名を呼ぶ 2
警部が調書から顔を上げる。
「ほう、なるほどな……。そのゴブリンがあんたに人形遣いの事を話したと?」
「ん、まぁな」
警部が調書に挟まれていた資料に目を通す。
「ま、公式な記録にはスピンドル・ヤーンが売買した三十二体全ての魔法人形が暴走し、殺された被害者は全員男性だな。……あと、資料によれば人形は主を殺した後、魔力切れで停止している、となっとるな」
当時誰が殺されたのか表に出なかったが魔法人形に殺された奴の中には金持ちのお偉いさんや銀幕のスターなんかもいたんじゃないかって噂が飛んでいたっけな。
もともと魔法人形ってのは魔力に応じて踊ってみせる子供用の手乗りの玩具だったんだが、人形遣いは人と同じサイズの人形を作ってみせた。
「ったく男ってやつは業が深いね。警部は知ってたかい? 奴の作った魔法人形は人と交わる時だけ人のように喘ぐんだ」
「あぁ知っとるよ、それが金持ちに受けたんだ……。だがな、ディッチ。あまり厳しく言ってやりなさんな。人間誰もが寂しさを抱えて生きているもんなんだから」
警部の言葉に一瞬俺の舌が麻痺したように動かなくなる。
「…………それをどうにか、やりくりして歩かなきゃならんのが人だろ? 人形で寂しさを埋めるなんて哀れを通り越して滑稽だね」
俺の言葉の裏側を読んだのか、警部は何も言わず再び調書へと向き合う。
「さて無駄話はここまでにして続きといこうか」
再び警部のペンが紙の上を走り、俺は記憶を手繰る……
◇
頭っからゴブリンの言葉を信じたわけじゃなかった。もし万分の一奴の話が本当だったら儲けもんってくらいの感覚で人形遣いを探すことにした。
ゴブリンの話を詳しく聞けば奴が人形遣いを目撃したのは魔法道具を売る店が軒を連ねるエリアだった。
ハイブランドな魔法道具店のショーケースを魔石灯が明るく照らす表通り。歩く人たちも、どこか気品のようなものを漂わせたいけ好かない連中ばかり。
そこから一歩裏路地に踏み入れば、真贋入り乱れた店が乱立する魔境だ。
ブランド店が隠すように置いたゴミ箱の脇を通り過ぎ、裏街に出る。
猫の額ほどの歩道には、地べたに座り明らかに非合法な魔銃を売る男の隣で歯のないじいさんが用途不明な小さなネジを一本数十万という法外な値段で売っていた。
どちらも興味はないが、一応売り物を手に取ってみる。
魔銃は弾も出ない紛い物の玩具。
ネジの方は数センチほどの大きさの癖にバカみたいに重い。
「なぁ、あんたらこの顔見たことないか?」
人形遣いの手配写真を見せるが二人とも首を横に振る。
売り物を勧めてくる男達を軽くいなして次に回ることにした。
数メートルも歩けば片方の耳の先を切り落とされたエルフの女が謎の小瓶をかかげしつこく「世界樹の灰」だと買うよう迫ってきた。
女にも手配書の写真を見せるが、返ってくるのは同じ「知らない」という言葉。
ここじゃ誰もが自分を生きることで精一杯。
他人がどんな顔をしてどんな生活をしているかいるかなんて気にしちゃいられない。
こんな場所で人一人を探し出すなんて砂漠で砂金を見つけるようなもんだ。
三千万の大金と自堕落な日々を天秤に乗せれば、わずかばかり秤が金に動く。
やる気なく道行く人に繰り返し同じ質問をした。
――こいつを見たことないか?
