第三話 写真
何気ない日常の中にある、昔から変わらないもの。
けれど、見慣れているはずのものほど、ふとした瞬間に違和感を覚えることがあります。
今回は、翔平が1枚の写真に目を向けるところから始まります。
その写真に、彼は何を見つけるでしょうか。
——カラカラ。
店の戸が開いた。
「ツケで頼むよ」
顔を上げると、近所の婆さんが立っていた。
俺は帳面を開き、今月の欄を指でなぞった。
「今月で十五回目だぞ」
「覚えてたのかい」
「忘れられるか」
婆さんは悪びれる様子もなく笑った。
「じゃあ、十六回目も頼むよ」
「ったく。今度こそ払ってくれよ」
「考えとくよ」
俺も苦笑しながら帳面を閉じた。
そのとき、ふと壁に掛けられた写真が目に入った。
祖父。
父。
そして、その隣にいる女。
古い写真だからか、女の顔ははっきりしない。
俺は椅子から立ち上がり、写真に近づいた。
穏やかに笑う表情。
どこか妻に似ている気がした。
額を壁から外し、顔がよく見えるように角度を変える。
やはり、よく分からない。
顔立ちが似ているわけではない。ただ、笑い方が似ている。
そう思った途端、妙な確信が湧いた。
この女は、妻だ。
「……おかしいな」
写真を裏返す。
裏面には何も書かれていなかった。日付も名前もない。
もう一度、表に返す。
女は変わらず、穏やかな顔で笑っていた。
写真に写っている女が誰なのか、俺は知らない。いつ撮られたものなのかも覚えていない。
それなのに、妻の顔が頭から離れなかった。
額を持つ手に力が入る。
何を根拠にそう思ったのか、自分でも分からなかった。
俺は写真を元の場所に戻した。
「鳥居さん」
婆さんの声に振り返る。
「ん?」
「ツケ、忘れないでおくれよ」
「ああ、分かってるって」
「本当かい? 最近、忘れっぽくなったんじゃないのかい?」
「……そうかもな」
婆さんは声を立てて笑った。
俺もつられて笑う。
いつものやり取りだった。
けれど、壁の写真に目をやると、女の笑顔がまだそこに残っていた。
覚えているつもりだったこと。
当たり前だと思っていたこと。
ほんの小さな違和感は、気づかないうちに心の奥へ残っていくものです。
もしあなたなら、昔の写真を見返した時、そこに何を感じるでしょうか。




