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ディッチ ―裏街の賞金稼ぎ―  作者: ポンコツロボ太


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名を呼ぶ 3

 裏街はいつも通り猫のケツの穴のような臭いを吐き出す。

 露店主に教えられた場所には確かに落書きだらけの三階建てアパートが立っていた。

 避難用の外階段は見当たらず、出入り口は一カ所だけ。


 地面にへばりついた糞のように横たわる浮浪者を踏んで、入り口を見張れる路地の壁に身を預ける。


 いつ奴が現れるかは運次第。


 ゲン担ぎの銘柄にラッキーが付く煙草に火をつける。

 揺らめくように立ち上る煙を目線で追えば、ビルの合間から濃い灰色の雲が流れていくのが目についた。


「……ちぇっ、雨かよ」


 言葉と同時に湿気ったビル風が俺の足元をすり抜けていった……。


 辺りを暗闇が支配し始めた頃、小雨が降り始め、雨粒が染み込んだ安物ジャケットは風呂上がりのバスタオルのように重くなった。

 灯りと言えば、アパートの部屋の窓から漏れる灯りと路地の向こうで点滅する切れかけの街灯が一つだけ。


 足元に一箱分の煙草を投げ捨てた時、ようやく街灯の灯りに人影が映し出された。


 それは外套のフードを目深にかぶった男のように見えた。


 買い物帰りなのか、その手には雨で濃い茶色に変色した紙袋を抱えて歩いている。

 男は機嫌が良いのか雨音に混じり古いカントリー調の口笛の音《ね》が耳に入って来た。


 ちょうど男の顔を捕らえようとした瞬間、街灯の灯りが消え、雨を弾く足音と口笛だけが夜闇を支配した。


 そこから数拍遅れてアパートの扉が開かれる。一瞬エントランスの灯りが影絵のごとく奴のシルエットを浮かび上がらせた。


 背丈は手配書の情報と一致するが、その顔はまだ確認することはできない。


「さて……と。鬼が出るか蛇が出るか……。お楽しみってとこだな」


 俺もアパートの扉に身を滑り込ませるが男の姿はどこにも見当たらない。ただ左手にある階段から軋むが聞こえた。

 俺は手すりに身を預け、男が立てる足音に耳をすます。

 踏板が鳴く音と歩数から男は二階を通り過ぎ最上階である三階まで上がった事が分かる。


 急ぎ俺も足音を殺しながら二段飛ばしで奴の居る三階を目指した。


 階段を昇りきると左手に長く続く廊下。

 左右シンメトリーに配置された部屋が六つずつ並び、廊下の一番奥、右手側の部屋の扉が小さく音を立てて閉まったところだった。


 部屋の確認は取れた。

 俺は魔銃をホルスターから取り出し、奴の部屋を目指して擦り切れた絨毯の上を歩く。

 廊下にはどこかの部屋からピアノソナタのレコードが流れ、雨の音を溶かしていた。


 スローなピアノの音色をBGMに考えるのは奴が本当に人形遣いだったら……と言う事だけ。

 三千万手にしたら何に使おうか。


 楽しい空想にふけっていると突然左手三番目の扉が開き、中から娼婦風のケバい化粧をした女が顔を出した。


「……ヒッ!?」


 俺の持つ魔銃を見て女が悲鳴を上げそうになる。

 俺は心配ないと人差し指を口元に寄せ、「しー……」とジェスチャーをしてみせて女をさっさと部屋の中へと戻す。


 雨音が激しくなり天井から雫が落ちて廊下に敷かれた絨毯に紙魚《しみ》を作った。


 奴の部屋の扉のドアノブに手を掛けようとして、いったん止める。


「……なんだ、これ?」


 廊下の淡いライトに照らされた埃がドアノブを避けるように舞うのが目に留まった。


 角度を変えて見ると銀のドアノブに微かに浮き出る不規則な線。侵入者検知のための魔術刻印だ。


「へへ。こりゃ当たり(ビンゴ)かな」


 こんなもん仕掛けるなんて後ろ暗い事をしているって証拠だ。ま、人違いでもどうにかなるだろ。

 ただ俺には仕掛けをチマチマ解くなんて芸当できない。ならば取る選択は一つ。


 ――ドアを蹴破る、だ。


 魔力で強化した筋力で蹴られたドアは蝶つがいごと吹き飛んで部屋の中へと先陣を切る。


「邪魔するぜぇ」


 それに続くように俺も部屋の中へと踏み込んだ。


 部屋の中は生活感よりもまず、異形を作り出す為だけに作られた魔獣の腹の中に迷い込んだかのような不快感が先に立った。


 天井から吊るされた作りかけの真っ白な魔法人形《オートマギアータ》の素体達。あちこちに転がる奴らのための球体関節の四肢。どれもが未完成で人の形を成していない。


 間違いない、ここにいるのは人形遣いだ。


 そう確信すると同時に鼻につく腐臭。目端に映る作業台の上には明らかに人が分解されている形跡が見て取れる。


「イカれてんなぁ……。人の模造品(人形)を作ってるくせに人を材料にするってのは、ありなのかね?」


「……誰だ?」


 予測よりも遥(・)か(・)に(・)離(・)れ(・)た(・)位(・)置(・)からの声に視線を移す。


 そこに立つのは未だ濡れた外套のフードを被った男。表情は読めないが僅かに焦っているのを感じる。


「へ。しがない郵便配達人《ポストマン》さ。料金は着払いだぜ、人形遣いさんよ」


 手配書には生死を問わずとある。俺は右手に持っていた魔銃の照星《フロントサイト》を人形遣いの眉間に定めた。


「……ちっ。もうハイエナが金の匂いを嗅ぎ付けてきたか」


 フードの下の口が醜く歪んだ。


「その通り。その三千万の首もらうぜ」


 引き金にかかった指に力を入れる。もちろん奴が何かしでかさないか魔力《マナ》の流れにも注意をしていた。

 しかしそれでも奴は嗤いやがった。


「起きろ」


 ――ギシィ……


 奴の一言で天井からつるされていた一体の人形が俺に飛び掛かってきた。

 俺は勘違いしていた。奴はすでに人形に魔力を移してやがったんだ。


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