第2話 世界初、異世界工場計画②
東京都心。
高層ビル群を見下ろす一角に、日本を代表する総合商社[五星商事本社]はあった。
午後三時。
普段なら株主総会でも開かれるような大会議場は、国内外の報道陣で埋め尽くされている。
テレビカメラは百台を超え、海外メディアの姿も目立った。
異様な熱気だった。
この三年間、「デルカニア」という言葉が付く記者会見で、世間を騒がせなかったものは一度もない。
そして今回もまた、誰もが歴史の転換点を目撃する予感を抱いていた。
◇
「それでは、予定より少し早いですが始めさせていただきます」
司会者の一言で会場が静まり返る。
最初に壇上中央へ立ったのは、一人の男だった。五星商事代表取締役社長[高虎悠乃助]。異世界デルカニアとの交易を成功させ、日本経済を新たな時代へ導いた男である。
その隣には、長い銀髪を後ろで束ねた初老の男性が立っていた。
異世界デルカニア六賢者[グランデウス]。今では世界中で知らぬ者はいない人物だった。
異世界人でありながら流暢な日本語を話し、三年前の羽曽部食品異世界転移にも大きく関わった人物である。
二人が並ぶだけで、場の空気が引き締まる。
「本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます」
高虎は穏やかな笑みを浮かべながら一礼した。
しかし、その眼差しには商社マン特有の鋭さが宿っている。
「三年前、羽曽部食品の本社工場は事故によりデルカニアへ漂流しました」
スクリーンに当時の映像が映し出された。
消えた工場。帰還した社員たち。異世界の街並み。見覚えのある映像に、会場は静まり返った。
「結果として、あの事故は人類史を変えました」
誰も異論はない。
異世界との交流が始まった今、世界経済は大きく変化している。異世界産鉱石。異世界農産物。新薬。魔法技術。
その市場規模は、すでに数十兆円とも試算されていた。
「ですが」
高虎は少し間を置く。
「私たちは、もっと大切なものを学びました」
スクリーンが切り替わる。
一枚の写真。
そこにはデルカニアの住民と羽曽部食品社員が、一つの大きな食卓を囲み、笑顔で食事をしている姿が映っていた。
「それは食です」
会場が静まり返る。
「文化が違えば、価値観も違います。言葉が違えば、互いを理解することも難しい。しかし、一緒に食卓を囲めば、人は笑います。食には、世界を変える力があります」
派手な演出はない。
だが、その言葉には妙な説得力があった。
「そこで本日、五星商事は新たな国家間共同事業を正式に発表いたします」
会場の照明が少し落とされる。
スクリーンいっぱいに、一枚の完成予想図が映し出された。
巨大な工場。近代的な建屋。物流センター。研究棟。現地農園。冷蔵倉庫。
その中心には、大きく企業ロゴが描かれていた。
羽曽部食品 第二工場。
どよめきが起こる。
「デルカニア現地に、世界初となる総合食品製造拠点を建設します!本工場は単なる食品工場ではありません。現地農産物の研究。発酵技術の共同開発。保存食の改良。品質管理技術の導入。食品衛生教育。物流網の整備。そして現地雇用。」
画面には工程図が表示される。
契約農家。集荷センター。品質検査。加工。包装。低温物流。販売。
一本の線で結ばれたフロー図、巨大なサプライチェーン。
「第一工場とも言える本社工場は、転移した異世界で生き残るための工場でした」
高虎は静かに続けた。
「ですが第二工場は違います。豊かに、そして平和に生きるための工場です!」
記者席から、一斉にシャッター音が鳴り響いた。
◇
一方その頃。私立白鷺女子学園。放課後の教室。
松浜彩夏は、スマートフォンで記者会見を見つめていた。
全国模試では常に上位。教師からは国立大学への進学を勧められ、陸上競技においても全国大会を狙える実力を持つ。
順風満帆。誰もがそう思っていた。
「彩夏、進路希望は出した?」
友人が隣の席に座る。
「まだ決めてない」
彩夏は画面から目を離さず答えた。
「あー!もしかして、異世界で働きたいんでしょ?」
「・・・」
「!?」
表情を変えずスマートフォンを見つめる無言の彩夏に友人は少し驚いた表情をした。
それは幼い頃から変わらない夢だった。
三年前。テレビ越しに見たデルカニアの景色。緑豊かな大地。見たこともない果実。巨大な畑。異世界の市場。
その映像は、彩夏の胸に焼き付いていた。
未知の世界を、自分の目で見たい。
その思いだけは、誰にも負けなかった。
画面の中で、高虎が最後のスライドを映し出す。
そこには、大きく一行だけ書かれていた。
『新卒採用開始』
教室が静まり返る。
「え・・・?」
彩夏は思わず声を漏らした。
画面の文字を、もう一度見返す。大学共同研究員募集ではない。技術者限定でもない。新卒採用。高校生も対象だった。
彩夏の心臓が高鳴る。これは、夢ではない。現実だ。異世界へ行ける道が、今、自分の目の前に開かれようとしている。
そして同じ瞬間。別の高校では、津沼尋もまた、テレビの前で息を呑んでいた。
まだ互いの存在を知らない二人。
しかし、その運命は、ゆっくりと交わり始めていた。




