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回収箱  作者: しー
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第四十一話 空白

ここまで「回収箱」を読んでくださり、本当にありがとうございます。

失われた記憶と、何気ない日常に残る小さな違和感。

そして、人がいなくなったあとに残されるもの。

今回は、翔平の目に映る景色と、胸に残る思いを描きました。

これまでのお話を振り返りながら、彼が感じる違和感にも注目していただけたら嬉しいです。

今回も最後まで、お楽しみください。

夜明け前。

体の芯まで冷え切っていた。

どこからか、カラスの鳴き声が聞こえる。

その声に、なぜか首が反応した。

「鳥居さん」

「こんなところで寝てたら風邪をひきますよ」

「——え?」

重たい瞼を開ける。

目の前にいたのは、心配そうな熊谷の息子だった。

「俺——何でここに?」

視線を落とす。

回収箱。

自宅。

そして、昇り始めた朝日。

「昨日、診療所を出て——」

そこまでは覚えている。

その先は、何もなかった。

思い出そうとしても、頭の中には薄い霧がかかる。

思い出せない。

いや——。

思い出したくないような感覚だけが残っていた。

「ずいぶんふらついてましたよ。酒でも飲んだんですか?」

「俺が?」

「違うんですか?」

「……覚えてない」

息子は心配そうに俺を見た。

差し伸べられた手を握り、ゆっくりと立ち上がる。


「どこか痛むところはありませんか?」

「大丈夫だ」

「なら、いいんですけど……親父も、無理をして平気な顔をする人だったから」

息子は困ったように笑った。

「自分のことは後回しにして、他人の心配ばかりするんです」

その笑顔が、すぐに消えた。

「……もう、言えませんけどね」

返す言葉が見つからなかった。


「それより、こんな朝早くからどうしたんだ?」

息子は回収箱に目を向けた。

ほんの一瞬だった。

「あの……お願いがあるんです」

「なんだ?」

「親父の遺品整理を、手伝ってもらえませんか?」

俺は目を伏せた。

「——熊谷さんの、か」

店先で笑っていた熊谷の顔が、脳裏によみがえる。

「また来るぞ」

そんな何気ない声まで思い出した。

困っている人を放っておけず、誰かのためなら自分のことを後回しにする。

——少なくとも、俺の記憶ではそういう男だった。

なのに。

回収箱には、あいつの名前があった。

そして——昨日のことだけは、何も思い出せない。


「一人じゃ大変だよな」

息子は小さくうなずいた。

「はい……何から手を付けていいのか分からなくて」

少し迷ってから、息子は俺を見た。

「……親父のこと、鳥居さんはよく知ってますから」

何かを言いかけたようだったが、結局、口を閉じた。

「熊谷さんには昔から世話になった。最後くらいは、俺も手伝わせてくれ」

息子はほっとしたように頭を下げた。

「ありがとうございます」

「また来ます」

そう言い残し、歩き去っていく。

その後ろ姿を見送っていると、冷たい朝風が頬を撫でた。

第四十一話「空白」を読んでくださり、ありがとうございます。

今回は、記憶の曖昧さと、誰かがいなくなったあとに残るものを描きました。

いつもそこにあった声や、何気なく交わしていた言葉。

普段は意識しないものほど、失って初めて、その存在の大きさに気づくことがあるのかもしれません。

翔平の目に映る日常が、皆さまにはどのように見えたでしょうか。

ここまで物語を追いかけてくださること、本当に嬉しく思っています。

読んでくださる皆さまに、心から感謝いたします。

これからも「回収箱」を、どうぞよろしくお願いいたします。

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