episode:02-3
近いところで煙が上がっている。アレックはエイミーを見つけると駆け寄った。
「どうした?」
「あっ、先輩! 突然爆発が起こって……ごめん、陛下とリリアン、見失っちゃった」
ただでさえ人が多いのだ。人ごみに埋もれてしまって見つからなかったのだろう。
「大丈夫だ。クライドさんとウィルがついているし、そもそもリリアンが陛下を護るはずだからな」
魔導師であるリリアンの防御についてはかなり信頼できる。なので、落ち着いて二人を探しに行けばいい。
「行くぞ、エイミー」
「了解」
すぐにエイミーはアレックを追って駆け出した。アーサーを探す二人だが、先に発見したのはクライドとウィルだった。何しろこの二人、かなり目立つ。でかすぎだ。
「クライドさん、ウィル」
「アレックか。陛下を見たか?」
クライドに聞かれ、素直に見失ったと答えた。クライドが焦りの表情を浮かべるが、ウィルがその肩をたたく。
「落ち着け。うちの妹が一緒だ。どこかに避難してるんだろ」
「だから余計心配なんだろうが! リリアンなら命張って陛下を護るぞ」
「なるほど。急いで探そう」
ウィルが急に神妙な表情になっていった。さすがはシスコン。確かに、クライドが言うとおりリリアンはアーサーを護るためなら自分の命も投げ出すだろう。
避難誘導は軍が行っているはずだ。この状況、危機対策監室が出張るべきところだが、その主席調整官はどこにいるのか。
「ん? 何だ?」
ウィルが急にたとどまり、あたりを見渡した。
「ウィル?」
アレックが怪訝に尋ねる。ウィルは「いや……」と何となく不穏な返答。
と、今度は銃声が聞こえた。そう言えば、リリアンは今日は拳銃を持っていたか。四人そろってそちらに走る。
「リリアン!」
大声でアーサーの名を呼ぶのははばかられたので、代わりにリリアンの名を叫ぶ。すると、「騒がしい!」とさほど大きくないがよく通る声が聞こえた。確かに、四人で同時に叫んだからな。
アレックははっとする。
「エイミー!」
「りょ、了解!」
やや挙動不審になりながら、エイミーはアレックが投げた剣を受け取る。クライドとウィルは先に飛び出した。そして、煙の向こうにいたアーサーとリリアンを抱えて脱出する。ちなみに、クライドはアーサーを丁寧に抱き上げたが、ウィルはリリアンを肩に担ぎあげていた。
「……なんだ?」
アレックは目を細めた。ウィルに担ぎ上げられたリリアンが手を動かし、魔法を発動させた。何かを弾き返したのがわかった。アレックとエイミーはリリアンたちと敵の間に立つ。
「……人間?」
「ヴァルプルギスではなさそうだが」
エイミーのつぶやきに、アレックもつぶやきを返す。動きがヴァルプルギス的ではなく、人間に近い。しかし、人間にしても変な動きをしている気がするが。
「爆発自体は普通の爆発だ。ヴァルプルギスがいないとは限らないが、彼は人間だな」
ウィルの肩からおろされながらリリアンが言った。彼女が言うのならそうなのだろう。アーサーも降ろされたがクライドが彼女の肩をかばうように抱えていた。
と、目の前のリリアンが『人間だ』と言い切った男が動いた。身軽な格好で、身軽な動きだ。アレックとエイミーがともに前に出る。背後でリリアンが「射殺しようか」などと物騒なことを言っている。
「ちょ、何なのこの動き!」
エイミーが弾き飛ばされた。起き上がりながら言った言葉である。物騒なことを言ってのけたリリアンの援護射撃が入るが、全て外れた。
「外れてるじゃねーか!」
「動きが早すぎで当たらないんだ。私の射線から逃れるとはいい度胸だ」
たぶん、このカーライル兄妹のやり取り、状況がこれで無かったら笑っていると思う。リリアンはこれで大真面目だから面白いのだ。
エイミーが再び参戦しようとして来る。今は何とかアレックが『人間』の男と剣で打ち合って持っているが、エイミーが入ってくると正直邪魔である。
「エイミー! さがれ!」
「ええっ。でもっ」
アレックが一人になることを気遣ったのだろう。だが、リリアンは調整官だ。忘れてはいけない。
「サー・クライド。頼みます」
「わかった。だが、お前は陛下と、自分の身を護れよ」
「了解」
交渉成立でクライドが参戦してきた。アレックはほっとする。彼が一緒なら倒せるだろう。たぶん、殺してしまうが。
「手加減するな! 死にたくなかったら死ぬ気でやれ!」
時々、リリアンは本当に面白い。いや、だから、彼女はいつでも本気だとわかっているのだ一応。
