episode:04-16
ウィルと共に帝国離宮に駆け付けたセオドールが見たのは、とても不可解な現場だった。アーサーと、彼女に抱きしめられたリリアン。そのそばに立つクライドとエイミー。そして、四人の側にはアレックが倒れていた。
「おいおいおいおい」
セオドールが不可解だと感じたその状況に、ウィルはすぐに察しを付けたらしい。すぐさま彼女らに駆け寄り、しゃがみ込むとアレックの脈をとった。それから尋ねる。
「リリアンか?」
アーサーがこくりとうなずいた。少し遅れてアレックの側に来たセオドールにも、彼がすでにこと切れているのはわかった。息をのむが、理解が追い付かない。
何だ、どういう状況だ? おそらく、リリアンがアレックを撃ったのだろう。なぜそうなった。意味が分からない。リリアンとアレックの間には、他人が入り込めないような絆を感じられたのに。
もうすぐ、アーサーやウィル、リリアンが協力して仕掛けた作戦が発動する。この状況で。暗い空気の漂うこの場所に不釣り合いな明るい声が響いた。
「いやあ、素晴らしい! その合理的な判断力」
フリードリヒだった。場違いかつ空気を読まないその発言は、状況が理解しきれていないセオドールも腹が立った。
「あなたは……!」
声を荒げたアーサーだが、彼女に抱きしめられていたはずのリリアンが立ち上がり、フリードリヒを締め上げた。
「満足か。私にアレックを殺させて満足か」
決して、声は大きくない。もともとリリアンは、本気で怒った時は静かに怒るタイプであるし、ここまで感情もあらわに『本気で怒っている』ことを主張することは少ない。というか、セオドールは初めて見た。ちょっと及び腰になる。
「何を怒っているのかな。君は強化魔導師である男を害が及ぶ前に殺しただけだろう? 殺さないこともできたはずなのに、殺したのは君だ。最も、彼を殺していなければ死んでいたのは君だろうけどね」
挑発するような言葉に、リリアンがぐっと拳を握った。セオドールは、彼女はフリードリヒを殴るかと思ったが、そこは動揺していようが怒っていようがリリアンだった。拳を振りぬくようなことはなかった。
「本当に、あなたを見ているとイライラする。自分を見ているみたいだ。同士討ちをさせようなんて趣味が悪い。あなたなんて仲間に後ろから刺されて朽ち果てろ!」
かなり陰険な呪詛の言葉だった。精神干渉魔法を持つリリアンに言われると本当になりそうで怖い。というか、実際、リリアンは……というか、リリアンたちはそのような計画を立てて実行していた。そろそろその作戦が発動するはずだ。
さすがにまずいと思ったのか、ウィルがフリードリヒからリリアンを引き離す。セオドールもリリアンをかばうように少し前に出た。出たくなかったけど。
「ふむ。面白い人間に出会えたと思ったのだが、案外彼女も俗物だということか」
こいつ何が言いたいんだろうか。セオドールは半眼になりフリードリヒを眺めた。そんなフリードリヒの元に急使がやってくる。
「フリードリヒ殿下っ」
「どうした」
息せき切って駆けつけた官僚に、フリードリヒは尋ねる。帝国風の装飾過多な官服を着た官僚はセオドールたちがいる前だというのにはばからずに叫ぶように言った。
「大変です! 第一皇子と第二皇子が手を組み、周辺諸国と同盟を結ぶつもりのようです!」
「なんだと?」
さすがに反目し合っていた兄二人が手を組んだと聞き、フリードリヒが怪訝な表情になった。気持ちはわかる。セオドールも良く手を組む気になったな、という感じだ。
「さらに通商権についての話も、もうまとまりかけているとか……」
「……なるほど」
フリードリヒがウィルに押しとどめられているリリアンを見た。
「そう言うことか……」
本人の突破が無理ならば、外堀から埋めていく。確かに、リリアンが考えたものではあるが、彼女だけではなくウィルやアーサー、さらにはセオドールまで巻き込んで決めたものだ。まあ、正確にはリリアンは話し合いに参加してなかったけど。
