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What Remain  作者: 雲居瑞香
本編
17/66

episode:02-4









 アレックとクライドに操られていると思しき人間の男を任せたリリアンたちは、現場から離れるべく走っていた。先導はウィル、しんがりがエイミーだ。リリアンはアーサーの隣に並ぶ。曲がりくねる道を抜け、瓦礫を乗り越えたところで、先頭のウィルがぴたりと歩みを止めた。リリアンとアーサーが足を止め、続いてエイミーも立ち止まった。彼女が息をのむ。


「……ヴァルプルギス」


 ちょうど、人間を食らっているショッキングな場面だった。ヴァルプルギスは人間の生き肉を好むのだが、おそらく、爆発で致命傷を受けた人間だったのだろう。エイミーが口を掌で覆った。

 目が合ってしまったので、戦わずに逃げることはできない。倒してしまった方が安全だ。

「エイミー」

「りょ、了解」

 まだ経験の浅いエイミーがおっかなびっくり返事をする。リリアンはアーサーを連れてさがる。エイミーが心配だが、ウィルがいればヴァルプルギスは倒せるはずだ。


「アーサー、頼むから動かないでくれ」

「わかってるよ」


 アーサーからは了承の返事があったが、正直信用できない。彼女が何かあれば自分からつっこんでいくタイプだと、そこそこ長い付き合いのリリアンはわかっている。リリアンも自分が兄やアレックたちほど強くないことはわかっているので、自分の身を守れるアーサーは守りやすくはあるのだが。

 やはり少し腰が引けているエイミーが地面に転がった。ウィルが相対するヴァルプルギスは、リリアンたちにも目をつけているようだが、彼が巧みに剣を操り近づけさせない。

「あっ」

「なんだ?」

 突然声をあげたアーサーに、リリアンは反応して振り返った。そして見たのは、リリアンから離れていくアーサーだ。


「陛下! アーサー!」


 珍しくリリアンが焦った声を上げ、さきに駆けだしたアーサーを追った。その背中に「おいぃぃっ」というウィルの声がかぶさる。だが、リリアンも止まるわけにはいかない。


「アーサー!」


 リリアンはアーサーの名を叫びながら、彼女を追う。追いつくと、彼女は腕に子供を抱えていた。アーサーの魔法がヴァルプルギスをかろうじて弾き飛ばす。彼女もパラディンであるが、そこまで力は強くない。

 リリアンは右手で剣を引き抜きながら、左手を伸ばした。編み上げられた魔法がヴァルプルギスに攻撃を加える。ウィルが戦っているタイプと似たようなヴァルプルギスだった。硬そう。アーサーが子供を抱えたまま立ちあがる。

「リリアン!」

「わかっている。さがれ」

 アーサーとリリアンがいるのなら、リリアンがやるしかない。背後に目をやると、泣いている子供が眼に入った。十歳にならないくらいだろうか。明るい茶髪の子供が泣きじゃくっている。

 と、不意に頭の中で別の泣き声が聞こえた。やはり子供の声だが、この子の声ではない。


「リリアン!」


 アーサーに呼ばれてはっとする。ヴァルプルギスが咢を開いていた。リリアンは剣を振るう。振り下ろした剣が、ヴァルプルギスを捕らえた。


「っ!」


 リリアンの腕力は強くないので、ほぼ魔法に助けられている。魔法を使えば、リリアンでも剣で鉄を切断することはできる。まあ、剣も得意な方ではないが。

 それでも、一般のパラディン以上の実力はあるだろう。少なくとも、一人でヴァルプルギスを倒すこともできるのだから。

 リリアンの剣先はヴァルプルギスの顎を斬りつけたが、焦っていたためリリアンの腕が食われそうになった。リリアンは腕を引いて傷つけられるのは避けたが、剣の刃を牙のような歯に挟まれてしまった。リリアンは左手で魔法を編み上げるとヴァルプルギスに向けてはなった。小規模爆発が起こり、ヴァルプルギスは剣を離した。

 一度距離をとる。アーサーが背後で動く気配がしたので、振り返ると腕に抱えた子供とリリアンを見比べて逡巡しているように見えた。


「そこでその子を守っていろ」


 リリアンがはっきり告げる。ここで助けに入られても、リリアンが困る。危なっかしいのは自分でもわかるが。

 左手で拳銃を取り出したリリアンは、こちらに向かってくるヴァルプルギスに向かって続けざまに発砲した。一応対ヴァルプルギス仕様の高威力銃だが、やはり、剣などを通したほうがヴァルプルギスにダメージを与えられる。リリアンは拳銃をホルスターに戻した。

 もう一度、ヴァルプルギスと正面衝突を覚悟したが、ヴァルプルギスはリリアンの横を通り過ぎようとした。背後のアーサーたちを狙っているのだ。

 追い抜かれるのとほぼ同時にリリアンも振り返る。右手の剣が一閃し、必死だったからか今度は深くヴァルプルギスの首の後ろをえぐった。倒れ込んだヴァルプルギスに、リリアンは留めとばかりに剣を突き刺す。ヴァルプルギスは肉体構造的には人間とほぼ変わらないので、これでとどめを刺せた。と思う。


「リリアン。大丈夫か」


 アーサーが子供を抱き上げたまま駆け寄ってくる。リリアンは乱れた髪を手ぐしで直しつつ「ああ」とうなずいた。というか、十歳手前くらいの子供を抱えられるアーサーは、もしかしたらリリアンより腕力があるかもしれない。

