第五十三話 行ってらっしゃい
ここまで長く物語を追いかけてくださっていること、とても嬉しく思っています。
一話一話、こうして読んでくださる皆さまのおかげで、物語を書き続けることができています。
第五十三話も、ぜひゆっくり読んでいただけたら嬉しいです。
それでは、第五十三話をどうぞ。
妻と一緒に家へ帰った。
玄関を開けると、いつもの家の匂いがした。
「ただいま。」
「おかえりなさい。」
妻が靴を脱ぐ。
俺も靴を揃え、居間へ向かった。
テレビをつけると、夕方のニュースが流れ始めた。
「今日は疲れたな。」
「そうね。今日は落ち着かない一日だったわね。」
妻が台所へ向かう。
「夕飯、何にする?」
「何でもいいぞ。」
「それが一番困るのよ。」
妻が振り返って笑った。
「じゃあ、今日は簡単なものにしましょう。」
「俺も手伝うよ。」
「いいの?珍しいわね。」
妻と並んで台所に立つ。
包丁がまな板に当たる音。
鍋に水を入れる音。
いつも聞いている生活の音が、ひどく安心する。
妻の隣にいる。
それだけでよかった。
この時間が、ずっと続けばいい。
そう思った瞬間、胸の奥に針で刺されたような痛みが走った。
「翔ちゃん。」
「ん?」
「ちょっとお願いしてもいい?」
妻が調味料棚を覗き込む。
「瓜の浅漬けを食べようと思ったんだけど、塩が足りなくて。」
「塩か。」
「お店に残ってたら、持って帰ってきてくれる?」
「分かった。」
「助かるわ。」
妻はいつもの笑顔を見せた。
俺は上着を羽織り、玄関へ向かう。
ふと振り返る。
妻は台所で包丁を握っていた。
何度も見てきた光景。
十七年間。
こうして妻に見送られながら、何度も家を出てきた。
——そうだったはずだ。
「行ってきます。」
口にした瞬間、自分の声が遠く聞こえた。
妻は笑っていた。
「いってらっしゃい、翔ちゃん。」
玄関の扉に手をかける。
その言葉を、俺は何度聞いただろう。
——いや。
本当に、何度も聞いたのだろうか。
第五十三話まで読んでくださり、本当にありがとうございます。
ここまで『回収箱』を読んでくださっている皆さまには、改めて心から感謝しています。
長い物語になりましたが、こうして最後まで一緒に歩いていただけることが、とても嬉しいです。
残りの物語も、一話一話大切に書いていきたいと思っています。
最後まで『回収箱』を見届けていただけたら嬉しいです。