魔法が発動したのだ。端的な話し合いしかしなかったが、考えていることは同じであったらしい。つまり、第三皇子フリードリヒが攻略できないため、敵対する第一皇子、第二皇子に手を組ませ、一対二で対抗させた。裏でリリアンが糸を引いているとはいえ、これだけ見事に作戦が成功するということは、兄二人も母親の違う弟を疎ましく思っていたのだろう。
大概、三つ巴の場合はそのうち二人が手を組めば、もう一方は負ける。単純なことだが、これを利用した。カーライルの兄妹は言ってのけた。
「ブルターニュの危機が去れば、帝国のことなどどうなろうと知ったことではない」
妹の方は、「自業自得だ」という言葉まで付け加えた。基本的に兄より妹の方が容赦がない。そう遠くないうちに帝国の強権は崩壊しただろうというのが二人の意見だ。正直、帝国で暮らしたことのあるセオドールもその片鱗を眼にしていたので、反論できなかった。
とにかく、野心のあるフリードリヒはこれを無視できないはずだ。ブルターニュに侵略しようなどという場合ではなくなる。ブルターニュは彼の兄を支援する心づもりなので、敵対することには変わりないが、まず、国内を何とかしなければ穏健な外交も過激な外交も不可能である。
なんと言えばいいのだろう。試合に勝ったが勝負に負けたといった感じだ。当初の目的は果たしたが、大切な仲間を、アレックを失った。その傷は、大きい。
経過を見るためにしばらく帝国には滞在する予定だが、外交官も解放され、目的を果たしたセオドールたちは近いうちに帰国する。そして、荒れるであろう帝国に対する備えをしなければならない。
無事に緊張状態を脱したブルターニュは、継続して帝国に外交官、大使を置き、帰路につくことになった。そもそも、国外との交渉は外交官の役目であり、アーサーが出てきたのはイレギュラーなことなのだ。終わってしまえばあっけない。
フリードリヒがブルターニュばかりにかまけている場合ではなくなったのが大きいが、彼の兄二人がフリードリヒに対抗するためにブルターニュと手を組もうとしているのもある。後手に回ることになったフリードリヒは、各種対応に追われているようである。
さらに、フリードリヒが戦争を起こそうと準備を進めていることが発覚。その対象がどこであるかなどは明かされていない。その方が、弾劾する側にとって都合がよいのだ。例えブルターニュを討つための準備だったとしても、自分たちを討つためだと兄たちはそう言えばいい。フリードリヒもまさか『ブルターニュに攻め込もうとしていました』などと言えない。なので、兄ふたりに対して戦争を起こそうとしているのだ、という噂を否定できなかった。
騒がしくなってきた帝国にいつまでもいる必要はない。アーサーたち一行は軍艦に乗り込んだ。帰りは、海路で帰ることになる。その方が早いし、こっそり行く必要がない以上、軍艦のほうが安全だ。
行きは陸路で来たアーサー、クライド、リリアン、エイミーの四人も乗艦することになる。……そして、遺体に不敗処理魔法がかけられ、棺に納められたアレックの遺体も。最初から最後まで軍艦に居残り組だったマティアスは、アレックの遺体を実際に見て衝撃を受けたようだった。いや、それはそうだ。ずっと蚊帳の外で長い付き合いの仲間が知らない間に死んでいたら、そうなる。
往路は緊張したが、復路はどんよりした空気が漂っている。中でも、結果的にアレックを撃つことになったリリアンの精神状態が深刻である。今のところ、ウィルがついているので大丈夫だとは思うが……思うが……。
海に出て丸一日以上。その日は、よく晴れていた。何となく中にいると気が滅入ってくるので、外に出ていた。アーサーやエイミーも甲板から海を眺めているが何も言わない。いや、エイミーは船酔いしていて、アーサーはそれに付き合っているみたいだけど。そこだけ日常的に見えて、セオドールはちょっと落ち着いたエイミーには悪いが。
ふと、影が差した。大きな雲でもかかったのかと空を見上げる。そして、目を見開いた。
「……ヴァルプルギス」
つぶやいたのは、自分か、アーサーか。とにかく、セオドールは空を飛ぶヴァルプルギスに初めて遭遇したのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
作者が展開が辛いので進みが早い。




