第3話 世界初、異世界工場計画③
静まり返った記者会見場で、高虎悠乃助は壇上の演台に軽く手を添えた。巨大スクリーンには[新卒採用開始]の文字が映し出されたままになっている。
ざわめきが、ゆっくりと広がっていく。
最初に手を挙げたのは経済紙の記者だった。
「五星商事は、今回の第二工場を単なる海外工場ではなく、[異世界工場]と表現しています。これはどのような意味でしょうか。」
高虎は穏やかに頷く。
「もちろん海外工場ではありません」
一呼吸置き、言葉を続ける。
「デルカニアは、日本の資源供給地ではありません。日本の植民地でもありません。対等な共同事業の相手です」
その言葉に、隣に立つグランデウスが静かに頷いた。
「私たちは技術を持っています。デルカニアには、私たちにない文化があります。互いに学び、互いに利益を得る。それが今回の目的です」
再びスクリーンが切り替わる。
今度は工場の完成予想図ではない。一枚の断面図だった。
会場の記者たちが息を呑む。
「本工場は、年間五万トンの食品加工能力を有します。現地で生産された農産物を受け入れ、洗浄・選別・加工・包装までを一貫して行います。研究棟ではデルカニア固有の微生物や酵母の解析を進め、日本の食品技術と融合させます」
画面には「品質保証部」「商品開発部」「生産管理部」「物流部」「設備保全部」の文字が並ぶ。
「また、日本で培ったHACCPやFSSCなど認証の考え方を導入し、衛生管理を現地へ普及させます。」
あまり聞き慣れない単語に、一般紙の記者が首をかしげる。
高虎はすぐに補足した。
「簡単に言えば、『安全な食品を作るための国際的な管理手法』です。食品は、一度事故が起これば信用を失います。異世界でも、それは同じです」
派手な話ではない。魔法でも、未知の資源でもない。だが、その場にいる経済記者たちは理解していた。この男は、本気で食品産業を異世界に根付かせようとしている。それは数兆円規模の資源ビジネスより、はるかに長い時間をかけて築く市場だった。
◇
「すごい・・・」
津沼尋は、教室のテレビを見つめたまま呟いた。
友人たちは「異世界だ!」「やべぇ!」とはしゃいでいる。
しかし尋の目は、工場の完成予想図の細部を追っていた。
物流センター。冷蔵倉庫。研究棟。搬入口。工場の動線。そして敷地の外側に描かれた広大な農地。
「ヒロ、何見てんの?」
尋は画面を指差した。
「この工場、面白い」
「何が?」
「物流センターが工場の真横にある。」
「・・・?」
「普通は別の場所に造ることも多い。でも隣接させれば流通も短縮でき保管時間が短くなる。品質も落ちにくい」
「へぇ・・・」
「それに研究棟も近い」
「新しい商品ができたら、すぐ試作して製造ラインで検証できる」
その一言を聞き、友人たちは顔を見合わせる。
「・・・お前さ」
「ん?」
「普通そこ見る?」
尋は苦笑する。
「本が好きだから」
「いや、本関係ないだろ」
笑いが起こる。
だが尋の胸は高鳴っていた。
あの工場で働きたい。
その思いだけが、どんどん大きくなっていく。
◇
一方。白鷺女子学園。
松浜彩夏は、進路希望調査票を見つめていた。
第一希望。
まだ空欄。
教師はきっと、有名大学を書くものと思っている。
親もそうだ。友人もそうだ。
だが。
「彩夏ちゃん」
女性の担任が優しく声を掛ける。
「迷ってる?」
「はい」
「あなたなら、どこの大学でも行ける」
「・・・ありがとうございます」
「でも」
担任は少しだけ笑った。
「今日の記者会見を見てる顔は、受験生の顔じゃなかったね」
彩夏は驚いた。
「先生・・・」
「何か夢があるなら、一度くらい挑戦してみてもいい」
その言葉が胸に刺さる。
彩夏はゆっくりと頷いた。
進路希望調査票を裏返す。
そして、小さく呟く。
「私・・・行きたいです。異世界へ。デルカニアへ」
◇
同じ日の夕暮れ。
五星商事の公式ホームページが更新された。アクセス数は、わずか数分で過去最高を記録する。
ページの最上部。
募集要項。
その一行を、日本中の若者が食い入るように見つめていた。
羽曽部食品株式会社
第二工場 新卒採用募集
募集職種
・商品開発
・品質保証
・製造
・生産管理
・物流
・設備保全
・農業開発
・現地支援
応募資格
・高等学校卒業見込み以上
・文系・理系不問
・経験不問
・年齢不問
・全寮制
・勤務地:異世界デルカニア
最後の一行が、日本中の高校生たちの未来を変えた。
津沼尋も。
松浜彩夏も。
まだ互いの名前すら知らない二人は、この日、それぞれの場所で同じ決意を胸に抱く。
―――異世界で働きたい―――
その願いが、やがて二つの世界をつなぐ、新たな物語の始まりになることを、この時はまだ誰も知らなかった。