クライドが剣を一閃させ、『人間』を退かせる。やはり、動きが人間ではないと思う。リリアンが人間だと言うのならそうなのだろうが。
「なんというか、操られている感じだな」
「ああ……」
クライドに同意し、アレックはちらっとリリアンたちがいた方を見た。すでにアーサーを連れて離脱している。あちらは四人、ウィル、リリアン、エイミー、アーサーが一緒だ。女性ばかりだが、ウィルならしっかり引率してくれるだろう。話がそれそうになったらリリアンが修正してくれるだろうし、あっちは問題ない。
「……むしろ俺達が死なずに合流できるか……」
「……縁起でもないことを言うな、アレック」
返答までちょっと間があったので、クライドも同じことを考えたのだろう。人間相手にしては、動きが変則的過ぎるし、この調子では致命傷になるほどの深手を負わせてもつっこんできそうだ。リリアンは何も言っていなかったが、これは絶対に操られていると思う。
人間相手だと思うから対応できないのか? 相手は異形ヴァルプルギスと思えば何とかなるだろうか。
アレックが剣を振り下ろせばくるりと避けてクライドと剣を交える。ならば、とアレックがその胴を狙えば足を振り上げてアレックの剣をそらし、そのままアレックを蹴り飛ばす。この辺の動きが人間らしくないのだ。
そもそも、クライドとまともに力で打ち合えるとは、どんな筋力をしているのか。そんなに力があるように見えないのに。リリアン曰く『頭がおかしい』剣術の腕を持つクライドとまともに打ち合えるのはウィルくらいのものだ。アレックでも絶対に押し負ける。リリアンではないが、生身のただの人間がヴァルプルギスと互角に戦えるのがおかしいのである。
今回はヴァルプルギスが相手ではないので、クライドにも殺傷できるはずだが、するりと逃げられてこちらの体力が先に尽きそう。
と、アレックはぴりりと肌に何かを感じた。何かまではわからないが、魔法のような気がする。リリアンが精神感応魔法を使ったとき、こんな感覚がする。誰かが精神感応魔法を使ったのか? 魔力はあっても魔法は使えないアレックにはわからなかった。クライドはそもそも魔力皆無なので気づかなかっただろう。
「アレック!」
クライドの鋭い声が飛んできた。意識を多方面に向けていたアレックは持ち前の反射神経で何とか飛んできた剣を弾き飛ばした。というか、なんで剣が飛んできたんだ。あの速度で刺さったら重症だった。
剣は刺さらなかったのだが、怪我はした。右手首が嫌な音を立てた。たぶん、折れるまではいっていないだろうが、ひねるかひびが入るかくらいはしただろう。アレックは剣を左手に持ち替えた。
「大丈夫か」
クライドがアレックの側に駆け寄ってきて尋ねた。アレックはうなずく。
「何とか。右手首を痛めたが」
「それは大丈夫と言わないんだ」
クライドがアレックの後頭部をつかんで軽く撫でた。彼も十六歳の少年アレックを知っているので、扱いがやや子ども扱いである。実力は認めてくれているからいいけど。
協力して何とかして止めなければならない。この男が、アーサーたちを追っていくかもしれない。それは避けたい。まあ、追って行ったとしても、リリアンとウィルがうまくやってくれるだろうと言う確信があるが、任されたのだ。最後までやり遂げたい。
爆発の片づけに来ただろう軍人がちらほら見えるが、こちらには近づいてこない。そして、アレックたちが戦っている男も、軍人たちに興味を示さない。軍人たちが近づいてこないのは、アレックたちの邪魔にならないようにだとわかるが、この男が軍人たちに興味を示さないのは……。
アレックとクライドを足止めしろと命じられているからか?
アレックが核心に迫りかけた時、男は突然あさっての方向を見ると、そちらに向かって駆け出した。
「待……っ」
アレックが叫び、そう言えば拳銃を持っていたと取り出して引き金を引くが、当たらなかった。代わりに、追いかけようとしたクライドに当たりそうになった。
「相変わらずだな、お前は」
「クライドさんも苦手だろう」
遠距離攻撃の苦手な二人だった。おそらく、今の距離、リリアンやウィルなら当てていた。男の姿はすっかり見えなくなっている。
「ひとまず、陛下たちと合流しよう」
「了解」
アレックは剣を鞘に納めると、クライドについて駆け出した。
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