episode:02-5
「陛下!」
叫んだのはクライドだった。操られていたと思しき男を取り逃がしたアレックとクライドは、アーサーたちを探すことにしたのだ。二人とも探査系の能力などは持っていないし、かろうじて持っていた通信機は何故か使えないし、探すのに苦労するかと思ったが、そんなこともなかった。思ったより早く見つかってよかった。
「陛下、ご無事で」
「ああ。みんなが守ってくれたからな」
と微笑むアーサーの腕には、金髪の子供が抱えられている。何だろう、この子は。
「ところで、その子は?」
「可愛いだろう? ジーンと言うんだって」
にこにことアーサーが言った。彼女が保護した子供らしい。おそらく、リリアンがめちゃくちゃ怒っただろうな、と思ったが、そのリリアンは意識がなく、兄ウィルの腕の中だ。クライドがアーサーを見ているので、アレックはリリアンの顔を覗き込んだ。
「リリアンはどうしたんだ?」
「突然気を失ったんだよなぁ。どうしたんだと思う?」
「俺が聞いている」
ふざけた様子で、しかし、心配しているのがわかる声音でウィルが言った。アレックがまじめに返すので、こんな状況なのにエイミーが笑いそうになっている。
「あー……たぶん、精神干渉魔法だと思うんですけど……」
エイミーが言った。何でも、リリアンたちと一旦ウィルは離れたらしく、先に合流したエイミーが簡単に事情を説明した。
「なんか、背の高い若い男の人が話しかけてきて、あたしとリリアンは警戒していたんですけど、逃げられてしまって……その人が七年前がどうの、とか言っていて。あ、その前から精神干渉魔法は感じてたんですけど」
「エイミーお前……説明へただな」
「余計なお世話!」
エイミーが怒ってアレックに言った。まあ、アレックも一言多い、と言われるタイプなので大目に見てほしい。
「しっかし、精神干渉魔法ったって、こいつ、耐性があるはずなんだがなぁ」
ウィルが不思議そうに言う。リリアンは自身が精神干渉魔法を使えるので、それ自体に耐性がある。まあ、完全ではないが弱い魔法は効かないはずだ。
「ん? だけど、七年前……七年前か」
「何故二回言った」
ふと思い立った顔をするウィルに、アレックは何に気付いたのか知りたくてツッコミを入れた。ウィルは「いや?」と首をかしげながら腕の中のリリアンを抱え直す。
「七年前っていやぁ、俺らの両親が死んだころだな、と思って」
「……」
アレックもエイミーも沈黙した。そんな軽い調子で言うことではない。
アレックも詳しいことは知らないのだが、聞いたところによると、ウィルとリリアンの兄妹の両親は、今から七年前に亡くなっているらしい。その時まで、ウィルとリリアンは名実ともに侯爵家の子供だった。二人の父親が前のカーライル侯爵だからだ。今は、彼らの叔父が爵位を継いでいる。
まあその辺は本人たちの問題だから置いておくことにして。リリアンのことである。そこそこ付き合いの長いアレックは、リリアンは前カーライル侯爵夫妻、つまり、リリアンとウィルの両親が死んでいるのを見つけた、第一発見者であると聞いていた。明らかに他殺であり、本人の記憶がないので何とも言えないが、殺害される現場を目撃した可能性すらある。ちなみに、リリアンが二人を殺した可能性は考慮されていない。実際、ありえないだろうし、十二歳のリリアンは当時ただの少女であったため、考えにくいとのことだった。
「ウィル。リリアンは大丈夫か?」
アーサーが子供の手を引いて駆け寄ってくる。ウィルがうなずく。
「気を失っているだけなので、大丈夫ですよ。宮殿に戻りますか」
「ああ。この子も連れて行く。母親が宮殿で働いているらしくて、留守番している間に爆発が起きたみたいだ」
どうやら、アーサーとクライドはアレックたちがリリアンを気にかけている間に、この子供、ジーンから事情を聴きだしたらしい。泣いてはいるが、これくらいの年の子にしてはしっかりしている気がする。実際にはいくつかわからないけど。背の高さから言って、七歳か、八歳くらいだろうか。しかし、このしっかり度合いからして十歳を超えていても不思議ではないと思う。
おそらく、他にも爆発に巻き込まれた子供はいるだろう。そちらは軍が対応しているだろうし、たまたまこの子はアーサーに見つけられたと言うだけだ。そして、親が宮殿にいるから連れて行くと言うのもたまたま。
「リリアンがいればすぐに親が見つかりそうなものだが」
「あ、クライド、それ言っちゃう? ここにその兄がいるんだけど」
と、ウィルが主張するので彼に視線が集まる。ウィルは腕に妹を抱えたままにかりと笑った。
「リリアンほどじゃないが、俺もそう言うのは得意だぜ」
というか、職員名簿を見ればいいだけじゃないか、というツッコミは入れない。だって、ジーンから親の名前を聞けば一気に絞り込めるし。
「それに、たぶん、この子……パラディンの力があるんじゃないかな」
