第五十二話 覚えてないの
おはようございます。
今日も『回収箱』を読みに来てくださり、本当にありがとうございます。
朝の静かな時間に、こうして物語を読んでいただけることを嬉しく思っています。
少し涼しくなってきた朝に、温かい飲み物でも片手に、ゆっくり読んでいただけたら嬉しいです。
第五十二話では、翔平の中に新たな違和感が残ります。
これまでとは少し違った感覚を、ぜひ翔平と一緒に感じていただけたらと思います。
それでは、第五十二話をどうぞ。
箱の中には、大きな瓜が一つ。
その周りに、小さな瓜がいくつも転がっていた。
「——何だ、これ」
予想していたものとは、あまりにも違う。
「——瓜?」
隣を見る。
妻は、何の疑問も持たずに笑っていた。
「あ、瓜できたんだ」
「診療所のみんなで育てていたのよ」
「——そうなのか?」
妻は少しだけ首を傾げた。
「覚えてないの?」
「——何を?」
妻の笑顔が、一瞬止まった。
「……ううん。何でもない」
俺は箱へ視線を戻した。
大きな瓜に手を伸ばす。
ひんやりとした表面に触れた瞬間、指先がわずかに震えた。
懐かしい。
けれど、どこで触れたのかは思い出せない。
丸い形。
硬い皮。
指先に残る冷たさ。
それだけが、妙に残った。
「こんなにたくさんは食べられないから、熊谷さんの息子さんにお裾分けしよっか」
妻が笑う。
俺も頷いた。
「ごめんください」
熊谷家の玄関を開ける。
「これ、よかったら食べてください」
「ありがとうございます」
息子は瓜を受け取った。
その表面を見つめ、親指でそっと撫でる。
「親父、瓜が好きだったんですよ」
「そうだったわね」
妻が懐かしそうに笑う。
「昔、よく漬物にして食べてたもの」
息子は小さく頷いた。
「……塩加減には、うるさかったんです」
少しだけ笑い、すぐに口を閉じる。
「俺が手伝うと、いつも味見ばっかりさせられて」
息子は瓜を持ち直した。
「今年も、漬けるつもりだったのかもしれませんね」
その言葉に、胸の奥がわずかに重くなった。
その瞬間、手紙の文字が脳裏に浮かんだ。
——箱崎さん。
妻の顔と名前が重なる。
「——っ」
箱崎。
さつき。
妻。
「翔ちゃん?」
「——何でもない」
俺は目を逸らした。
「じゃあ、そろそろ帰るよ」
「帰りましょう」
妻が俺の腕に手を添える。
その手は、温かかった。
なのに——怖かった。
俺は、妻の顔を見ることができなかった。
第五十二話まで読んでくださり、本当にありがとうございます。
朝の貴重な時間に『回収箱』を読んでいただけること、とても嬉しいです。
ここまで物語を追いかけてくださっている皆さまに、改めて心から感謝しています。
物語も少しずつ終盤へ近づいてきました。
これまで積み重ねてきた出来事が、どんな形でつながっていくのか。
最後まで一緒に見届けていただけたら嬉しいです。
今日も皆さまにとって、穏やかな一日になりますように。
これからも『回収箱』をよろしくお願いいたします。




