第四十五話 行方不明
当たり前だと思っていた日常が、ほんの些細な出来事をきっかけに、少しずつ形を変えていくことがあります。
昨日まで確かにそこにあったもの。
いつもと変わらず続いていたはずの暮らし。
それらに小さな違和感が生まれたとき、私たちはどこまで真実に気づけるのでしょうか。
見えているものだけが、すべてとは限らない。
そんなことを心の片隅に置きながら、今回のお話も楽しんでいただけたら嬉しいです。
気づけば、俺は家にいた。
店へ戻ったはずなのに、そこから先の記憶がない。
流し台に目を向ける。
皿には、四匹分の魚の骨が並んでいた。
ガラガラッ。
玄関の引き戸が、勢いよく開いた。
「翔ちゃん!」
妻が肩で息をしながら、駆け込んできた。
「どうしたんだ?」
妻は答えず、流し台の皿を見つめていた。
その顔から笑顔が消える。
「……翔ちゃん」
いつもの妻とは違う声だった。
「魚住さん一家が、今朝から姿を消したの」
「——姿を消した?」
「漁に出たんじゃないのか?」
「船は港にあるの。家の中にも、誰もいなかった」
俺は黙り込んだ。
魚住は、困っている人間を放っておけない男だった。
自分の店のことだけでなく、誰かが困れば手を貸す。
娘が苦しんでいたときも、あいつは何度も「助けてくれ」と頭を下げた。
その魚住が、家族ごといなくなった。
店に肉は届かない。
魚も届かない。
そして今度は、魚住一家まで消えた。
胸の奥に、嫌な予感が広がっていく。
「翔ちゃん?」
妻が俺の顔を覗き込む。
「あ、いや……何でもない」
「今、瓜先生が村の人たちと話し合ってるの。魚住さんたちのことで、みんな集まってるって。翔ちゃんも診療所に来てほしいって」
「行きたいが……」
俺は流し台の皿へ目を向けた。
「これから熊谷の息子に頼まれて、遺品整理をするんだ。魚住と熊谷は仲が良かった。何か手掛かりがあるかもしれない」
妻は少し黙り、小さく頷いた。
「……分かった。何か分かったら、すぐに教えてね」
「ああ」
「じゃあ、またあとでね」
「ああ。またな」
妻が出て行き、引き戸が閉まった。
家の中が、急に静かになった。
俺は一人、皿に並んだ魚の骨を見つめる。
——四匹。
魚住一家の人数を、数えてしまったのだろうか。
そんな考えが浮かび、俺はすぐに打ち消した。
皿から目を逸らし、熊谷の家へ向かった。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
少しずつ重なっていく違和感が、どこへつながっていくのか。
目の前で起きている出来事だけでなく、何気ない言葉や仕草にも注目していただけたら嬉しいです。
物語は、ここからさらに動き始めます。
引き続き、見届けていただけたら幸いです。
よろしければ、評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




