第1話 世界初、異世界工場計画①
『勤務地 異世界デルカニア』
たった一行。
その求人広告は、日本中の若者の人生を変えた。
◇
三年前。日本中を震撼させる事件が起きた。
地方食品メーカー・羽曽部食品株式会社が、工場ごと忽然と姿を消したのである。
その跡地には、底の見えない大きな穴だけが残されていた。衛星も異常を捉えられなかった。
ただ、食品工場を含めた敷地が従業員298名ごと跡形もなく消えた。
当初は大規模テロ。国家ぐるみの陰謀。新兵器による攻撃。様々な憶測が飛び交った。
数ヵ月後、現代社会へと帰還に成功した羽曽部食品だったが、異世界の事が現代社会にも認知された。
異世界デルカニア。魔法。モンスター。獣人。そして、日本では決して見ることのない動植物。
最初は誰も信じなかった。
だが、五星商事とデルカニアとの公式交流が始まったことで、その証言は疑いようのない事実となる。
世界は混乱した。
各国は異世界との外交権を巡り動き始め、日本政府は専門部署『異世界対策局』を設置。
各大学では異世界生物学、異世界農学、異世界資源工学という新たな学部まで誕生した。
そして何より。羽曽部食品という一企業は、日本の食品業界そのものを変えてしまった。
デルカニア産の香辛料。現代の小麦より栄養価が高い穀物。新種の果実。未知の発酵菌。
それらを用いて開発された食品は社会現象となり、地方メーカーだった羽曽部食品は、食品業界を代表する企業へと急成長した。
だが、その舞台裏を知る者は少ない。
異世界で彼らが築いたものは、単なる工場ではなかった。
人と人をつなぐ信頼。異文化との共存。そして、食卓を囲むという世界共通の文化だった。
羽曽部食品の食品工場が異世界転移してから三年。
世界は、新たな時代を迎えようとしていた。
◇
「ヒロー!また読書かよ!」
昼休みの教室に声が響く。
東京都立北青葉高校。三年二組。
窓際の席で文庫本を閉じた少年が顔を上げた。
「ん?」
「今日もまた難しい本読んでるな」
「別に」
津沼尋。
――学校では誰も、本名で呼ばない。尋をヒロと呼ぶ。
「ヒロ、また経済の本?」
「今回は食品流通」
「高校生が読む本じゃねぇ」
友人たちが苦笑する。
尋は肩をすくめた。
「面白いぞ」
「どこが」
「例えばさ・・・」
尋は机に置かれた紙パック牛乳を持ち上げる。
「これ、昨日搾ったばかりの牛乳が、今日ここにあると思う?」
「そうじゃね?」
「違う。」
「え?」
「スーパーに並ぶまで、何段階も温度管理されてる。工場で殺菌して、冷蔵倉庫に入れて、物流センターを経由して、トラックで運ばれて、学校に届く。どこか一か所でも管理を間違えたら全部腐って廃棄だ」
「・・・」
「これをコールドチェーンって言う。」
「また始まった」
友人たちは笑う。
尋は勉強は得意ではない。定期試験の順位は真ん中より少し下。数学も英語も飛び抜けているわけではない。
だが、一度興味を持ったことは、とことん調べる。
食品。物流。歴史。経済。小説。漫画。ネットニュース。知識はバラバラなのに、不思議と頭の中で一本につながっていた。
「ヒロ、お前ってさ」
「ん?」
「食品会社に就職すんの?」
「できたらな」
「料理もできないくせに?」
「だから工場」
「意味分からん」
友人の言葉に尋は笑った。料理人になりたいわけではない。食べることが好きだからでもない。食品というものが、どうやって作られ、どうやって世界へ広がるのか。その仕組みが好きだった。
特に羽曽部食品。
三年前の異世界漂流以来、その会社は尋の憧れだった。
異世界で生き抜いた社員たち。未知の食材を商品へ変えた技術者たち。その中心にいた勇者と呼ばれる社員や英雄たち。
テレビで見るたびに思う。
「(俺なら、あの世界で何が作れるだろう)」
その時だった。
教室のテレビが突然切り替わる。
『臨時ニュースです』
教室中が静まり返る。
『五星商事は、本日午後三時より緊急記者会見を行うと発表しました』
「五星商事?」
「またデルカニアじゃね?」
「今度は何だ?」
画面には五星商事本社が映る。
テロップには大きく。
【異世界事業に関する重大発表】
その文字が映し出されていた。
尋は思わず息を呑む。
胸の奥が、ざわつく。
理由は分からない。
だが、何かが始まる。
そんな予感だけは、不思議なほど確信に近かった。
それは、日本中の人たちが、まだ知らない未来への扉だった。
こんにちは。蒼木しのです。
とてものんびりな更新となりますが、高校生たちが異世界で働く物語です。
どうぞよろしくお願いします。 しの




