episode:04-17
不意に外が騒がしくなり、リリアンは顔をあげた。いつの間にか眠っていたらしく、彼女はベッドに横になっていた。おそらく、一緒にいたはずのウィルが寝かせてくれたのだろう。
リリアンが起き上がりジャケットを羽織ったところで部屋の扉が開いた。入ってきたのはウィルだ。さすがに兄とはいえ、妹の部屋に無断で入ったりはしないものだが、たぶん、今はリリアンが寝ていると思ったのだろう。
「起きていたか。よかった。すまんがリリアン、手を貸してくれ。ヴァルプルギスだ」
それを聞いた瞬間、リリアンは対ヴァルプルギス用の武器として置いてあった弓矢を手に取る。そのままウィルに続いて駆け出した。
「数は?」
「今のところは三体。二体は空を飛んでいてな……もう一体は甲板だ。こちらはもう倒しているかもしれん」
ここは動く船の上だ。それだけでも戦いにくいのに、さらにめったに見ない空を飛ぶヴァルプルギスが二体。最大戦力であるアレックを失ったリリアンたちには難しい戦いになる。
アレック……。失った彼の存在は大きい。失ったというよりも、リリアンが失わせたのだが。
彼女が、彼をその手で撃ち殺した。自分が襲われていた。アーサーたちがたどりつく前に、リリアンが殺されていたかもしれない。言い訳はいくらでもできるが、それは文字通り言い訳にしかならない。リリアンは自分のエゴのためにアレックを撃った。
撃ちたくなかった。リリアンが反撃に転じれば、『調整』を受けて敵対者となったアレックは、全力でリリアンを殺しに来るだろうわかっていた。それでも、撃ちたくなかった。彼女が助かる方法が、あれしかなかったのだとしても。
かつてリリアンは彼に言ったことがある。自分がアーサーに害をなすようなことがあれば、殺せと。その言葉が、リリアン自身にそのまま跳ね返ってきたのだ。残酷な願いをしたリリアンに、その残酷な願いは返ってきた。
リリアンが彼に頼んだ。だから、リリアンがやらなければならないと思ったのだ。あのままでは二人とも死んでいた可能性の方が高いから、あれでよかったのだと思おうとしても、アレックの死はリリアンの心に大きな傷を残した。
さすがのリリアンもすぐには立ち直れず、この船旅の間ずっと沈んでいるはずであったが、そうはいかないらしい。ヴァルプルギスの出現を聞いて、いやがおうにもリリアンの意識はそちらに向けられることになった。
甲板に出る直前、艦体が大きくゆれた。狭い通路の壁にぶつかりそうになったリリアンをウィルが抱き留める。
「なんだ?」
「砲撃を受けたような揺れだな……急ごう」
ウィルが揺れる艦内をリリアンの手を引っ張りながら進む。階段を上り、甲板に出た。
「ウィル! リリアン!」
心底ほっとした顔をしたセオドールが駆け寄ってきた。討伐師である彼は、剣を片手に戦っていたようだ。どこかに打ち付けたのか、左腕を少しかばっているように見えた。
「どうした? さっき、揺れたよな」
「……遠目なんだが、海賊船が……」
「砲撃してきたのか」
ウィルが納得してセオドールが示す方向を見る。また砲撃があって艦体が揺れた。再びバランスを崩したリリアンを受け止めたのは、今度はセオドールだった。
「ありがとう」
「……いや」
兄は身内なので言わなかったが、セオドールには一応礼を言っておく。彼も大分丸くなったなぁと思う。まあ、リリアンが根性をたたき折ったのだけど。
「あ~、確かに海賊船っぽいな。あんな距離からあたんねぇのに。馬鹿じゃねぇの」
ウィルが容赦なく言った。こういうところ、似てるよね、と言ったのは誰だったか。アーサーだったか。
「海賊船は艦長たちに任せとけ。俺たちはヴァルプルギスだ。倒せたか?」
「……すみません」
セオドールがうなだれて言った。いや、これはセオドールのせいではないだろう。リリアンは「全然当たらねぇ!」と叫んでいるマティアスに声をかけた。
「マティ! お前とエイミーは甲板にいるヴァルプルギスを倒せ! アーサーはクライドさんと一緒にさがる! 空の上のやつは私たちで引き受ける!」
