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What Remain  作者: 雲居瑞香
本編
15/66

episode:02-2









 アレックは少し離れたところにあるオープンテラスでおいしそうにタルトを食べているアーサーとリリアンをエイミーと共に眺めている。エイミーもせっかくだからとアフターヌーンティーのセットを注文し、スコーンにクロテッドクリームを大量に塗り付けている。パラディンは基本的に大食漢なので、太るんじゃないかというツッコミは入れない。


「楽しそうね、へい……じゃなくてあの二人」

「……フローレンスはリリアンが好きだからな」


 アレックはそう言ってミルクティーを口に含む。自分も小腹がすいたのでサンドイッチに手を伸ばした。

「リリアンが男だったら、確実にカップルね」

「それはそれでクライドが使い物にならなくなるな」

「あ、じゃあやっぱり、クライドさんって……」

「フローレンスもまんざらでもない感じだが」

 よくリリアンがツッコミを入れている。先ほどからアレックが言っている『フローレンス』はアーサーのお忍び時の呼び名である。アーサー・フローレンス・キャメロットが彼女の名だ。正式にはもっと長いらしいが、これでも正式名となるらしい。そのため、ミドルネームであるフローレンスが仮の呼び名として採用されたらしい。

 ちなみに、リリアンの方は本名で通している。リリアンも、その正式名であるエリザベスも、ブルターニュではありふれた名前だからだ。堂々と本名でお忍び中である。

「……クライドさんも過保護だけど、ウィルさんもやばいと思うのはあたしだけ?」

「……まあ、やつは重度のシスコンだな……」

 うまく隠れているが、リリアンも結構なブラコンである。彼女の素っ気なさは兄を愛するが故の行為である。しかし、それを考えてもウィルのシスコン具合は確かに「やばい」かもしれない。


 ウィルも内戦期を共に戦ったのだが、彼のシスコン具合は当時から健在だ。そして、リリアンのあしらい方も。


「ああ~、可愛いなぁ」

「確かに。切り取ってとって置きたいくらいだ……」


 ウィルもクライドも、確かにヤバイ。アレックたちが座っている席がウィルたちと近いので、たまに会話が聞こえるのである。漏れ聞こえる言葉は確かにちょっと危ない人だ。知人で無かったら通報するレベルである。

 アーサーに対し過保護なクライドにシスコンなウィルであるが、二人とも対象となる女性だけを示しているのではなく、アーサーとリリアンの組み合わせを見ての発言であり、余計たちが悪いともいえる。

「……二人を見る目が変わりそうで嫌だわ。リリアンはいい意味で変わったのに」

「まあ、二人とも傑物だから余計にな……」

 クライドは並ぶ者がないくらいの剣の腕を持ち、ウィルはさすがリリアンの兄と言えるほどの明晰な頭脳を持つ。それを知っているからこそ、余計に微妙な気持ちになるのだ。

「ちなみに、リリアンとウィルの間のもう一人は方向音痴だそうだ」

「カーライル家は何か特徴がないといけないの?」

 何ともキャラの濃いカーライル家の面々である。シスコンやら方向音痴やら天然やら。カーライル家のもう一人は今、どのあたりをほっつき歩いているのだろうか。


 人気のケーキをおいしそうに食したアーサーは、リリアンを伴ってカフェを出る。このまま本当に買い物に行くようで、ショーウィンドウを覗き込んだりしている。アーサーはやたらと楽しそうであるが、リリアンは相変わらず表情がない。

 と、不意に二人に話しかける女性がいた。


「ちょっと、お二人さん。どっちかが落としたんだと思うけど、ハンカチ」


 四十歳前後くらいの恰幅の良い女性だった。何となく、母親っぽいイメージと言えば分ってもらえるだろうか。彼女が手に持つ白いレースのハンカチは。

「あれ、どう考えてもへ、ではなく、フローレンスのじゃない?」

「ああ。リリアンの趣味ではないな」

 エイミーが『陛下』と言いかけて言い直した。セーフ、ということにしておく。そのハンカチを拾った女性は、自分の手に持ったハンカチをまじまじと見る。


「イニシャルがあるね。E・F・C……?」


 この国でイニシャルE・F・Cで真っ先に思い浮かぶのは、『アーサー(Earther)・フローレンス(Florence)・キャメロット(Camelot)』であろう。もちろん、他にも同じイニシャルの人はいるだろうし、必ずそこに思い至るとは思えないのだが、用心したほうがよいだろう。アレックとエイミーが身構えた。


「それ、私のです。ありがとう」


 しれっとそう言って女性からハンカチを受け取ったのはリリアンだ。しかも、常に見ない笑みを浮かべている。はっきり言って、あの笑顔は詐欺。女性もあっけにとられてリリアンを見た。

「そ、そうかい。気を付けるんだよ」

「はい」

 リリアンがおとなしくうなずいたので、女性はそれ以上追及できずに去っていった。リリアンがこっそりとアーサーにハンカチを返した。

「……しれっと言ったけど、イニシャルが入っている以上、追及されたらやばかったね」

「いや、追及されてもリリアンのイニシャルもE・F・Cだからな」

「え?」

 エイミーが驚きの表情になるが、リリアンの本名は『エリザベス(Elizabeth)・フランセス(Frances)・カーライル(Carlye)』である。イニシャルは同じなのである。リリアンと言う名も存在するし、みんなリリアンと呼ぶのでだまされがちであるが。