「一瞬ひやっとしたぞ」

 アーサーが肩をすくめて言った。リリアンは「それはすまない」と口にする。

「それ、絶対にすまないって思ってないだろう」

 すねたようにアーサーが唇を尖らせる。みんな、こんな陛下が好きなのだろうなぁとリリアンが考えた時、「いたっ」と聞き覚えのある声が上がった。


「陛下! リリアン! ってその子誰?」


 エイミーだ。リリアンたちを探しに来たらしい。嬉しそうな声をあげた彼女だが、アーサーの手の中にいる子供を見て声をあげた。アーサーがごまかすように笑う。

「ウィルは?」

「私にリリアンたちを探して来いって」

「そうか」

 まあ、ウィルなら問題ないだろう。リリアンはそう考え、とりあえず放っておくことにした。

「とりあえず、しばらく待とう。私たちだけで移動するのはリスクが高い」

 リリアンがそう言うと、エイミーは「了解」とうなずいた。アーサーは腕の中の子供に目を落とす。

「この子……どうしよう」

「かばったのはアーサーだろう」

「え、リリアン、陛下を名前呼び……」

 エイミーのつぶやきはスルーされ、アーサーが腕の中の子供に尋ねた。


「お嬢さん。お名前、言える?」


 アーサーの問いかけを聞いて、リリアンは首を傾けた。


「その子、男の子だろう」

「え?」

「確かにかわいらしい顔をしてはいるが」

「リリアンの反対バージョンってこと?」

「何か引っかかる言い方だな」


 顔を出してきたエイミーのいうセリフにリリアンが横目で見ながら言った。ちなみに、子供はまだぐずっていて名前を教えてくれない。

 と、キーン、と頭の中に直接甲高い音が響いた。脳が揺さぶられる感じ。

「何?」

「精神干渉魔法か?」

 エイミーの疑問に答える形でリリアンが頭を押さえながら言った。脳に直接働きかけるようなこの感じ、精神干渉魔法だろう。

「アーサー、大丈夫か?」

「私は平気だ。この子も……平気そうだな」

 腕の中の子を見てアーサーはそう結論づけた。もしかしたら、魔力のある子なのかもしれない。


「いやはや。美しいお嬢さんばかりのところに入るのは気が引けるな」


 若い男の声がした。リリアンがとっさにそちらに拳銃を向ける。引き金に指をかけ、いつでも撃てる体勢だ。

「はじめてお目にかかる、アーサー・フローレンス・キャメロット陛下。そして、お久しぶりだ、エリザベス・フランセス・カーライル」

 アーサーの本名はもっと長いが、リリアンの本名はさらっと言われた。アーサーもリリアンもイニシャルが同じで、それを利用することもよくある。

 だが、名を呼ばれたことよりも気になることがあった。

「……久しぶり?」

「ああ。七年ぶりになるかな?」

 リリアンは整った男の顔を見てこいつもパラディンかもしれない、と思いつつ、七年前、という言葉を頭の中で反芻する。


 七年前、リリアンの両親はカーライル領主館で殺害された。第一発見者はリリアンだった。……らしい。


 らしいと言うのは、リリアンにその時の記憶がないからだ。両親の遺体を見たショックで、記憶を失ってしまったのだろうと言うのが医師の見解だった。

 七年前と言うと身構える。もしかして、この男は両親の死を知っているのだろうか。

 そこに思い至った時、リリアンの脳内に一瞬映像が流れた。十二歳のリリアンが目撃したものとは。

「なに?」

 拳銃を持っていない方の手で頭を押さえる。自分が言葉を発したことも気づかなかった。

「リリアン、どうしたの?」

 剣を構えたまま、エイミーがリリアンを気にするように尋ねた。それでも、男から目を離さない。リリアンも拳銃を構え直した。

「すぐに思い出すさ。エリザベス」

 目の前に伏す両親の血まみれの遺体。その間にたたずむ男は、返り血を顔に付け、笑ってリリアンを見ていた。手には剣が握られていて、こちらも血で赤く染まっていた。


『ああ、ちょうどいい。君はいつか…………だろう。今見聞きしたことはすべて忘れるんだ』


 笑ったその男の顔は、今、目の前にいる男の顔とよく似ていた。

「リリアン!」

 聞きなれた声が自分の名を呼び、リリアンの思考が急速的に現実に引き戻され、いつも通り冷静に対応策をはじき出す。

「両手をあげて名を名乗れ」

 男は不敵に笑って両手を上げ、口を開いた。

「名は、名乗ったことがあるはずだ」

 しかも名乗らなかった。リリアンは両手で拳銃を構え直す。

「名乗り、この場所に現れた目的を言え。さもなくば撃つ」

 むしろ、今すぐ撃ちたいが、一応通告をしておく。だが、男は不敵に笑うだけで何も答えない。威嚇も兼ねて、リリアンは引き金を引いた。男の顔を横を弾丸が通り抜ける。


「また会おう、エリザベス」


 男が身をひるがえした。リリアンは追いかけることはせず、ただ続けざまに引き金を引いた。装填した銃弾をすべて撃ちきったころ、ウィルが追い付いてきた。

「何があった?」

「いや……なんだか不審な男が」

「というか陛下。その子誰です?」

 事情を説明しようとしたアーサーを遮り、ウィルは彼女の腕の中の子供を見て言った。リリアンは兄を振り返る。

 と、その途端、リリアンの意識は途絶えた。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


リリアンってうちなれると、エリザベスってうてない……。


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