたい。また追われるのはごめんだ。
わき腹が痛む。人間、やる気になれば結構できるものだ。リリアンはヴァルプルギスの背に足をついた。そのまま剣を首に突き刺す。落下していくヴァルプルギスと、それに刺さった剣をリリアンは顔をゆがめて見つめていた。リリアンは身をひるがえすと、軍艦の甲板に足をついた。足をついた瞬間、傷が痛んだ。
「リリアン!」
駆け寄ってきたのはアーサーだ。後から気づいたのだが、すでにブルターニュの領海内に入っていたため、海賊船は撤退していったらしい。その置き土産が火炎放射であったらしい。
ブルターニュの領海に入って撤退していったということは、海賊と言うより、海賊に扮したどこかの国軍で会った可能性が高い。しかし、そこをつつく余裕はさすがになかった。
「良かった。無事だったか」
「何とかな……。こちらは?」
船の状況を尋ねる。アーサーは言いづらそうに言った。
「ヴァルプルギスは倒したんだが、海賊船(仮)が最後に火炎砲を撃ちこんできて……ウィルと、セオの行方が分からない。たぶん、火事に巻き込まれたんじゃないかと……」
アーサーのセリフを最後まで聞かず、リリアンは火が上がっていたあたりを目指した。軍艦が順調に航行しているということは、機関系は無事だったのだろう。
「いっつ……っ」
数歩もいかないうちにリリアンは腹部の激痛に膝をついた。大丈夫か、とアーサーがリリアンの肩を支える。
「大丈夫」
アーサーの助けを断り、リリアンは自力で立ち上がった。ちょうど、火が上がっていたあたりから人が運び出されていく。リリアンは一番近くにいたエイミーに声をかける。マティアスとクライドは救出、復旧作業を手伝っているらしい。
「今のは?」
「リリアン? あっと……今のはセオだよ。ひどいやけどだけど、命に別状はないだろうって」
とりあえずホッとするところなのだろう。無事らしいセオドールのことは一旦忘れて、兄のことである。
「こっちだ!」
男の声だ。リリアンとエイミー、アーサーもそちらに足を向ける。軍艦の壁に寄りかかるようにして頭から血を流した男を見て悲鳴をあげたのはリリアンだった。
「兄さんっ!」
血が淡い茶色の髪を赤く染めていた。うっすら開かれたまぶたの奥の深い緑の瞳はうつろで、何も映していなかった。真顔でいると怖いと言われるその顔に、人懐っこい笑顔が浮かぶことは、もうないのだ。うっとおしいほど構ってくれるその手が、リリアンの頭を撫でることは、もうないのだ。
「リリアン!」
「お、落ち着いて!」
半狂乱のリリアンをアーサーとエイミーが力ずくで留める。
「彼女をこちらに! 鎮静剤を打ちます」
物言わぬ死体よりも目の前のパニックを起こしたリリアンを相手することにしたらしい船医がリリアンに鎮静剤を打った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
次回、最終話。
番外編も制作中ですが、本編が完結したらしばらく連載ストップします。
現実世界的な問題で……。