「マジか……」


 エイミーがあっけにとられて言った。三年前はアーサーとリリアンは背格好も似ていて、多少差はあるが同じ金髪、イニシャルも一緒ということで、かく乱すべく入れ替わることもよくあった。瞳の色だけは違うのだが、その辺は屈折魔法などでごまかしていたっけ。顔立ちの違いは化粧でごまかしていた。二人とも美人なのに、系統が全く違う美人なのだ。おそらく、アーサーの方が正統派美人なのだろう。たぶん。

 今では顔立ちどころか体格も全く違うので、リリアンが身代わりをすることは難しいだろう。リリアンは上背があるし、アーサーは女性らしい体つきをしている。しかし、イニシャルが同じなのでこういうアクシデントには対応可能だ。たまにウィルも「あー、うちの妹のなんですよー」とか言って女王のものを引き取っている。それがこてこての恋愛小説だったりするので、リリアンはある意味被害を受けている。


「リリアン、フローレンスに仕えるために生まれてきたような人だね。何でナイツ・オブ・ラウンドじゃないんだろう」

「目立つからじゃないか」


 エイミーの疑問にアレックがさらっと答える。まあ、リリアンの顔立ちと慎重で目立たない方がおかしいが。今日のパラソルだって、絶対にリリアンの顔を隠す役割がある。帽子をかぶるよりも身長がわかりづらいし。


「ああ~。何となくわかるかも」


 エイミーがうなずいた。リリアンがナイツ・オブ・ラウンドになれば目立つし、身代わりがやりにくくなる。まあ、やるようなこともないと思いたいが。それに、単純に指揮系統が別の信用できる仲間を作りたかった、というのもある。

 アーサーとリリアンが服飾店に入っていった。結構大きな店である。女性服飾店なので、さすがにクライドとウィルは入るのをあきらめたので、代わりにカップルを装っているアレックとエイミーが中に入る。

「フェイクに何か買ってもいいぞ」

「ホント?」

 眼を輝かせるエイミーに、やはり彼女も女の子だな、とやや安心する。同じことをリリアンに囁くと、「必要性を感じない」などと言う返答が返ってくるのだ。

 一応護衛中なので、運びやすいものがいいだろう。エイミーが髪飾りを見ているのを眺めながら、ちらちらと金髪の二人組を見る。さすがにリリアンはパラソルを閉じているので、その美貌が明らかとなっており、女性客の多い店内でも人目を集めていた。


「……あー。リリアンが一緒に出掛ける理由、わかった気がする……」

「そうか。それは何よりだ」


 エイミーが髪飾りを手に取って明かりにすかしているように見せかけながらアーサーとリリアンの二人を見て言った。ちなみに、二人はネックレスを見ている。おそろいとかで買ってきそうだ。

 リリアンとアーサーが並んでいると、長身のリリアンに視線が集まる可能性が高い。彼女に目をやってしまえば、その美貌に目を離せなくなるだろう。初対面だと、よりその傾向は強いはずだ。今だって、店内の人間の視線のほとんどはリリアンに集まっている。

「リリアン、がんばれ」

「まあ、彼女は美人だからな……」

 人目を集めるのは当然。本人も慣れているだろう。エイミーが花の髪飾りを手に取りながら言った。


「先輩はさ。リリアンが好き?」

「前にもそんな質問をされた気がする」


 セオドールが、『好みなのか』と聞いてきた。好みかそうでないか、と聞かれたらもちろん好みである。

「そうだな。好き、何だろう」

「へえ~」

 にやにやするエイミーに、アレックは目を細め、彼女が持っている髪か座売りを見た。

「それ、買ってやろうか」

「えーっと、じゃあ、お願いします」

 少しためらってからうなずいたのは、アーサーとリリアンが会計に向かったからだ。それもあってアレックは『買おうか』などと言ったのだ。カモフラージュにもなるし。しかし、エイミーは何となく申し訳なさそうにしている。

「気にするな。少し遅いナイツ・オブ・ラウンド就任祝いだと思ってくれ」

「……わかった。ありがとう」

 納得しきれていない様子だが、とりあえずうなずいたのでよしとする。アレックが会計に向かうと、ちょうどリリアンとすれ違い、目があった。二人はどうやら購入したネックレスをそのまま身に着けているようだ。リリアンは軽く目を伏せる。うなずく代わりだろう。アレックも軽く目を細めた。


 代金を払いながらちらっと見ると、エイミーがちゃんとアーサーとリリアンについて店の外に出ている。あれなら、『連れが買い物をしているのを待っています』と言い張ることができる。まあ、彼女がついて行かなくても外にはクライドとウィルが待機しているから大丈夫なのだが。

 比較的安心して支払いを済ませ、紙袋を受け取ったアレックの耳に轟音が届いた。爆発音に聞こえる。アレックはあわてて店の外に出た。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


アーサーの本名はもっと長いのですが、基本的にアーサー・フローレンス・キャメロットで通っています。


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