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回収箱  作者: しー
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32/55

第三十二話 喉

ここまで「回収箱」を読んでくださって、本当にありがとうございます。

第三十二話では、診療所での出来事をきっかけに、翔平と瓜の間にある長い付き合いが、少しだけ違った形で見えてきます。

昔から変わらない関係。

何気ない会話。

そして、ふとした瞬間に感じる小さな違和感。

普段なら気にも留めないようなものが、なぜか心に残ることがあります。

第三十二話「喉」

今回も最後まで、どうぞお楽しみください。

ナースステーションへ戻ると、妻の声が響いた。

「あなた!患者さんの前では、顔に出しちゃ駄目。あの子、怖かったはずよ」

妻は腕を組み、俺を叱った。

「——すみません」

「もう。気をつけてね」

その横で、瓜が苦笑した。

「昔から変わらんな」

「え?」

「いや。何でもない」

瓜は笑ったが、その目は笑っていなかった。

「瓜先生も、ちゃんと言ってやって」

妻に促され、瓜は少し間を置いて答えた。

「まあ……こいつは考え込むと周りが見えなくなるからな」

「……そうね」

妻はそれだけ言うと、ナースステーションを出ていった。

俺はその背中を見送った。


「なんであんな風に言われなきゃいけないんだ」

「ん?」

「……今、妻が——」

そこまで言って、口を閉じた。

瓜は何も聞かず、俺の顔をじっと見た。

「……翔。無理に話さなくていい。お前が話したくなったら、そのとき聞く」

「……変な奴だな」

「今さらだろ」

瓜が笑う。

その笑顔は、少しだけ昔の瓜に戻っていた。

けれど——。

瓜の喉が動いた。

ごくり。

少し間を置いて、もう一度。

その動きが妙に規則正しく見えた。

俺の視線は、そこから離れなかった。

「——翔?」

返事ができない。

ただ、瓜の喉を目で追っていた。

「……喉が気になるのか?」

瓜が自分の喉に手を当てた。

「……分からない」

瓜は一瞬だけ医者の顔になったが、それ以上は聞かなかった。


「——翔」

もう一度呼ばれ、ようやく我に返った。

「今日はもう帰れ」

「——なんでだよ。まだ手伝える」

「駄目だ」

思ったより強い声だった。

瓜は少し黙ってから、声を落とした。

「……悪い。でも、お前の身体の方が心配なんだよ」

「俺の?」

「ああ。昔から、お前は自分のことになると鈍いからな」

「お前だって人のこと言えないだろ」

「俺は医者だからな」

「それ、便利な言い訳だな」

「今さらだろ」

二人で少しだけ笑った。

けれど、瓜の笑顔は長く続かなかった。

もう一度、喉が動く。

ごくり。

腹の奥が、わずかに反応した。

「……お前」

言葉が出かかったが、何を聞けばいいのか分からない。

喉が動くたび、腹の奥が反応する。

俺は思わず、自分の腹に手を当てた。

何も起きていない。

なのに——。

身体だけが、何かを待っているようだった。


瓜は俺の様子を見ていた。

このまま家へ帰れば、また妻と顔を合わせる。

なぜか、今はそれが怖かった。

妻が怖いのか。

それとも——。

自分の身体が怖いのか。

俺には、まだ分からなかった。

第三十二話まで読んでくださって、本当にありがとうございます。

今回は、翔平と瓜のやり取りを通して、二人の長い付き合いが少しだけ垣間見えるお話になりました。

昔から知っている相手だからこそ、言葉にしなくても分かることがあります。

その一方で、長く一緒にいるからこそ、言葉にできないこともあるのかもしれません。

何気ない仕草や会話の中にも、これからの物語につながるものが隠れているかもしれません。

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。

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