きょとりとジーンがアーサーを見上げる。アーサーはにこっと笑って言った。
「よし、ジーン。お姉さんと一緒に行こう!」
これ、言ったのが女王でなかったら誘拐である。ちなみに、ウィルは子供を助けようとして本当に誘拐と間違われて通報されたことがあるらしい。こんな優しげな男でも間違われるのだ。世の中は恐ろしい。
ちなみに、その時はリリアンがウィルを保護しに行ったらしい。ウィルは一度妹に礼を言った方がいいと思った。
△
子供……ジーン・クリスティの母親は結構すぐに見つかった。宮殿勤めの侍女の一人、ドリス・クリスティの息子だった。もう一度言う。息子だった。アレックはずっと女の子だと思っていた。これでは初見でリリアンを男だと思ったセオドールを笑えない。ついでにこの子、十歳だった。
ジーンから母親の名前を聞いてルーファスに問い合わせると、すぐに返答があった。宰相室で働く侍女らしい。優秀なのだろう。
ドリスの夫は三年前の内戦で亡くなっているらしく、これでドリスが宮殿で働いている理由も、ジーンが一人で留守番していた理由もわかった。いつもはジーンは学校に行っているのだが、今日は休日だったらしい。
そうこうしているうちにリリアンも目を覚ました。眼を覚ました彼女は、「何か重要なことも思い出した気がするのに、何なのか全く思い出せない」と言った。それ以外、身体的には異常なしと出た。
診察を受けたリリアンは、そのまま危機対策監室に向かってしまった。先ほどの爆発の情報収集をしてくるそうだ。あの規模の爆発なら、どう考えても調整官が指揮を執っているはずで、ということは危機対策監室に情報が集まってきているはずだからである。
アーサーは可愛らしいジーンを気に入ったようで、彼と遊んでいる。今はリリアンの情報待ちだ。そのうちルーファスからも情報が入ってくるだろう。
「クライド、聞いてくれ! この子、頭いいぞ!」
アーサーが楽しげに言った。ちょうど、開きっぱなしの扉をノックしたリリアンが「騒がしいですね」と女王に対しても遠慮がない。彼女はセオドールを連れていた。
「なんでセオドールも一緒なんだ?」
「彼が先ほどの爆発に関する対応指揮を執っていたからだ」
兄の問いかけにリリアンは簡潔に答えた。兄に比べて冷静な彼女に、ウィルもたじたじだ。「あ、そう」とだけ答えた。
当初に比べてややおとなしくなったセオドールであるが、やはりまだ自身過剰なところがあるらしい。しかし、ちゃんと爆発に関わる騒動を鎮圧できているところから、能力はちゃんとあるのだと思われた。リリアンの教え方がいいのだろう。
「城下で起こった爆発は、火薬から作られた簡単な爆弾によるものです。検証の結果、自爆テロのようですが」
とセオドールが資料を読みあげるようにつらつらと説明する。リリアンが彼に視線を向けると、彼はびくっとした。ちょっとかわいそうな気もする。
「陛下が城下に出ていることを知って誰かが仕掛けたってことは……?」
エイミーが恐る恐る尋ねると、セオドールは彼女の方を見て言った。エイミーが顔をこわばらせる。
「そうだとしたら、城の中に情報を流したものがいることになる」
鋭い言葉にリリアンがセオドールに肘鉄を入れた。セオドールが咳き込む。というか、リリアンでもこれくらい言うだろうに。
「お前……自分のことは棚に上げて」
「教育とは自分のことは棚に上げて行うものだ」
やっぱりリリアンの方がクールだった。セオドールの顔がゆがむ。いつもなら悪態をついているところだが、女王の前なので一応自重しているらしい。セオドールは切り替えるために一度咳払いして続けた。
「陛下が城下にいることを知っての行動だったのかは、まだ調査中ですが、爆発に呼応するようにヴァルプルギスが現れています。手引きされている可能性もあるので、こちらも調査中です」
まだそれほど時間が経っていないので、調査中のことが多すぎる。
「確認されたヴァルプルギスは全部で七体。動員されたパラディンはみなさんを含めて二十三人。ヴァルプルギスはすべて討伐されましたが、パラディンにも被害者が三人出ています。ちなみに、そのうち一人は爆発に巻き込まれました」
街の被害状況は宰相に聞くのが早そうだが、やはりヴァルプルギスに関わることは、危機対策監室で管理しているのでこちらの方が早い。
というか、セオドールもだいぶましになってきたなぁと思う。
今回はたまたま現場が王都の街で、パラディンも多数いた。なので、ヴァルプルギスによる被害は少なめだが、爆発によるものはやはり、被害が大きそうだ。アーサーが連れてきたジーンとその母ドリスも、しばらく別の家に身を寄せることになるだろう。
女王が現場にいたので少し大事にはなったが、本人に怪我もなく、復旧自体は速く進み、この事件はすぐに終結した……かに思えた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
四月が終わる……だと……!?




