名を呼ぶ 4
俺の油断と人ならざる者だけがなせる変則的な関節の動きから繰り出される拳の一撃が魔銃を持つ手を捕らえた。
乾いた銃声が虚しく吠える。
銃弾は無意味に天井に刺さり、挙句の果てには俺の魔銃が後方へと飛んでいった。
それをやってのけた人形は追撃をくれることなく後ろへ跳ぶと、主人を守るように人形遣いの前に立ちふさがる。
形勢の逆転と見た人形遣いがさらに深く嗤った。
「ハハハ。これでお前も終いだ。この掃き溜めの泡沫と消える良い」
魔法人形の桁外れな踏み込みで床の木材が割れて跳ね上がる。
目も耳もないのっぺらぼうのくせに人形は一分も違うことなく俺の元へやってきた。
胴体の球体関節が360度回転し、特大の遠心力を乗せた拳が矢のような速さで俺に襲い掛かる。
間違いなくそこらの常人が喰らったら必殺の一撃になりうるだろう。
ただ、こちとら普通の人間はとうに卒業してるんだなぁ。
魔力による肉体操作で脳内のアドレナリンを放出させ、肉体の反射速度を上げてやる。それはまさに擬似的な死に際の走馬灯の再現だ。
人形の動きが……流れる空気が……世界の全ての時が遅くなる。
眼前に迫る攻撃を最小限の体重移動だけ躱す。
空振りの拳がオーク材で出来た床を容易く砕く。さらにその手を軸に人形が大きく回転し蹴りを見舞うが、それすらも欠伸が出そうなほど遅い。小さなステップで下がれば空気を鋭く切り裂いたつま先が鼻先をかすめた。
それでも呼吸を必要としない人形は息着く暇もなく攻撃を繰り出してくる。
アドレナリンの出すぎでハイになった俺は戦闘が楽しくて仕方がない。まるでダンスを踊ってるような気になる。
「ヘヘ。どうした、木偶よ? 遅すぎて欠伸が出るぜ」
俺の挑発も人形には意味がない。人形の攻撃は掠りもしないが俺は少しずつ後退を続けていた。
「弱い犬ほどよく吠える。避けてばかりでは活路は見出せんぞ」
未だに余裕の笑みが絶えない人形遣い。
「……そうかい?」
もっと楽しみたかったが、ここいらで幕引きか。
俺は人形が繰り出した攻撃を一度大きく後方に回転して避けた。それは今までにない大きな隙を作ることになる。
ここがチャンスとばかりに人形が一気に俺との距離を潰そうと四足で地面を蹴った。
今までにないほどの速度……、自壊覚悟の体当たりか。
だが、それよりも早く銃声が三発鳴り響く。もちろん音の出所は俺の右手。
後方回転のついでに飛ばされた魔銃を拾い上げたのだ。
長さ十センチ足らず、重さにして数十グラムぽっちの鉛が火と風の混合魔石の力を借りて音よりも早く飛ぶ。
たったこれだけの事で人体は破壊されるんだ。
こいつの力を借りる度に、この悪魔の発明で人は剣と魔法を手放したってのが深く理解できた。
間近で人形の素体が弾け、白い破片が飛び散る様さえスローモーションに捕らえる。
「……ぐッ」
人形遣いが肩を抑え呻き声を上げた。
三発の銃弾の一発は人形の胸のど真ん中、もう一発は額に、そして最後の一発は人形遣いに向かって撃ったのだ。
「ご自慢の人形、壊しちまって悪いね」
俺は魔銃をホルスターにしまい人形遣いへと歩を進める。
「……まだだ。まだ私は死ぬわけにはいかないのだ!! 絶対に取り返しに行くぞ!!」
負け犬が憐れに吠えた。
「死ぬかどうかはお前次第……っ!?」
人形遣いは身をひるがえし、もう一つの出口から外へと飛び出した。
部屋がやけに広いと思ってたんだが奴は二部屋をぶち抜いて使ってやがったのかっ。
「くそったれ!!」
ここへ来て油断した。
だが奴は手負いだ。確実に俺の方が速い。
俺も人形遣いを追いかけるため走り出す。が、そこで破壊したはずの戦闘人形がそれを阻止しようと俺を後ろから羽交い絞めにしやがった。
「しっつけぇな」
俺の声に反応するかのように表情のない人形がギシギシと関節の音を立てて締め上げる。
脳内操作に当てていた魔力を今度は筋力操作へとシフトチェンジする。
腕の血管がはち切れそうなほど膨れ上がり、体を流れる血と共に魔力が体を駆け巡り始めた。
「さっさと離せよ、木偶人形が……」
俺を捕らえて離さない人形の腕を人を越えた握力で握る。
ミシ……パキッ……。
人形の大理石のような肌に亀裂が走り、遂に砕ける。
破損した腕の中から人工筋肉や組み込まれた人間の神経の一部が剥き出しになった。それでも奴はまだ俺を捕まえようと今度は器用に足を絡ませてくる。
同じ手は二度と食わねぇ。
俺の手が額に穴の開いた人形を掴み上げる。このまま握りつぶすこともできるが、人形をそのまま力任せに壁に叩きつけた。
コンクリートの壁に蜘蛛の巣状の亀裂が走り、そのど真ん中で人形の頭が卵のように割れた。
やっと人形の足がだらりと力無く胴体から垂れ下がる。
「くそったれ、時間食っちまったじゃねえか」
人形を床に投げ捨て急いで廊下に出る。だが、すでにそこには奴の姿は見えなかった。
もう一度部屋に戻り今度は通りに面した窓を開け人形遣いの姿を探すが、街の闇がその姿を覆い隠してしまっていた。
悔しさに窓枠を叩くと残っていた魔力が木で出来た窓枠を僅かに砕いた。
「ちくしょうめ……」
ここ数日の疲労がどっと体にのしかかり窓枠に手を突き大きく息を吐いた。