「良かったぁ! マティさーん!」
ヴァルプルギス二体をエイミー、アーサーで相手していた。リリアンが聞いたときは、浮かんでいるやつ二体と飛べないやつ一体と聞いたのだが、いつの間にか一体増えている。
ここぞとばかりにクライドがアーサーを連れてさがる。クライドは討伐師ではないし、アーサーは討伐師だが女王だ。どちらも下がるべき人間である。最も、クライドは何の力もない割にヴァルプルギス相手に善戦しているのだが。相変わらず人間をやめたような強さである。
リリアン、ウィル、セオドールの三人で空中の二体を引き受けることにしたが、軍艦近くを低く飛んできて攻撃を加える奴と離れたところから遠隔攻撃(物理)をしてくるやつがいる。たぶん、海水で作られた水の弾丸と思われる。あたると痛い。
リリアンは弓に矢をつがえ、引き絞る。離れたところにいるヴァルプルギスを狙ったのだ。だが、避けられた。
「ちっ。遠すぎ……」
「リリアン、キャラ崩れてるぞ……」
セオドールからツッコミが入った。ウィルが二人の頭を上から押さえつける。ちょうど、もう一体の飛ぶヴァルプルギスがこちらを狙って来たのだ。
「くっそ、捕まえられねぇ」
「こ……」
セオドールが何か言おうとして、口をつぐんだ。たぶん、「こんな時、アレックがいてくれたらいいのに」とでも言おうとしたのだろう。そして、リリアンが側にいることを思い出して黙ったのだ。そんな場合ではないが、リリアンは気を使われているなぁとしみじみした。
一応、リリアンは高速で移動するヴァルプルギスを弓で狙ってみた。その瞬間、艦体が揺れる。駄目だ、足場が悪すぎる。ここにきてリリアンは決断した。
「剣を貸してくれ」
「は? 予備はないぞ」
セオドールが怪訝な顔をする。対ヴァルプルギス用の武器は持ってきているが、もともと高価で希少価値の高いそれは、人数分しか用意されていない。そして、もともと後方支援要員であるリリアンの分の剣は用意されていなかった。まさか、アーサーのものをぶんどるわけにもいかない。一応、彼女も身を護るものが必要だ。
だから、リリアンは言った。
「アレックのものがあるだろう」
「……」
セオドールが微妙な表情になった。さしものリリアンも彼に向かって笑ってしまった。
「気にしすぎだ、セオ」
「……お前の本心がわからん」
わからないだろうな、とふてくされたような表情のセオドールを見てリリアンも思う。彼女自身にもわからないのだから。
リリアンはアレック用に持ち込まれた剣を手に取った。彼が使っていた剣は、リリアンが普段使っているものよりも重い。だが、何とかなるだろう。
「何をするんだ?」
「空中戦」
簡潔に答えたリリアンの腕を、ウィルがつかんだ。
「いいかリリアン。無理はするな。……本当は俺ができればいいんだが……」
「仕方がない。この場で、空中戦ができるのは私だけなのだから」
さすがに、今回の派遣人員に空中戦は考慮していなかった。そもそも、空中戦のできる討伐師はブルターニュ国内でも両手の指の数にも満たないのだ。リリアンはその中の数少ない一人だが、何分、戦闘力が心もとない。
「無事に帰ってこいよ」
「無論、そのつもりだ」
「よし。では行って来い!」
ウィルが強くリリアンの背中をたたくので、彼女はむせた。数度咳き込み、彼女は足元に魔法陣を展開すると空中に飛び上がった。足元に魔法で力場を作り、停滞する。飛んでいるわけではないので、足元の力場が崩れればすぐに落下してしまう。ちなみに、リリアンは泳げない。
落ちたら戻れないな、と思った。そもそも、この位置から落下したら海面にたたきつけられて死んでしまうと思うが。とりあえず、そのあたりは考えないことにしてリリアンは迫りくるヴァルプルギスに集中した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
順調にフラグを積み上げております。
誤字が多すぎて絶望しました。




