第四十三話 開店準備
ここまで「回収箱」を読んでくださり、本当にありがとうございます。
いつもと変わらない朝。
見慣れた景色に、聞き慣れた声。
当たり前だと思っていた日常も、ほんの少しの変化で、違って見えることがあります。
今回は、翔平が過ごす何気ない朝の風景を書きました。
その中にある小さな違和感にも注目しながら、読んでいただけたら嬉しいです。
どうぞ、最後までお楽しみください。
ガラガラと引き戸を開け、店へ入る。
朝のひんやりとした空気が、店内へ流れ込んできた。
「さて、今日も一日頑張るか」
照明をつける。
店内が明るくなる。
いつもの棚。
いつもの商品。
いつもの店。
——何も変わっていない。
それなのに、なぜか妙にがらんとして見えた。
ほうきを手に取り、土間を掃く。
店先の黒板を表へ出し、
『本日入荷 卵・牛乳・味噌あります』
と、チョークで書き足した。
新聞を棚へ並べ直し、冷蔵ケースの牛乳や豆腐が冷えているか確認する。
賞味期限へ目をやった、そのときだった。
「——あれ?」
肉が入るはずの冷蔵ケースが空になっている。
魚を並べる棚にも、何もない。
「まだ届いてないのか?」
壁の時計を見る。
いつもなら、とっくに配達が来ている時間だった。
「珍しいな」
熊谷は朝一番に肉を届けると、
「コーヒー一杯くれ」
「新聞も読ませろ」
そう言って、勝手に椅子へ腰を下ろしていた。
肉を届けるだけなら、店に長居する必要なんてない。
それでも熊谷は、いつも決まった時間にやって来た。
——何をするでもなく、そこにいるのが当たり前だった。
ふと、熊谷が座るはずだった椅子に目が留まる。
今朝は、その声がない。
もう二度と、あの声を聞くことはない。
そう思った途端、胸の奥が重くなった。
魚住も、時間に遅れることはほとんどない。
配達に来ると、魚の箱を置きながら「鳥居先輩、今日は顔色が悪いですよ」などと、余計なひと言を添えていく。
俺が「お前こそ、娘さんのことで無理するなよ」と返すと、決まって「先輩にだけは言われたくないですね」と笑っていた。
そんなやり取りも、今はない。
肉も魚も届かない朝なんて、今まであっただろうか。
「何かあったのか——」
呟く。
店内に、返事はなかった。
第四十三話「開店準備」を読んでくださり、ありがとうございます。
毎日のように繰り返される、何気ない習慣。
いつも交わしていた言葉や、そこにあるのが当たり前だったもの。
普段は気に留めないことでも、少し違うだけで、その存在の大きさに気づくことがあります。
今回のお話が、皆さまにとっても、いつもの日常を少しだけ振り返るきっかけになれば嬉しいです。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。