返ってくる返事は同じとわかっていた。
――知るわけねぇだろ。さっさと消えな。
靴の底にどれだけ吐き捨てられたガムがくっついたことか……。
二日間歩き通しで収穫はゼロ。
そろそろ潮時かと諦めかけた時、歩道に座り込む片足の浮浪者が目に止まった。
正確に言えば浮浪者が道に広げているゴミにしか見えない商品の中の一つだ。
「……これ、どこで手に入れた?」
男は薬でもキメてるのか焦点の合わない視線を俺にうつし、粘つく唾が糸をひく口をゆっくりと開く。
「グフェ……グヘへ。これぇ? これをどこでひろったからってよぉ。イヒヒ……ど、どこらったかな~?」
ラリってるうえに前歯の殆どが抜け落ち、何言ってるのか聞き取りづらいったらありゃしねえ。
俺は男の前に並べられたゴミの中から一体の女の子の形をした人形を持ち上げた。
その瞬間、中にタールでも詰められているのかと思う妙な重さを人形の中に感じる。
「おいおい~。勝手にさわるんらねぇよぉ」
フガフガと文句を言ってくるが無視した。
手に持った人形は30センチほどの大きさ。作りは精巧にできていて、関節が人と同じように曲がる仕様になっている。
だが、着せられているドレスは所々ほつれ汚れが目立ち、ブロンドだったであろう髪は泥でなのか茶色く変色していた。そして一番目を引くのがその瞳だ。
嵌め込まれたガラス製の青い瞳は片方取れている。
その伽藍堂の瞳がこちらをじっと見ている気がするのだ……。
俺が人形をひっくり返すと、露天の男は何を勘違いしたのか「グヒヒヒ、あんたも好きだねぇ」と笑いかけてきた。
しかし、俺の目的は違う。
だいたいこういう人形にゃ製造した会社なりのサインが靴裏に書かれてるってのが定番だ。
「……やっぱりな。おっさんこれもらうぜ」
靴の裏に掠れてはいるがS・Yの文字が手で彫られている。
俺は値段は聞かず、ポケットから札をいくらか男に投げる。
「おひょぉ! に、にいちゃん気前が良いれぇ。わ、わりぃけどこっちにゃつりなんて用意してねぇからなぁ。もう返さねぇぞぉ」
男は悪びれる様子もなく金をすぐに懐にしまい込んだ。
「んなもん誰が期待してるかよ。その代わりこの人形どこで手に入れたか、思い出してくれよ」
俺は男を睨みつけると男は先ほどまでのふにゃけた笑いがすっと消え、目の奥に真面さが映る。
「けっ。んなゴミ拾ったのなんてどこかいちいち覚えてるか……ッ!!」
俺はわざと肩からぶらさげている魔銃をジャケットから覗かせる。
男と俺の間にあった緩んだ空気が一気に張り詰めた。
「お、思い出したよ。た、確かに三日前にこの先のディアズのアパートのゴミ捨て場から拾ったんだよ」
ラリっていた眼に光が戻り、冷や汗が流れている。
裏街の人間はそう簡単に信用するべきじゃない。俺はもう一度語気を強くして尋ねる。
「間違いないか?」
「ああ、間違いない。絶対だ」
男は首振り人形のように激しく頭を上下に振ってこたえてくれた。
俺は、男の残されている方の足を軽く捻ってやる。
「いでででぇ!!」
はずみで男は立ち上がった。
なんてことない。失われていたと思われた足はただ単に内に折りたたまれ隠されていただけのことだった。
「あんまり阿漕な真似してんなよ」
種明かしがバレた男は恥ずかしさと怒りから顔を真っ赤に商品をその場に残して立ち去って行った。
俺も男が教えてくれたアパートへ向けて歩みを進めると、男とのやり取りを見ていたであろう商売女が俺にまとわりついてくる。
「あんたずいぶん気前がいいじゃないのぉ。サービスするよ、どう?」
無理やり俺の腕に絡み付こうとする蛇のような女の手に俺はさっき買った人形を手渡してやる。
「これ、あんたにやるよ」
「何これ……ヒッ!!」
女は人形を見た瞬間、小さく悲鳴を上げそれを投げ捨てた。
「こんなもの寄越すなんてアンタは鬼畜だよ!! 死んじまいな!!」
女が背後で俺に罵詈雑言を浴びせるが、今は気分が良い。
今ならコンプレックスの尻のできものを馬鹿にされたってかまやしない。
なんてったって三千万がもう手の届く距離にある。




