第四話 回収箱
いつもの場所。
いつもの人。
いつもの会話。
変わらない日常ほど、疑うのは難しい。
もし、その日常の中に一つだけ「知らないはずなのに知っているもの」が紛れ込んでいたら。
あなたなら、それを見つけられるだろうか。
店の奥で、妻と二人で休んでいた。
妻は湯のみを二度、ゆっくり回した。
自分から話を切り出す時、妻はいつもそうする。
結婚して十七年。
その癖だけは、今も変わらない。
妻はスマホを見つめたまま言った。
「ねぇ、あなた」
「ん?」
「店の前に、箱を置いてみない?」
「箱?」
妻は一拍置いた。
「この前、知り合いから聞いたの。『回収箱』っていうのを置いてる店があるんですって」
「翔ちゃん、最近少し疲れてるみたいだから」
「——そうか?」
「うん。少しね」
妻がスマホをこちらへ向けた。
画面には、古びた金属の箱が映っていた。
——その瞬間。
指先が、わずかに冷たくなった。
「……これ」
「どうしたの?」
画面に映っているのは、見覚えのある金属の箱だった。
丸く削れた角。
錆の浮いた表面。
蔵の奥で見つけたものと、よく似ている。
いや、似ているだけではない。
あの箱を触った時の冷たさが、指先に蘇った。
「これ、どこで見つけたんだ?」
「知り合いから聞いたのよ。珍しいものじゃないみたい」
「そうか……」
俺は画面から目を離せなかった。
蔵にあった箱と、何が違うのだろう。
同じような箱が、ほかにもある。
それだけのことなのに、胸の奥がざわついた。
「いや……何でもない」
なぜか、それを妻に言ってはいけない気がした。
妻はスマホへ視線を戻した。
「この村は高齢の方が多いでしょう?」
「売りたいものを箱に入れてもらって、あとであなたが回収するの」
「それなら、楽でしょう?」
俺はもう一度、画面を見る。
そこに映る箱は、何も語らない。
ただ、古びた金属の表面に、薄く錆が浮いていた。
「……回収する手間は省けるな」
「でしょう?」
妻は小さく笑った。
「あなたなら、そうする」
俺は返事をしなかった。
頭の中には、蔵で見つけた箱が残っていた。
あの箱は、いつからそこにあった?
なぜ、あれを見た時に懐かしいと思った?
そして、どうして今、同じ箱を見ているのだろう。
答えは出なかった。
ただ、一つだけ確かなことがあった。
——回収箱。
その言葉が、頭から離れなかった。
「回収箱」という名前が、ここで初めて出てきます。
まだ、この箱が何なのかは分かりません。
ただ、翔平にとっては少し気になる存在になってきました。
何気ない会話の中に出てきた「回収箱」という言葉。
そして、なぜか感じる既視感。
小さな違和感が、少しずつ日常を侵食していきます。




