第三十三話 白いもの
ここまで「回収箱」を読んでくださって、本当にありがとうございます。
第三十三話では、翔平が魚住と話す中で、これまでとは少し違った異変に触れることになります。
身近な人の身体に起きている変化。
見慣れないはずなのに、なぜか心に残るもの。
そして、自分でも説明できない小さな違和感。
翔平が何を見て、何を感じているのか。
その感覚にも注目しながら、読んでいただけたら嬉しいです。
第三十三話「白いもの」。
今回も最後まで、どうぞお楽しみください。
どうしてここへ来たのか、自分でも分からなかった。
ただ、俺は屋上へ続く階段を上っていた。
屋上の扉を開けると、冷たい風が肌に触れた。
「もう秋も終わるな」
落ち葉が風に流されていく。
何かを置き忘れてきたような気がした。
ベンチに腰をかけ、村を眺めていると、背後で扉の音がした。
ギギッ——。
錆びた蝶番が悲鳴を上げるように、屋上の扉が開く。
「鳥居先輩」
魚住が缶コーヒーを二本持って立っていた。
「やっぱり、ここにいた」
「何だよ。俺を探してたのか?」
「まあ、そんなところです」
魚住は片方の缶を差し出した。
「病室まで聞こえてきましたよ。瓜先生に、また何か言われてましたね」
「ほっとけよ」
俺は苦笑した。
魚住は隣に座り、缶を両手で包んだ。
「朋美ちゃんには悪いことをした。すまなかったな」
頭を下げる。
「いいんですよ、先輩」
魚住が笑った。
「初めて見たら、ああいう反応になりますし。もう朋美も気にしてませんよ」
「そうか——」
思わず力が抜ける。
「それなら、よかった」
「先輩、昔から気にしすぎなんですよ」
魚住は缶コーヒーのプルタブを起こした。
——プシュッ。
「……まあ、俺も人のことは言えないか」
小さく笑う。
その笑顔は、すぐに消えた。
「一つ聞いてもいいか」
「答えたくなければ、それでいい」
「お前も、朋美ちゃんと同じなんだろ」
魚住は缶を見つめた。
しばらくして、顔を上げる。
「あはは。バレてしまいましたか」
冗談めかした声だった。
けれど、缶を握る指には力が入っていた。
「勝手に聞いてすまない」
「いいんですよ」
魚住は少しだけ目を伏せた。
「……見ます?」
「……ああ」
魚住が病衣の裾を持ち上げる。
俺は、思わず息を止めた。
日焼けした肌とは対照的に、腰の一部だけが白い。
皮膚そのものが変わってしまったように見えた。
「最初は腰が少し痛いだけだったんです」
魚住は白くなった腰を見下ろした。
「仕事中に痛むことはあったけど、休めば治ると思ってました」
「でも、皮膚が少しずつ変わってきて——今じゃ、この通りです」
魚住は病衣を戻した。
「先生にも、まだ原因は分からないって言われてます」
「……怖くないのか?」
口にしてから、聞くべきではなかったと思った。
魚住はすぐには答えなかった。
「怖いですよ」
やがて、ぽつりと言った。
「でも、俺が怖がってたら、朋美まで不安になるでしょう」
魚住は缶コーヒーを一口飲んだ。
「だから、なるべく普通にしてるんです。いつも通りに」
それから、困ったように笑った。
「……うまくできてるかは、分かりませんけどね」
俺は何も言えなかった。
魚住はそれ以上、何も話さなかった。
俺は白い皮膚から目を離せなかった。
それを見ていると、妙な感覚が胸の奥から込み上げてくる。
怖いはずなのに。
気持ち悪いはずなのに——。
どこかで、この白さを知っている。
「——鳥居先輩?」
魚住の声で、我に返る。
「……何でもない」
俺は視線を逸らした。
それでも、白いものだけが頭から離れなかった。
第三十三話まで読んでくださって、本当にありがとうございます。
今回は、魚住の身体に起きている変化を通して、翔平自身にも少しずつ生まれている違和感を描きました。
何気なく見たものなのに、なぜか記憶に残る。
理由は分からないのに、どこか懐かしく感じる。
そんな感覚が積み重なっていくことで、いつもの日常も少しずつ違って見えてくるのかもしれません。
これまでのお話に出てきた出来事とも重ねながら、翔平の感じている違和感を追っていただけたら嬉しいです。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。




