第四十二話 骨
目の前にあるものを見て、何かを思い出しそうになる。
それなのに、確かな答えにはたどり着けない。
今回は、翔平の中に生まれる違和感と、言葉にできない感覚を描いています。
見えているものだけでなく、その奥にあるものにも思いを巡らせながら、読んでいただけたら嬉しいです。
どうぞ、最後までお楽しみください。
店へ入ろうとした。
そのとき、視界の端に回収箱が映り、足が止まった。
見たくない。
開けてはいけない。
理由は分からない。ただ、その感覚だけが鮮明だった。
「——店の中に入ろう」
自分に言い聞かせ、一歩踏み出す。
店へ向かう。
そのはずだった。
気づけば、回収箱の前に立っていた。
「……違う」
こんなところへ来るつもりじゃなかった。
手が蓋へ伸びる。
「——何をしてるんだ、俺は」
指先には、透明な液体がべっとりと付いていた。
「……何だ、これ」
鼻へ近づけると、生臭い匂いがした。
その瞬間、舌がわずかに動いた。
慌てて手を下ろす。
ふと、足元に目が留まった。
透明な袋が落ちている。
口は開いたまま、内側には液体が薄く広がっていた。
袋の底に、何かがこびりついている。
魚の脂のような、鈍い光。
「……こんなもの、あったか?」
目を離せなかった。
いつからそこにあったのか。
なぜ、口が開いているのか。
何を入れていたのか。
どれも思い出せない。
なのに、袋の内側に残る濡れた跡が、ひどく気になった。
俺は視線を振り切るように、回収箱の蓋を持ち上げた。
——中にあったのは、四匹分の魚の骨だった。
きれいに並び、身も皮もほとんど残っていない。
「……誰が、こんなものを」
骨を見つめていると、妙な感覚が湧き上がった。
どこに身が残っていたのか、なぜか分かる。
「——違う」
慌てて首を振る。
——知っている。
この光景を。
見たことがあるだけじゃない。
ずっと、自分のそばにあったような——。
足元の袋が、視界の端に映った。
袋の内側に残った濡れた跡。
あの骨を入れていたのは、この袋なのか。
足元の袋へ、手が伸びかけた。
何をしようとしているのか、自分でも分からなかった。
「……何だ」
頭の奥が痛む。
診療所。
魚。
ベッド。
そして——。
「……俺は」
そこから先だけが、どうしても出てこない。
それなのに、口の中に魚の脂の味が蘇った。
唾液が溜まり、喉が鳴る。
「……腹が減った」
その言葉がこぼれたとき、唇の端がほんの少しだけ上がっていた。
第四十二話「骨」を読んでくださり、ありがとうございます。
記憶に残っていない出来事でも、ふとした感覚が何かを呼び起こすことがあります。
けれど、思い出せないことと、知らないことは、本当に同じなのでしょうか。
翔平が感じている違和感を、皆さまはどのように受け取られたでしょうか。
これまでのお話と重ねながら、少しでも物語の不穏な空気を感じていただけたなら嬉しいです。
これからも「回収箱」を、どうぞよろしくお願いいたします。




