第五話 薬
薬は、身体を治すためのもの。
少なくとも、そう信じている。
だからこそ、疑うことはない。
けれど、もしその薬が身体だけではなく、記憶にまで触れるものだったら。
失ったものに気づけないとしたら…。
「ほら。薬、飲んで」
妻が白い錠剤を俺の掌へ乗せた。
「今日は、これも飲んでね」
掌を見る。
いつもより、一錠多い。
「一錠多いぞ?」
妻の視線が、俺の掌へ落ちた。
「——そうだった?」
ほんの一瞬、妻の表情が止まる。
けれど、すぐに笑顔に戻った。
「ごめんなさい。私、間違えちゃったのかしら」
「……そうか」
何かが引っかかった。
けれど、その正体を掴む前に、妻が言った。
「無理しないでね」
「ああ」
俺は薬を口元へ運び、そのまま飲み込んだ。
——飲んだ。
そう思った。
けれど。
気づけば、手の中に錠剤が残っていた。
「……?」
俺はしばらく、それを見つめた。
どうして残っている?
そもそも——。
さっき、俺は何を飲み込んだ?
答えが出ない。
俺は妻を見る。
何かを聞こうとした。
けれど、なぜか聞けなかった。
そのまま錠剤をポケットへ滑り込ませる。
指が、無意識にポケットの上から錠剤を確かめた。
「……何で、こんなことを」
自分でも理由が分からない。
ただ、この薬を妻に見つからない場所へ隠しておきたかった。
その感覚だけが残っていた。
今回は、薬について少しだけ触れました。
この時点では、ただの薬にしか見えないと思います。
でも、翔平が感じた小さな違和感。
そして、最後に残った一錠。
「なぜ?」という疑問だけ、心の片隅に残しておいてください。
ここから少しずつ、翔平の身体にも変化が現れていきます。




